変化
「うわ…この時間の電車ってこんなに少ないんだ……」
思わずそう呟いてしまった私は、いつもは座れない座席に座って人気の無い電車内を見渡していた。
普段の日常と違うのには、やむを得ない事情がある。
日課である大学につけば、講義を受けるはずの教授のお休みで早く帰ることになってしまった。
しかも不運は重なるもので、いつも一緒にいる仲の良い友達はどうしても外せない用事とやらで今日は大学に出席していない。
講義もないんじゃ大学にいても時間は潰れるはずがない私は、大人しく家に帰ることにした。
と、そこまで考えてそういえば朝にお父さんが商工会の寄り合いでお昼頃にはお店を閉めるって言っていたことを思い出す。
せっかく早く帰れるなら、閉める予定のお店を店番すれば売上も上がるだろうしお父さんも喜んでくれるかな…そんなことを考えついた私は、最寄り駅に到着するのを今かいまかと待ち侘びた。
そうして、はやる気持ちを抑えるように電車の窓へと目を向ける。そこから見える街並みを強い日差しが燦々と照らしていた。
今日もいつも通り、天気がいい。
✳︎
「お父さん、ただいまー」
「…なんだ、綾乃か。大学はどうした」
帰り道の暑い日差しで額に大粒の汗をかきながら帰ってきた私は豆腐屋の引き戸を開ける。
中へと入れば、レジ前でお父さんが新聞を読んでいた。
よかった、まだお店は閉めてないみたい…私はお父さんの横を通り抜けて急いで居間に荷物を置きに行く。
「講義の教授がお休みでね、やることないから帰ってきた。お店、閉める予定だったんだよね?私が閉店まで店番しとくよ」
「せっかくなら休んでりゃいいんじゃねーか」
「んーん、今日は課題もないし店番させて」
居間の入り口の脇にバッグを置いていつものエプロンを手に取り、首に通して背中で腰紐を素早く縛る。腕についていた髪留めで長い髪の毛を結べばもう店番できる準備が終わった。
私のやる気にお父さんは何言っても聞かないと悟ったらしく、深いため息を吐く。
「あのなあ…別に気を使わなくていいんだぞ。お前だって自分の人生があるだろ」
「お父さん、私は恩返ししたいの」
呆れたようにそういったお父さんに私は目を見て真っ直ぐ伝える。
私の想いをお父さんは知らないはずがない。ここだけは譲れない、そんな強い信念でじっとお父さんを睨む。
お父さんはしばらく考えた後に、胸ポケットからタバコを取り出して口に咥えた。
「…オレは父親としてそんなに頼りねえか」
シュボッと手に取ったライターでタバコに火をつけた。
深く息を吸って煙を吐くお父さんの表情が一ミリも動かなくて、空気が重くなる。
こんな空気になるのは久しぶりだ。居た堪れない気持ちになって、私は思わず目を伏せる。
「そういう訳じゃないけど…私にはお父さんに返せないほど恩を頂いてるし」
「お前はオレのガキだ。ガキが恩返しとか抜かしてんじゃねえ」
私の言い淀んだ言葉に低い声でピシャリと切るようして、お父さんに遮られる。
その言葉に黙るしかなくなる私は、そんなお父さんに何も言えることなんてなかった。
私はお父さんとも拓海とも血が繋がっていない。
それを知ったのは私が高校生になってしばらくが経った頃のこと。
何十年も一緒にいた家族とは実は血が繋がっていないなんて、嘘だって言って欲しかった。
それが本当なら実の子じゃないのにシングルファザーのお父さんにずっとお金をかけてもらってて、拓海にはお姉ちゃんなんていないのに、図々しくお姉ちゃんと呼ばせていた。
うちが貧乏なのは、どう考えても私のせいだった。
それにすごく罪悪感とか、自分が異質な存在であるという気持ち悪さを覚えてしまい家にいたくなくて何も持たずに家を飛び出ていったっけ。お父さんの静止の言葉を振り切って走ったあのどんよりと暗い商店街が今も頭の隅にこびりついている。
そうして何時間もあてもなくただフラフラと歩いていた私を不意に明るいヘッドライトが照らした。聞き慣れたエンジン音に安心感を覚えてしまった私は涙が止まらないまま、地面にしゃがみこんで顔を膝に埋める。出ていったって、私の帰る場所はそこしかないんだからどうしようもできなかった。
車のドアがガチャリと開けられた音がして、私へと足音が近づいてくる。
でもそれは思いもよらず、お父さんじゃなくて拓海だった。免許も持っていない中学生の拓海が朝の配達だけで培った運転技術を使って私を探していたみたいで、その時にかけられた「ねえちゃんっ」という焦った声にああ私は拓海にはまだお姉ちゃんって思ってもらえてるんだって嬉しかった。
学ランを着たままの拓海は本当に酷い顔をしていて、なんでかそんな様子の拓海に冷静になれた自分がいてなんとかその件は一旦は解決した。
けれど、私が迷惑をかけているのは変わりようのない事実。
だから大学だって学費のかからない特待生を狙ったし、ゆくゆくはこのお店を任せてもらってお父さんを楽させてあげたい。
でもそんな想いをお父さんは嫌がる。
そのせいで事情の知らない拓海が不在の時に度々、お父さんと衝突をしていた。
そんな過去の記憶を思い出してしまった私が黙ったままでいると、お父さんはタバコを一吸いして一瞬にして声色をかえる。
「でもまあ…店番してくれんのは、正直助かる。だから無理すんのは今日だけだ。拓海もいねえ中で、お前一人じゃオレも心配だ」
「うん、…分かった」
お父さんなりの妥協点なんだろうな…。そう思えるほど優しい声色へと戻ったお父さんはタバコの灰を落とすために居間へと入っていった。
お父さんの大きくて頼り甲斐のある背中を見送って、作業場へと入って作業を始める。
目頭が熱くなり、少しだけ涙がこぼれた。お父さんにはそんな姿を見せたくなくて、私は静かに背を向ける。
お父さんの優しさに甘えてしまう自分が、本当に情けない。それに心配もかけてしまっている。しっかりしないと……。
軽く息を吐いて、気持ちを落ち着かせる。気分を切り替えるためにまずは朝使ったであろう鍋や型枠を洗うことにした。布は後でいいかな……腕まくりをしながら蛇口をひねれば遠くの方からまた声をかけられる。
「綾乃。お前が幸せになる選択なら、それで十二分に恩返しになんだぞ。そこだけは忘れるなよ」
お父さんはいつもの調子で簡単に私にそう言い放った。
でもね、お父さん。
私はその底なしの優しさが怖いよ。
私はお父さんのそんな優しい言葉に、返事をすることはできなかった。
✳︎
お父さんが商工会の寄り合いで、家を出てから数時間。
やっぱりお昼を過ぎても客足はポツポツと途絶えることはなく、売上も好調だった。これならお父さんにも自信を持って店番させてよかったって思ってもらえる。ホッと一息つきながらも、お客さんがくるまで大豆の在庫を確認しながら額についた汗を手の甲で拭う。
すると、お店の引き戸が開かれる音が聞こえて慌てて店先へと目を向けた。
「いらっしゃいませ」
「あれ?いつもの親父さんは?」
そこにいたのは比較的若い男性だった。その言葉からして一応常連さんみたい…最近は大学が忙しくて、お店にいないから新しい方は把握していない。
失礼がないように愛想よく、笑顔で話しかける。
「父は商工会に行ってまして、今日は私が店番なんです」
「そっかそっか。それにしても親父さん、娘さんもいたんだね〜」
ニコニコと人の良い笑みを浮かべた男性は手に持っていた袋を私に差し出して、購入する商品を注文した。それを私は笑顔で承って言われた商品を袋に詰める。
………なんだかすごく視線が、感じる気がした。後ろから感じるその視線に首を少しだけ動かして確認すれば、その人が私をじっと見つめている。目があってしまった私は気まずい気持ちを誤魔化すように、曖昧な笑みを浮かべた。
「もう少し、お待ちくださいね」
「あーいいよいいよ、時間かけて」
笑顔が引き攣りながらも商品に向き直って、軽く息を吐く。なんだか嫌な視線だ。
今、お店には私しかいない…ということは、もし何かあったら助けを求める人がいないということ。
もしかしてお父さんが言っていた私一人じゃ心配って、こういう状況になることを心配してたんじゃ……。
見通しが甘い私は、自分で自分の首を絞めてしまったんだろうか。
商品を詰め終わって、袋を渡せばそのお客さんは案外大人しく受け取ってくれる。
あ、大丈夫そう…なんて思った矢先だった。
男の人が引っ込めようとした私の腕をがっしりと掴んで、すごく嫌な笑みを向けてきた。
頭の中で大きな警鐘が鳴り響く。
「ねえ、彼氏とかいんの?大学生だよね?」
「え、あ…いや彼氏とか、そういうのは…」
「へー、君若いのに勿体無いよ。男ってのはいいもんだって聞いたことない?」
「あの、離して…」
瞳孔がどんどんと開いていくその男の人は私の腕を離すどころか、逃げないように、より一層力を込めてくる。
私が離してと言ってもまるで聞こえてないみたいで、私から目を離さないままずっと喋りかけてきた。
まずい、まずい、まずい。どうしようどうしよう。焦りと恐怖で鼻がツンと痛くなって涙が出てきそうになる。
「ね、俺とかどう?経験も豊富だし、君みたいなウブな子には特別に優しくしてあげるよ」
「ほんとに…離してください、っ」
「ノリ悪いな〜、大学生でしょ?もっと新しいことに飛び込むことを覚えた方がいいって」
勘弁してよ本当…!ゾワゾワと嫌な鳥肌がたって、涙が1つほろりと頬につたっていった。
自分の腕を引っ張ってなんとか逃れようとしてた時、お店の引き戸が開けられる。
誰でもいい。助けを乞うように、扉へと向けるとそこには弟がいた。
思わずその場でへたり込んでしまいそうなほどに安心する。
「……なにしてんすか」
私達を視界に入れた瞬間に目を細めて私の腕を掴んでいるお客さんに鋭い眼光を向けながら、恐ろしいほどに底冷えするような低い声を出す拓海。
いつもはポケっとしてる穏やかな拓海だけど、一度怒ったら手がつけられない。
久しぶりにみたブチギレ寸前の拓海を見て腕を掴んでいる男の人への恐怖が薄れたけれど、そのかわりに拓海を抑えないとっていう焦りが出てきた。
お店で傷害事件なんて起こすわけにはいかない。
「だ、大丈夫っ…少しお話してただけだから」
「……姉さんの代わりに話、聞きますけど。その手、離してもらっていいっすか」
眉を顰めた拓海が大股で私たちのところへ来て、掴まれている手を見下ろす。その目は今にも殴りかかりそうなほどに血走っていた。
自分よりも背が高い拓海に威圧されたことで明らかに動揺したお客さんは、慌てて掴んでいた腕を離して情け無い笑みを浮かべる。
「な、なんでもないよ、じゃあ親父さんによろしく…!」
開けっぱなしだったお店の扉へと吸い込まれるようにささーっといなくなった男の人に、呆気なく帰っちゃった…と呆然通り越して感心していると掴まれていた腕が優しく撫でられるような感触がした。
拓海がなにを考えているのか分からない無表情な顔で私を腕に指先を這わせている。優しい撫で方がくすぐったくて、腕がぴくんと震えた。
「…跡になってる」
さっきの低い声が嘘みたいに、拓海のその声色は優しい。私の腕を見ている伏せられた瞳が私を捕らえた。
あ、拓海って意外にまつ毛長いんだってお門違いなことを思ってしまう。
何を言うわけでもなく、私をじっと見つめている拓海。さっきのお客さんの視線とは似ても似つかないほど、その視線がなぜか安心する。
弟の顔を私も見上げたまま、黙っていると拓海の顔が少しだけ顰められた。それを隠すようにして、拓海はため息を吐いて背を向ける。
「あんなの、まともに相手すんなよ」
「なかなか、しつこくて…助けてくれてありがとう。そういえばバイトは?」
「バイトは休み。というか、今日昼から店閉めるって、親父が朝言ってただろ」
作業場を通り過ぎて、居間の入り口に荷物を置いて座る拓海。
いつもだったら自分の部屋へと一目散に行くはずなのに、私を心配してくれてるのかそこに座ったまま靴を脱ぐことなく動かない。
そんな不器用な優しさが嬉しくて、笑みが溢れた。優しい弟だな…私は恵まれてる。
「講義が急になくなってね、どうせ閉めるなら私が開けておいた方が売上があっていいかなって思って」
「…こーいうことあるからあんまり姉さん一人で店番させるなってオレ言われてんのに」
「やっぱり、そうなんだ…ごめんね、迷惑かけちゃって」
予想通り、お父さんが心配してたのは私一人だとこういうことが起きた時に対処できないことに心配してみたいだ。つくづく、私はお父さんや拓海に迷惑をかけてばっかりだなあ…なんて弱気な心が出てくる。
これじゃあ恩返しできない。私ももっと強くならなくちゃ…腰に両手をついてグーっと背中をそらしていれば拓海がそんな私を変な目で見ていた。
「なんだそれ」
「気合い入れ直してたの。よし!閉店まで後少しだし、部屋でゆっくりしてても大丈夫だよ」
「…いいよ、暇だし。オレもやる」
「次、あんな人来たら気合いで追い返すから!」
「そう言う問題じゃねーって…。あ、今日親父居ねーし、オレがメシ作るよ」
そう言って私の返事も聞かずに靴を脱いで居間へと上がっていく拓海の背中は、やけにお父さんに似ていた。
……拓海も、もう18歳か…そろそろ、あの事言わないとだよね…。
未だに拓海だけが知らないその事実を口にすることを考えただけで怖くなる。今までの思い出は崩れて、姉弟の関係が破綻していまいそうで、なかなか口に出せるものでもない。けど、お父さんから伝えてもらうのは違うし…私は考えても答えが出ない悩みに頭を抱えながら在庫のチェックに戻った。
✳︎
「姉さん、もう店閉めれば?」
「そうだね、この時間じゃもうお客さん来ないだろうし」
拓海の言葉を聞いて、時計を見れば短い針が17時を過ぎていた。
豆腐店の営業は一般的には短い。うちはこれでもだいぶ遅いくらいだ。
私は水戻しの作業が終わって、エプロンを脱ぐ。居間へとぽいっと投げれば拓海は当たり前かのように拾って洗濯機へと入れに行ってくれた。慌ててお礼を言ったら、おーと適当に返される。
お、弟ながら気がつかえてモテそう……姉としては鼻が高い…。
洗い物も終わっているし、余り物の豆腐を2つだけ持って居間にあるテーブルへと置いて晩御飯の足しにする。
一通り全てのチェックを終えて、後はお店のシャッターを閉めるだけになった。
「…えーっと、…あれ?フックは…」
私の背じゃシャッターの淵には届かない。だからシャッターを下げるためにフック棒があるはずなのに、当分やってなかったせいでいつも置いてあるところになかった。
えー…お父さん、どこやったの…?確かにお父さんにそんなものは必要なくて、使うのは私だけだった。
ありそうな場所を見渡してもなくて、もういいや…とジャンプしながらなんとかシャッターの縁を掴もうと奮闘する。でもどうしても届かない。仕方ない、踏み台でも持ってくるしかないな…。
私は店の隅にあった踏み台を持って店先に置いて上に乗ってみる。でも届かない。
後5センチなのに…その距離が恨めしい。一か八かジャンプしようとすれば、横からぬっと私よりも大きい手が伸びてシャッターの縁を最も簡単に掴む。
ガラガラッとシャッターを下ろす拓海の顔がすぐそこにあって、飛び上がるぐらいびっくりした。
「た、拓海、っびっくりした…!」
「頼まれりゃやるよ、だから次から呼べよな」
じとっとした目でみられて、悪くないはずなのにスミマセンと言う言葉がでる。
踏み台に乗っているせいか、拓海の顔が間近で何故か気まずい。目にかかる前髪を鬱陶しそうに手で払っている拓海と、ぱっちり目があう。
あれ、拓海って…こんな目で私をみてたっけ。その瞳はすごくまっすぐで、熱を帯びていて飲み込まれそうになるぐらいな……。胸が、ドクンっと跳ねる。
何かが、変だ。
「あ、りがとう…成長、したんだね拓海」
「まあ、背だけはムダに伸びんだよなー…メシあっためとく」
私が振り絞ったような声でそういうと、拓海は特に違和感を覚えなかったみたいで私に背を向けて居間へと戻っていった。
拓海の姿が見えなくなって、私は飲み込んでいた息をやっと吐く。
びっくりした。拓海ってもう大人の一歩手前なんだ…私の中での拓海は小さかった頃のねえちゃんねえちゃんとぴよぴよ泣く姿しか記憶にない。あんなに可愛かった拓海は、もうどこにもいなかった。
それにしたって今更気づくなんて私は普段どんだけ、拓海の顔を見てなかったんだろう…その事実に少しだけショックだ。
✳︎
「何見てんの、それ」
お風呂から上がった拓海がタオルで乱暴にガシガシと髪の毛を拭きながら、居間へと入ってきた。
あれ、珍しい。普段だったらすぐ自分の部屋に行くのに…ふとそんな疑問を思いながらも今見ているテレビの内容を教える。今友達の間でも話題になっている恋愛ドラマだった。
妹のことが好きなお兄ちゃんが妹の恋路を邪魔しながらも、妹はクラスのイケメンと結ばれるという笑いあり、涙ありの恋愛ドラマで特に友達が「う〜絶対ダメだけど、兄とも結ばれて欲しい」と嘆いていた注目作品だ。
別にみる予定なんてなかったけど、いいチャンネルがなくてなんとなく見ている。
私がストーリーを教えると、拓海はふーんと興味がなさそうだったのに私の隣に腰を下ろして一緒にテレビを見始めた。
「あれ、拓海興味なさそうなのに…」
「姉さんも、別に興味なさそうじゃん」
「あはは、ばれちゃった」
それから黙って2人で大人しくテレビの向こうの恋愛模様を観察する。
今は修羅場らしく、兄が妹にキスをして気をひこうとするシーンだった。キスされた妹が激怒して、泣きながらその場を去ろうとした妹の手を掴んで悲痛な面持ちで口を開く。
『お前のこと、女として好きなんだ!血の繋がりなんて些細なもんがあったらダメなのかよ!』
血の繋がり。
それは私が今1番欲しいものだ。…まあ、欲しがったってもう手には入らないんだけど。
私は本当の意味でお父さんと拓海の家族になりたかった。些細なものっていうけれど、血の繋がりがあることがどんなに安心を感じるものかわかってない。所詮ドラマだし、ケチつけたってしょうがない。
思わずため息をついてしまった。
「…姉さん」
テレビから視線を外すことなく、私に呼びかける拓海。
拓海の顔を見ても、当の本人は私を見ないまま続けて口を開く。
「血の繋がりって、そんなに大事か?」
何を言い出すかと思えば、ドラマのことらしい。妙に真剣に聞くから、少しだけ身構えてしまった。
肩透かしを食らって、テレビから目を離して畳へと仰向けに寝転んで笑う。
「どうなんだろうね」
冗談っぽく返せば拓海がずいっと私に近づいてきて、仰向けになっている私の顔の横に手をついて真剣な顔で覗き込まれた。まっすぐに私を見つめていて、表情は動かない。
「…ケッコー、マジで聞いてんだけど」
拓海の低い声が、耳にやけに残る。
これは、何か答えを求められると嫌でもわかる。拓海は、私になんて言って欲しいんだろう。
視線が絡み合ったまま、数秒経つ。
私は頭に思い浮かんだことを、そのまま口にした。
「血の繋がりは、大事だよ」
それが、今の私の答えだった。
私の答えを聞いた拓海はそうだよな、と小さく呟いて立ち上がった。
多分、私のこれは望まれた答えじゃなかったんだろう…何年も一緒だから分かる。
拓海は私に背を向けて顔を見せることなく、階段を上がっていく。
「オレ寝るよ。姉さんも自分の布団で寝ろよな」
「拓海歯磨きしたの?」
「もーした」
ヒラヒラと手を振りながら、拓海は自分部屋に行ってしまう。一瞬にして変な態度になってしまった拓海にどこか寂しい気持ちになりながらもなんだかそれ以上、テレビをみる気分にはなれなかった。
目を閉じて、深呼吸をする。
ボタンを掛け違いたみたいな、微妙に嫌な感じ。でも何が原因か分からないし、分かったらダメな気がした。
耳に入ってくるのはテレビの音だけ。
ああ、なんか眠いな。
なんか、ゆらゆらする…。
ぼんやりとした混濁した意識の中、足がふわふわとしてまるで船に乗っているみたいで気持ちが良い。
お父さんの声が、聞こえた気がした。誰かと話してる……、その誰かが喋るたびに頬に感じる感触が震える。
あったかいな……寄りかかっているものに擦り寄るように頬を寄せれば安心する匂いで胸がいっぱいになった。
ゆらゆら、ゆらゆら。しばらくその浮遊感に浸っていれば、柔らかいところに下される。
眠たくて目が開けられないけど、きっとここは私の布団だって確信がつく。タオルケットを目を瞑ったまま手で探るけど、周りにはなくて唸り声をあげればふわりと身体に何かがかかった。
それを掴んで丸まって襲ってくる睡魔に身を任してしまおうとすれば、顔にかかっていた髪の毛が耳にかけられる。
くすぐったいよ。そう言いたいのにしゃべれないぐらいねむたい。
少しだけ飛ばしそうだった意識が一瞬浮上する。そんな私の耳に聞こえた声は、拓海のものだった。
「やっぱオレ、姉さんが好きだ」
それに続いた、おやすみという言葉で私の意識は途切れた。