夜と温もり Side.H

 倒壊した家屋、飛び交う悲鳴、モールモッド、血塗れの瓦礫。目の前には見覚えのある光景が広がっている、ということはこれは夢なのだろう。いつもいつも飽きずに4年前のあの日が繰り返される。生きなさい、と囁いて私を助けてくれた父さん、瓦礫に埋もれる父さんをどうにも出来ない無力な私。父さんが死んだあの日は第一次近界民侵攻と呼ばれているらしい。呼び方はどうでもいいけど。
 何も出来ずに近界民に拐われる幼い自分をぼんやりと見つめているところで、意識がじわじわと浮上する感覚がある。覚醒しきらない微睡みの中で、ふとあたたかい何かに包まれた。多分水上が抱き締めてくれているのだろう。私が4年前のあの日の夢にいるときに、水上はきまって私を抱き締める。眠っているはずだけれど、仄かな感覚がある。
 二人で暮らしはじめてから一緒に寝るようになった当初、真夜中に叩き起こされたことがあった。どうやら私が眠りながら泣いていたらしい。水上は割と感情表現が豊かで、それなりに笑いそれなりに怒る。でも基本的には冷静で焦りを見せない男が、かつてないような焦燥を顔に滲ませていたものだから、私まで焦りを感じてしまった。

何、どうしたの。そんな顔して
いや、お前、なんで泣いとるん
は?
ほんま大丈夫か。心臓止まるかと思ったわ。お前が泣くなんて、

 眠りながら流す涙など放っておいたっていいだろう。叫び声を上げていた訳でも、心臓が止まっていた訳でもないのだから。というか眠りながら泣いていたのか、私は。センチメンタルな部分が自分にあったことに少しばかり驚いた。
 まあそんな訳で、私の涙に動揺してくれる程度に水上は私のことを想ってくれているらしい。それなりの情がなければ同居などしないか。
 出会って間もない頃から将棋をしたいと言えば付き合ってくれるし、勉強も教えてもらって、ご飯も何回も一緒に食べて。模擬戦や防衛任務では私の動きを見透かし、私の力を最大限に生かすようなサポートをする。水上は私の「やりたい」を叶えてくれる人間だった。鋼やカゲ、荒船とも模擬戦をして遊びに行ってご飯を食べたりしたけど、付き合うに至ったのは水上で、そこに大それた理由はない。
 私が隣にいて一番心地よかったのが水上だった、ただそれだけ。水上は私の隣にいることを選んだけど、それが運命であるとは思わない。私も水上も、お互いがいなくても生きていけるから。水上が誰の隣であろうがうまくやっていける人間であることは、普段の様子を見ていれば分かる。水上の隣が私でなければならない理由は正直に言って特にない。それは逆も言えることだけど。それでも水上の隣は私がいて、私の隣には水上がいて。それが当たり前になってしまった。
 あの日の夢は一人でもやり過ごせる。でも、隣に水上がいれば、悪夢ごと抱き締めてくれるのだ。過去の私を救うのではなく、あの日の私と今の私を無言で受け入れてくれる。そんな水上のやさしさの中で眠れる夜がずっと続けばいい、続いてほしい。
 そう思ってしまうから、やっぱり私は水上が好きなんだろうな。



狭間