静謐に毒針


「遅いなぁ満夜…」

荷物に囲まれたまま片肘をつきぼやく渚沙。

満夜がゴロツキ何人かを追い払う姿を、店内の客達と店長はプロサッカーの試合観戦のように嬉々として見ていた。
絡まれていた"女性"を満夜が安全な場所に連れて行った後。しばらく店内がお祭り騒ぎになっていたがそれももう無い。

(主に店長のテンションが原因)

店の代金はもう払ってしまった。
それは満夜にきちんと請求すればいいから気にしていない。

ただ彼女がいないとひどくつまらないのだ。

(店長からは連れが戻ってくるまでいていいと言われたけど)

暇潰しになるものを探して渚沙は店内をぐるりと見渡す。

「…仕方ない、か」

入店してからずっと目に入っていた物を見て、彼女は店長に話し掛けた。

「店長さん。"アレ"よかったら弾かせてもらえますか?」
「あぁ!いいとも!」
「ありがとうございます。では失礼します」

指はモノクロの谷を流れる様に動き、哀愁を奏で始める。
徐々に囁きが消え、店内の空気が彼女のメロディの支配下に墜ちた。

(満夜に早く会いたいな)

革張りの椅子は彼女の玉座と化す。
女王は愛鳥を思い、しばらくの間ピアノを奏で続けた。

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