嘘をつくより簡単なこと

「如月っち! 帰るっスよー!」
「はいはいわかったからちょい待ち! これ仕舞ったら着替えるから!」
「相変わらず懐かれてんなオマエ……、いや、前よりか?」
「はは……」

 部活が終わり、今日は自主練はせずに帰ると黄瀬と示し合わせていたので、黄瀬はクールダウンを終えるとすぐに着替えに行った。早々に帰り支度を終えて私を迎えに来たらしいのだけれど、最後に使ったボトルを洗ったりタオルやTシャツを洗濯機にかけておいたり、私の方がやることが多かった。とはいえ私もあとはもうドリンクのボトルを片付けて着替えるだけなので、帰るまでの時間はそう長くない。

「オレ自主練すっから鍵預かるぜ」
「はい、お願いします」
「黄瀬のヤロー、今日は如月と帰るって妙に浮かれてんぞ」
「でしょうね……」
「? 何かあったのか?」

 不思議そうに訊く笠松先輩に鍵を手渡し、何でもないですと首を横に振る。どちらかといえば何かあるのはこれからだ。

「黄瀬がいるから大丈夫とは思うけど、気を付けて帰れよ」
「はい、ありがとうございます。お疲れさまでした」

 ボトルを片して着替え、黄瀬が待つ部室の入り口に向かう。私を見つけると嬉しそうに呼んでくるから、思わず笑ってしまった。
 並んで昇降口に足を向け、いつまでも燻っていたってしょうがないと私から話をもちかけることにした。

「さて、今日の話の続きをしよっか」
「いきなりっスか! いいっスけど……。えっと、じゃあ昨日の言葉の意味、教えてください」
「うん、わかった」

 それは私も最初に言おうと思っていたことだったから、ちょうど良かった。

「私ね、黄瀬に謝らなきゃいけないかなって。私たくさん黄瀬のこと利用したから」
「利用……?」
「そ、利用。たくさんの女の子たちの前で黄瀬にお願いされて一緒にお昼食べてるんだってわかってもらえれば、呼び出しとかも減るんじゃないかなって打算があったの。だからわざと素っ気ない振りしてた」
「……知ってたっス」

 困ったような表情の黄瀬から返ってきたのは、くるだろうなと予想はしていた言葉。黒子くんの言うとおりだったみたいだ。

「その上で、私のこと好きだって言ってくれてるの?」
「はいっス。だって、如月っちはオレに素直でいていいって言ってくれるし、別にオレの顔が目当てとかじゃないっス」

 他の男の人が聞いたらそれはとてつもない嫌味だけどね。真面目な話なので心の中で思うだけにして、黄瀬の話の続きを待つ。

「それに、今までオレに近づいて嫌がらせを受ける女の子は何人も見たけど、可哀相だなーくらいにしか思えなくて。守りたいって思ったのは如月っちだけなんス。オレを利用してるのは知ってたけど、でもそれでもいいやって思ったから、もう末期っスかね」
「末期だね」

 黄瀬が苦笑してこちらを見るから、それに合わせて笑い返した。

「黄瀬のこと利用してるっていう後ろめたさがあったから、あんなこと口走って逃げちゃったの。ごめんね」

 私が謝ると、黄瀬は首を横に振った。

「それは、しょうがないんスよ。呼び出されるのは誰だって嫌だろうし。オレも如月っちのこと守りたいって思ったから、別に気にならなかったし。だから如月っちが謝るのはなしっス。……それ抜いたら、如月っちは真面目にオレの告白の答え、考えてくれるんスか?」
「うーん、もうちょっと」
「もう! なんなんスかそれー」

 これだけは、ちゃんと確認しないとだめだ。

「黄瀬の"好き"は、憧れとの混同じゃない?」

 顔を見上げて問うと、少し面食らったような顔をした黄瀬だけれど、すぐに不機嫌そうに眉根を寄せた。

「……なんスか、それ」
「黒子くんが言ってたから。名前に"っち"ってつけるのは尊敬する人だからだって」
「なんで今黒子っち?」
「昨日会ったんだ。カツアゲ現場見ちゃって助けたからその流れで」
「何危ないことしてんの如月っち!!」

 肩を掴まれ、焦ったようにそう言われた。心配してくれてるんだなぁ、なんて嬉しく思うしかできなくて。

「平気だよ。もうしないし」
「当たり前っスよ……」

 はぁぁ、と長く重たい溜息を吐いた黄瀬は、それで、と本題の続きを促した。

「尊敬する、認めてるっていうのはつまりは相手を自分より上に見てるってことでしょ? どこをどう見てそう思ったのはわからなかったけど、それだったら憧れとの混同なんじゃないかって思ったの」
「……違うっスよ。最初は確かにバスケへの姿勢がすごいなって思ったけど、でも如月っちへの気持ちは憧れじゃない。これは自信を持って言えるっス」

 あまりにも真剣な目をして言うから、疑う余地はなさそうだと感じた。

「……そっか。それならいいの」

 さて、ここからどう言おう。いざ言うとなると言葉が浮かばなくて、黙り込んでしまう。

「如月っち、公園寄らないっスか?」
「えっ」

 足を止めた黄瀬は近くにある公園を親指で指していて、私がその先を見たのを確認すると先に足を向けてしまった。仕方なく追いかけると、ベンチに座らされて。

「ジュース買ってくるんで、オレが戻ってくるまでに考えといてくださいっス」

 ぽんぽんと頭を撫でられて、黄瀬が私に気を遣ったのだとすぐにわかった。
 黄瀬がつくってくれたこの時間で、どう伝えるか考えないと。そう思えば思うほど、思考がまとまらなくなって何を言えばいいかわからなくなる。素直に好きだとだけ言えばいい? 黄瀬にされることは本当は嬉しいんだと、それも伝えなければ足りないだろうか。

「はい」

 俯いた視線の先に唐突に紅茶のペットボトルが現れて、驚いて顔を上げる。そこには、驚きすぎっス、と笑う黄瀬がいた。

「答えは出たっスか?」
 近すぎず遠すぎず、の距離を置いて座り、穏やかに笑ってこちらを見る黄瀬。なんとなく目を見るのが気恥ずかしくなり、手元の紅茶のラベルに視線を落とした。

「本当はね、昨日から答えは出てた」

 驚いたのか、黄瀬が身じろいで衣擦れの音がした。

「黄瀬が私のこと本当に好きなのか分からなくて、私が利用しちゃってるって知った上でなのか、とか憧れと混同してる"好き"じゃないのか、とか考えると、悲しくて。その時初めてわかったの。黄瀬に本当の意味で好きになってもらえないことを悲しんでる自分がいる、って」
「如月っち……」

 ぱたり、昨日のように手の上に滴が落ちた。視界が歪んで、紅茶のラベルの文字も読めなくなる。それでも、これだけはちゃんと黄瀬の顔を、目を見て言わなきゃいけない。頬を伝った涙を拭って思い切って顔を上げ、黄瀬を見上げた。歪んだ視界なら、黄瀬がどんな顔をしていても大丈夫。全部私の今の視界が悪いと言い訳できる。

「私も好きだよ、黄瀬」


(嘘をつくより簡単なこと)
 素直に言えば良かったの

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