≠転校生
無理やりな星夜祭ネタ
これと同設定


 目が合った。泉がわずかに表情を崩したのが分かった。けれど歌声に変わりはなく、すぐに私から視線を外して、ステージの上でひらひらと衣装のすそを遊ばせ彼は微笑んでいた。

 泉の出番が終わったところで、そろそろと外に出る。長居していると外部の人間だってばれてしまうかもしれない。泉にも何言われるか分からないし。それに私も芸能人ではあるので、あまりうろつけない。マスクをしていればほぼ気付かれないのでいいのだけれど。男装というのもあるが、少し悲しい。
 人混みに逆らって校門のほうをめざす。すこし歩くと、ひらけた場所に出たので立ち止まる。電車の時間を確かめようとスマホを取り出すと、ちょうど通知が来た。

"今どこ"

 泉だ。もう連絡がくるなんて。

"もうすぐ校門"

 返事を返すとすぐに既読がついた。

"楽屋来て"

 楽屋って、どこだか分からないんですが。そう思いつつも、遅くなると泉はうるさいだろうから、早歩きで向かいつつ文字を打った。



「ありえないんだけど!!」

 そう言われても。流れに身を任せたらこうなったとしか。

 急遽仕事の日程が変わり暇になった今日、ちょうど泉がドリフェスに出るのを思い出したので学園に来てみた。けれど残念ながら一般公開のものではなく、門の前で落胆しているところを、なんだかきらきらした(アイドルの子は大体きらきらしているけど)テンションの高い男の子に連れられ制服やらを貸されて今に至る。

「誰そいつ!?」
「あの髪の長い、みつあみしてる…」

 私がそう言うと、泉は目を丸くした後、はああ、とため息をついてぶつぶつなにか文句を言った。

「まあまあ瀬名先輩」

 後輩であろう赤い髪の(たしか同じユニットだった)男の子がソファとお茶を勧めてくれたのでありがたく座る。…泉の目の前なので神経質な空気がじかに肌にさわる。なにも聞いてこない後輩くんは出来た子だ。もう着替えは終わったようで、「では私はこれで」と扉を開け部屋を出て行った。

「なんでよりによって今回なの、S1だったらちゃんと俺が招待するのに…」
「今日は偶然暇になったからで…招待されても空いてるか分からないし」
「なにそれぇ、俺のライブには暇だから来る訳?」
「そうじゃなくて」

 泉が軽く睨む。しわが眉間にきゅっと寄る。でもステージの衣装のままなので、あまり威力はない。

「泉がアイドル頑張ってるから、私もモデル頑張ろうと思えたんだよ」

 まだまだ、これからだけどね。そう言うと、泉はなんとも形容し難い顔をしたが、いくらか雰囲気をやわらげた。幼いころから今になるまで、惰性で続けてきたこの職業に、ちゃんと向き合いはじめたのはつい最近のことだ。

「でも、今日来れてよかった。こんなにかわいい服着て歌ってる泉なんて、幼稚園のお遊戯会以来じゃない?」

 そう言うと、泉はバッと顔を赤くした。

「ばかじゃないの! 名前のそういうとこ、チョ〜うざぁい! あぁもう、さっさと着替えるんだった…」
「もったいないのに。あ、写真撮りたい」
「撮るわけないでしょ! ほんと心配して損した!」

 心配? 泉が? 私を?

「えっなんで」
「なんでって…こんな男だらけのむさくるしい場所にわざわざそんな格好してまで来て、もしばれたら…」

 泉の語尾がすこしすぼまる。

「とにかく、名前はさっさと帰る! 送っていくから」
「ええ、せっかく来たんだから、挨拶したい人がいっぱい…あと、みつあみくんに制服とか返さなきゃ」
「それは俺がやっとくから! ほら行くよ」

 ぐいぐい腕を引く彼を見てああ、泉には引っ張られてばかりだなあとか、私はすぐに思い出の中に逃げる。
 ふわりとふくらんだ泉のブラウスの袖。白い手首。

「泉」
「なに!」
「泉は着替えなくていいの?」

 泉が急に立ち止まったから、つんのめってバランスをくずした。受け止めてくれた泉の、意外にもしっかりとした腕。
 くるりと向きを変え、足早に部屋へもどる泉の耳は赤い。私の耳も、きっと赤い。
 今日、来て良かった。みつあみくんにも感謝だ。直接言えないのが心苦しいけれど。
 さっきのステージライトの光がまだ目に残っている。まぶしい、泉もなにもかも。でも私もとりあえず歩かなきゃいけない。たとえ手を引かれたままでも。
 次に泉の、ユニットとしてのライブを観るときには、私も成長しているだろうか。今はまだ、泉の後ろ姿を見ているばかりだ。

 泉のバイクのうしろで、どぎまぎしながらその背中に触れたのは、それから10分後だった。


160419
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