魔界。それは悪魔たちが住まう世界。
自由で奔放な悪魔たちによって楽しく、面白おかしく過ごしていた魔界唯一の存在である「人間」の入間は、最近やっとクラスメイトにもきちんと目を向け始めていた。


(家系能力もそれぞれあるんだなあ)


様々な悪魔が生息している魔界において、さらにアブノーマルクラスは個性の塊のような悪魔たちが勢ぞろいしているのだが、その中でも特に注目を浴びている悪魔がちらほら。しかして、目下入間の注目の的にあるのは。


「ライライ元気⁉」

「元気だよクラりん。おはよう」


飛行レースや使い魔召喚でも類稀なる才能を発揮し、一年にしてアスモデウス・アリスと同じく4ダレスとなった悪魔…絶世の美少女と噂され、アブノーマルクラスだけでなくバビルス中の注目の的となった稀有な女悪魔……アグライア・ラグーザである。

この悪魔学校バビルスにおいて、アグライアはアイドル的存在である。
整った容姿、極まって愛らしい仕草や小悪魔的な表情に至るまで、彼女の持つポテンシャルは底知れず、同じクラスであるアブノーマルクラスの生徒はもちろんバビルス中を騒がせている女悪魔。
こぼれそうなほど大きくてつぶらなルビーの瞳、形のいい輪郭、筋の通った鼻、短い人中の先にある桜色の唇まで、どこをとってもまさに「美」。
輝く宝石のような髪飾りも、おそらく魔術で変えているのだろうが毎日変わるヘアスタイル(長さまで自在)も、どこまで計算されているのやら、まさに黄金比。ふわりと風に靡くたび、清潔感のあるシャンプーのような香りが漂う。ここまで「男」心をくすぐる存在も珍しいと言えよう。

ロリっぽい容姿ながらに色香を持ちつつも、美しい、愛らしいすらも虜にする。天使のようなビジュアルなのに、漆黒のツノと腰あたりから生えた翼は彼女を悪魔たらしめる。(生えている位置が他悪魔より少し低いのは本人の低身長が原因だろうか?)

そんな不思議な(小)悪魔なのである。


(確かにすっごいかわいい悪魔ひとなんだよね…)


入間も男の子なので、人並みに女の子にときめいたりきゅんとしたりするものだが、アグライアはバビルスでも…いや彼が出会ってきた女の子たちの中でも、最たる愛らしさを秘めている。
計算され尽くした表情と仕草で完全にこのバビルスの男悪魔を虜にしているアグライアは、名門ラグーザ家の長女であり、上に兄三人を持つらしい。
末っ子だが独特の感性を持ち、意外と大人びた考え方をするアグライアは、逆に長女でありながら甘え上手なクララと話している姿をよく見る印象があった。クララは甘やかし上手でもあるので何かとバランスが良いのだろう。
ちょうど自身の脳内を占めていたアグライアとの会話を終えて、いつも通り自分の隣に陣取ったクララに、入間はふと、問いかけてみることにした。


「クララはアグライアさんと仲良しなの?」

「ライライ?うん、いっつも遊んでくれるし!」

「そうなんだ…」


やはり仲は良いようだ。
クララは少し「遊び過ぎる」ところがあるので、自分達以外にもクララの遊びに付き合える、楽しめる存在というのは稀有だ。クララも懐いているように見える。ともなると、そのあざとカワイイの対象には女悪魔も含まれるのだろうか。徹底した「優等生」である。
ふむ、と頷いた入間に、クララは少し目を丸くして、若干寂しそうに尋ねる。


「…イルマち、ライライのこと気になるの?」

「え!?い、いや、そんなんじゃないよ!ただ、凄い優秀な悪魔ひとだって聞いたから…!」

「…まあ、アブノーマルクラスの中じゃ優等生でしょうね。真面目で勤勉、取り立てて魅力のある生徒ではありませんが」

「ええ⁉そんなことないと思うけど…!」

「イルマ様の魅力に比べれば微々たるものです、彼女など!」

「聞き捨てならないなぁ、アリスくん」


入間が相変わらずの「入間ファースト」を勢いよく発するアスモデウスに苦笑いを浮かべつつ宥めていると、背後から突如かかる声。
驚き慄きつつ振り返ると、そこにはこてん、と首を傾げ後ろで白く細い手首同士を交差させながらふわりと笑うアグライアの姿があった。
アリス、と呼ばれるのを好まないアスモデウス。アスモデウスはファミリーネームにあたり、アリスは彼のファーストネームだ。女の子のようなその名を疎ましくとは思わぬものの、少し恥ずかしく思う年頃の青少年なのである。


「貴様何度言ったらその呼び方をやめるんだ⁉」


いつも通りアスモデウスが苦言を呈すると、飛びついてきたクララを軽く受け止めながら、アグライアはまたにこりと人形のように微笑み、


「アリスくんが私のことかわいいって言ってくれるまで♡」


と返した。
包容力、あざとさ、抜きん出た柔和な性格はやはりまるで悪魔とは思えない。
ちなみになんでもない顔でクララのことを受け止めているが、アグライアはけっこう低身長なので、クララが難なく受止められているのもひとえに彼女の深い慈愛が見せるわざと言えよう。あるいは魔術かもしれないが。
入間は最近よく見るようになったやりとりに苦笑いを浮かべた。


「絶対にそんなことは言わん!断じて!!」

「ふふっ」


口元に手を当てて笑うアグライア。袖はボリュームスリーブな半袖が基本のこの学校バビルスで、その萌袖のためだけにあるかのような黒を基調とした袖付きカーディガンはもちろん制服に合わせてボリューミーだし、どう考えても丈に見合っていない長袖だ。萌え袖のためだけにあるのかと疑いたくなる。これ、勉強できるのだろうか?
ほかの生徒より少し短く感じるプリーツスカート。
その美貌で同じく美形悪魔であるアスモデウスに「かわいい」と言わせたいというその姿勢。入間が小悪魔的だなあと感じるのも当然といえば当然か。

アグライア・ラグーザは、そんな女悪魔サキュバスなのである。
ちなみにそんな彼女の使い魔は念子ねこだ。あざとい。

どこまで計算されているのか。入間は天使のような彼女の裏の顔を垣間見ることがあるならば、それはきっと悪魔的なんだろう、と想像したことを後悔した。