(7)
「で?どうなの満夜?」
「何が?」
「あの二人よ!」
「え?…一時はどうなるかと思ったけど、案外良い人達だね」
「違う違う!ちっがーう!」
「…あぁ、そっちの意味」
キラキラした瞳で自分を見る親友に、満夜は呆れた視線を返す。
「満夜には幸せになって欲しいからさ!」
「幸せには貴女の存在が不可欠ですよ。深窓の姫様」
「…」
「ごめんごめん。でも、本当だよ」
世間で知られている辻渚沙は、音楽活動に関して自他に厳しく、私生活も演奏や練習・作曲に費やす時間がほとんど。
その弛まぬ努力のおかげで彼女は有名になったが、技巧や表現に対する厳しさも並のものではなく。
【不純物を取り除いている】・【演奏に関する美意識が高い】などと表現されることが多い。
漫画家という畑違いな岸部露伴と交流があるのも、そんなこだわりの強いところが似ているからなのかもしれない。
しかし、
「満夜〜…」
昔のとある出来事により、満夜は辻渚沙の親友という揺るぎない立ち位置に固定された。
なのでオフの時、渚沙の厳しさは鳴りを潜め、満夜に甘え切っている。
彼女は不安なのだ。唯一心の許せる親友が、遠くに行ってしまうのではないかと。
「大丈夫だよ。私モテたことないし。何かあったらいつも連絡してるでしょ?渚沙に報告しないなんてあり得ないし。まぁ、万が一なんて起こるはずがないだろうけど!」
「確かに?こんなじゃじゃ馬任せられる奴中々いないからねぇ〜」
「なんだと!もうっ!」
「いたた…あはははっ!」
「あははははっ!」
犬がじゃれあうように互いをつつきながら笑う。
ほっとした表情の渚沙に安心していると。
「やぁ」
「?」
「ジャポネーゼ達は観光かい?」
何分も同じ場所に居たためか、店内にいた他の客に話し掛けられた。
「オレはロベル。こっちはダニエーレとアレッシオ。俺達フィレンツェの大学生なんだ」
「今の時間休講中でさ、よかったら一緒に時間を潰さない?」
「ここら辺の大学って言ったら…」
渚沙が著名な卒業生の名を言うと、学生達は即座に反応した。
「よく知ってるね!」
「えぇ。大学の論文を書くための参考文献にお名前が。映画監督とかオペラの演出をしていたと」
「そうなんだよ!」
「ふうん。でも私"じゃじゃ馬ならし"は好きじゃないのよ」
観光の日本人が作品の詳細を知ってるとは思っていなかったのだろう。
自分達より詳しい説明に学生三人はたじろいだ。
「そ、そこまで興味があるなら、僕等の大学に来ない?」
「教授に頼めば大丈夫さ。だって君のファンだから!」
((あぁ、教授を巻き込んでナンパか))
なんてことを考えるのだろうと、二人は呆れてしまった。
「ごめんなさい、友人を待っているんです」
「君には聞いてない。関係ないだろう」
「──何ですって?」
穏便に断ろうと満夜が口を挟むと、噛みつくように反論される。
どうやら彼等の目当ては渚沙らしい。
親友に対する態度に渚沙の眉間に皺が寄り、拳が握りしめられる。
その様子に気づかず、学生達はまだ何か言い募ろうと口を開くが。
「オイ」
「なんだよ…っ!」
「俺達の連れに何か用?」
「邪魔だ。早く帰って机にでもかじりついてな」
「しっ、失礼しました!」
戻って来たメローネとギアッチョの牽制であっさり去っていった。
ほぅ、と詰めていた息を吐く満夜。
「助かりました。二人共お帰りなさい」
「新妻みたいで興奮する」
「いきなり何を言い出してんだよ」
「満夜を嫁にしたいなら私を倒してからにしろッ!」
「渚沙も何を言ってんの!?」
シャドーボクシングをし始めた親友を満夜は宥めようと試みる。
「冗談じゃないわ!私の満夜に生意気言いやがってあのケツの青いもやしっ子共が!!見る目無いのよ!」
「はいはい。怒ってくれてありがとう」
「へぇ…」
興奮し叫ぶ渚沙の言葉を聞き、メローネはそっと満夜を観察する。
笑う満夜は飄々としているようにも。諦めているようにも見えた。
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