(2)

「何をお手伝いすればいいですか?」
「う〜ん……てっきりアスタ坊が来ると思ってたからなぁ。お姉さんは力仕事は難しそうだし…」

依頼主である大工の棟梁は困った顔をしている。
彼らの生活が懸かっているため、偲はどうにかできないかと頭を捻っていると。

「おっと!?」
「危ないッ!!?」

少し離れた屋根の上でバランスを崩した作業員がいた。
強風に煽られながらなんとかバランスを取っていたが、本人が屋根から落ちない代わりに、持っていた木材を支えていたロープから手を放してしまう。
屋根の下には、通りかかった子供が歩いている。

「アクシオ!!」

魔導書を握りしめ、咄嗟に偲は叫んだ。
浮遊呪文も知っていたが動作に加え長々と呪文を呼んでいる時間は無かった。
彼女の腕の中に子供が吸い寄せられるように納まる。
数拍後。大きな音を立てて木材が倒れた音が追ってきた。

「大丈夫?」

思考が追いついた子供が泣き出し、周囲の大人や作業員が大慌てで駆け寄ってくる。
子供は何所にも怪我なく済んだ。
貸したハンカチに涙が吸い込まれる。
泣いている子供を慰めている間、偲は別のことに気を取られていた。

(ハリポタの呪文が使えた…マジかよ)

子供の親がすっ飛んで来てお礼を言われるまで、彼女は思案顔で子供の頭を撫でて続けていた。





(ビューン・ヒョイ…と)

「ウィンガーディアム・レヴィオーサ」

魔導書から出てきた杖を地面に落ちた木材に向けて振ると、木材は見えない糸に吊られたようにフラフラと浮き上がった。
周囲から歓声が沸くが、偲は集中しているため反応は返さない。
あの後、偲がいろいろ確認した結果。知っている難易度の低い呪文なら杖もしくは魔導書のみで使えることが分かった。

「お姉さんのおかげで安全に仕事ができるよ!あんがとな!!」
「いえいえ。皆さん怪我無いのが一番です」
「良い奴だなアンタ!……お、後一本木材上げてくれたら終わりでいいぞ!!」
「はい!」

緊張で杖を握る手が滑っていた彼女はこっそりと手を拭う。
神父と依頼主である棟梁のヴァイツに許可を取り、偲は近くの酒場に行くことにした。
奥さんが経営する其処で食事がいただけるとのことで、楽しみにしながら向かう。

(大きな通り真っ直ぐ、右側の通りを三本通り過ぎて…)

目的の店は入り口に花が飾ってあると言っていたのであそこだろう、と目星をつけて偲は歩いていると。



「ギャァアアアアアア!!!クソがぁああああ!!」
「!?」




怒声とガラスが割れる音に何事かと思った彼女は、その店へ足を踏み入れた。
そこには何人かの大人が固まり、テーブルを囲んでいた。向かい合って座る大人に混じり、青年と思われる年齢の男性がテーブルに足を掛けて怒鳴っている。店主と思われる女性は苦笑いだ。

「ヴァイツさんの奥さんですか?」
「えぇ、貴女は……?」
「ハージ村から手伝いに来た者です。シノブといいます。お手伝いが終わったところ、此処でご飯を食べて行けと」
「あぁ!神父さんとこの!いつもありがとうねぇ」
「いえ…でも、私お金無いのでとりあえず顔見せに来ただけというか…。神父様の話が終わり次第帰りますので──」
「何言ってんだい!おごりだよ!」
「へ?でも…」
「教会の子供達が手伝いに来た時もこんな感じだよ。うちの亭主は人にご馳走するのが好きなんだ。まったく…太っ腹というか考えなしというか」
「す、すみません…」
「アンタのせいじゃないよ!何食べたい?オススメは豚のガーリックソテーとコールスローサラダだよ!」
「じゃあそれを。実はお腹ペコペコで」
「はっはっはっ!そうかいそうかい、すぐ作るからね」
「ありがとうございます」

カウンター席に着き、テーブルの木のぬくもりを感じながら肩の力を抜く。

(落ち着くなぁ…)

しかし、店に入る前にガラスが割れた音がしたことを思い出し、周囲を見渡す。
まだぎゃあぎゃあ騒いでいる男の足元にガラスの破片が散らばっていた。

(あの人が割ったんだろうけど、怪我しちゃいそうだな…)

「レパロ(直れ)」

小声で唱えた呪文はきちんと効き、ちゃりちゃりと小さい音を立てつつガラスのコップが元の形に戻る。

(よし、上手くいった!)

後ろから男にこっそり近づき、邪魔にならないよう足元に跪く。
しかし、直したコップを手に取り顔を上げようとした時。いきなり腕を掴まれてしまった。


「ひっ!?」
「…」


突然のことにそれ以上声が出ない。
慌てて落としそうになったコップを掴み直す。

騒いでいた男に気を取られていたせいで気づかなかったが、長椅子にはもう一人男性が座っており、彼が偲の腕を掴んでいた。
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