駆け馬に鞭

 スコープの先で鋼のレイガストと長谷の弧月が激しくぶつかり合う。荒船は目まぐるしく展開する二人の戦闘をイーグレット越しに見つめていた。静かに呼吸を整えて、鋼より一回り小さい青い隊服に狙いを定め、引き金を引く。が、スコープ越しの長谷の身体にはかすり傷ひとつない。
 長谷の後方に控える赤髪が視界に入り、荒船は小さく息を吐いた。水上のシールドで防がれたらしい。攻撃手へのフォローに手慣れた水上がいるため、長谷にダメージを与えるのは少々骨が折れる。
 水上の死角をとらねえと厳しいな。ちょっと移動する、と内部通信で鋼に声を掛けてイーグレット片手にビルを飛び降りる。今は絶賛二対二の模擬戦の最中だ。たまには弧月を振るおうと個人ランク戦ブースに顔を出すと鋼と水上、長谷が揃っており、折角荒船がブースに顔を出しているのだから、という鋼の提案で今に至る。負けたチームがジュースを奢るという可愛らしい賭けのもと、荒船・村上チームに水上・長谷チームとじゃんけんでバランスよく組まれた。

『荒船、水上落とせるか?』
「長谷じゃなくていいんだな」
『水上を落としてから二人で挟む方がいいな。分断でもいいけど機動力は瑞貴が一番だから厳しいぞ』
「西の方に引っ張れるか、そっちの方が射線が通る」
『了解』
 建物の屋上を走りながら、鋼から入った内部通信に返答する。鋼と長谷の個人ランク戦の勝率はほぼ互角だ。その鋼が長谷よりも水上を先に落とす方がいいと言う。水上の方が落としやすいのは当然だろうが、水上と組んだ長谷が面倒だというのが本音だろう。
 
 長谷は戦場において基本的に単騎で動く。近界の師匠に一人で立ち回れるように仕込まれたと本人が言っていた。ボーダーに入隊してB級に昇格した後も隊には所属せず、防衛任務では混成部隊で前衛を張ることが多い。連携が苦手という訳ではなく、むしろ短時間で他部隊の隊員との連携を難なくこなす点を見れば適応力は高いだろう。
 長谷が師匠に仕込まれた単独行動はもちろん部隊内でのそれとは違う。フォローする仲間のいない状況下であらゆる戦況の把握、分析、判断を並列思考しながら弓を放ち刀を振るう、そういう単独行動。上位攻撃手陣と渡り合いコンマ一秒が勝負を左右する近距離戦の最中に思考を割かれるのはそれなりに負担になることは想像できる。オペレーターがいないことが当たり前の環境にいた長谷は恐らく無自覚だろうが。
 そんな長谷が水上と同じチームになる時、やけに調子がいいのは今までの混合チーム戦でも感じていた。答えは簡単で、水上に戦況の把握を丸投げして目の前の相手だけに集中しているからだ。丸投げ先が水上なのが厄介だった。いや、相手が水上であるからこそではある。
 普段の防衛任務の時よりも動きが鋭い。長谷が普段の任務中にオペレーターを信頼していない、という訳ではない。同じ戦場に立っていて、戦況の把握に長けていて、判断が的確かつ合理的。毎日のように将棋を指し合って(これは長谷のわがままによるものだと水上から釘を刺されている)、お互いの思考回路を見つめ合っている二人だ。水上は言わずもがな合理性を軸に動く効率重視タイプで、意外なことに長谷も同類であったために二人の基本方針は噛み合ったらしい。
 実質B級王者の地位を誇る生駒隊の頭脳を贅沢に使っていやがる。一見自由奔放にも見える生駒隊の安定した強さの基盤には水上の存在がある。水上はとにかく盤面を整えるのが上手い。仲間を生かすための立ち回りは唯一無二の生駒旋空を操る隊長にマスター経験者の若手攻撃手、機動型狙撃手の中では目立たないものの対戦チームからすれば厄介この上ないだろう。生駒隊はB級上位なのでB級中位の荒船隊が対戦することは滅多にないが。
 生駒や南沢を生かす立ち回りと同様に、長谷の思考リソースを水上自身が請け負った方が長谷のパフォーマンスが向上することを理解しているのだろう。普段はマイペースな長谷に振り回されている印象が強い水上だが、アイツがなんだかんだぼやきつつも長谷という人間を買っていることを知っている。
 しかし、長谷のサイドエフェクトを考慮しても、長谷が狙撃への対応を他者に丸投げする姿にはまあ驚いた。狙撃を弧月で防ぐことも珍しくない女だが、先ほどは防ぐ素振りすら見せなかった。それだけ水上のサポートを信頼しているのか。水上なら大丈夫でしょ、といつものトーンで脳内の長谷が呟く。
「面倒なのが組んじまったな」
 意識せず口角が上がる。二人の間のそれは信頼なのか信用なのか、はたまた両方か、全くの別物か。長谷がボーダーに入隊してから三ヵ月ほどになるだろうか。水上と過ごした日々はチームメイトの生駒隊の面々や同じクラスの鋼やカゲ、穂刈の方が長いはずだが、それでもあの二人の間には過ごした時間だけではない何かがあった。
 
 狙撃ポイントに到着しイーグレットを構えたその瞬間、鋼の身体がレイガストごと腰から二分された。
『戦闘体活動限界 村上、緊急脱出』
 しかし鋼はタダで落ちるタマではない。長谷が鋼を旋空弧月で斬りぬいた瞬間、同時に鋼も旋空弧月を放っていた。長谷の左腕が宙を舞い、水上の身体にも大きなダメージが入った。鋼の身体は光の束になると上空へ消えていく。スコープ越しに琥珀の瞳と目が合うも、瞬きの後にその姿は消えていた。
『悪い、荒船。左腕しか取れなかった』
「やられたな。片腕落ちのアイツなら水上付きでもぶった斬ってやる」
 イーグレットを解除し、弧月に切り替えて路地を駆ける。たかがジュース、されどジュース。負けてやる気は毛頭ない。




狭間