甘めの嘘なら騙されたっていい
如月っちがいう"利用"のことを、オレは全部知っていた。それでも如月っちは他の女の子とは違う。確かに利己的かもしれない、でもそれだけは自信を持って言える。
他の女の子がいる前では素っ気ないフリをするけれど、それが本当に嫌がっているわけではないと知っているから、オレも如月っちにつきまとって。わざと如月っちの思惑に乗って、それで如月っちが保身できるなら良いと思っていた。利用しているとしても、如月っちは二人きりになると優しいし、オレを甘やかしてくれる。容姿オッケー運動オッケー、職業は学生兼モデルというオレの肩書きに惑わされて近づいてきたのではないし、勝手についてくる"完璧なイメージ"通りに、なんて求めてはこない。
二人きりで空き教室に、なんていう少しはときめきでも覚えそうな空間でも、如月っちのオレの扱いは犬みたいで。だけどそれも気にならない。
如月っちがあの時みたいに悲しそうにしないなら、自嘲的な笑みを浮かべたりしないなら、それでもいいや。
そう思っていたのは、昨日までだった。今はもう、如月っちにちゃんと好かれたい、そう思っている。
夕食の帰りにそのまま告白して、意味のわからない言葉を残して逃げられて。如月っちはいつも見る女の子とは違うから一筋縄でいかないのはわかっていたけど、逃げられたのはショックだった。
しつこくメールもしてしまったし、これは完全に嫌われたなと思いつつ早めに眠り、目を開けた今日の朝。携帯を開けば2通のメールが入っていて、1通は事務所からの朝から仕事があるというメール、もう1通は如月っちからの"明日答えを待っていてほしい"という昨日送信されたメールだった。
返信する間もなく事務所の人が来て、慌てて着替えて学校に仕事で遅れるという連絡をしつつ仕事に向かった。仕事場に軽食が用意してあったから助かった。結局授業に出られたのは三時限目からで、運動部の燃費の悪さなめんなと思いつつ午前の授業を終えてお昼に如月っちの教室を覗くと、彼女は至って普段通りに直前の授業の教科書などを片付けていた。不安に思いながら声をかけると、犬よろしくこいこいと手招かれて。それに従うオレもオレだけど、そんな誘い方をする如月っちも如月っちだ。
「黄瀬はお昼購買? お弁当?」
「購買っス」
なんとなくいつものように言うのが憚られて、淡々と短く答えてしまった。
「じゃあ行こっか。私も購買だから」
如月っちはそんなオレの心境を知ってか知らずか笑いかけてくれて、普通に話しても大丈夫だと言われた気がして安心した。
購買に向かう途中でいつ話そうかと振ってみると、意外にも一緒に帰ろうという言葉が返ってきて。思わず喜んで返事をしてしまったが、如月っちはそんなオレを笑うこともせず周囲に視線を走らせた。
オレもつられて見ると、あぁ、確かにこれは視線が痛い。いつもと違い如月っちが歩み寄る素振りを見せたからなのだろうか。
食べたいものがあったオレは、一度如月っちと別れて争奪戦に参加した。体格がいいからそこまで苦労しないし、短時間で目当ての物は買えた。争奪戦が終わって人が流れてくる前に他に食べる物を購入して、如月っちが待っているであろう隅っこに目を走らせた。
「……あれ?」
いつも人の邪魔にならないところで待っていてくれているのに、いない。
慌てて購買を出て如月っちに電話を掛けた。少し長いコール音が続いて、如月っちが出て。我ながらとんでもなく焦った声が出たと思う。自分の声が反響して聞こえるのが気になったけれど、如月っちに居場所を聞いてすぐに足をそちらに向ける。
「分かったっス! じゃあオレがそっち行くっス! 入れ違いやだから動いちゃダメっスよ!」
『うん、わかったわかった』
如月っちの呑気な声が逆にオレの足を急がせた。言われた通りの場所に着くと、壁を背に数人の女子に囲まれた如月っち。名前を呼ぶと、本人もそれ以外の子もこちらを振り返った。
「……何してたんスか?」
「ん、黄瀬とお昼一緒に食べたいんだって」
「えっ!」
穏やかに言う彼女に、これが狙いで電話に出るタイミングを計っていたんだと察しがついた。あと少し遅かったらオレが諦めてたとこだったのに。あとはオレの返答におまかせ、という丸投げの姿勢に、仕方なく脳をフル回転させた。
「んーと、気持ちは嬉しいんスけど……、如月っちには部活のことで確認したいこともあるし、今日は遠慮させてもらうっス!」
営業スマイルを心掛けて言うと、女の子たちは納得してくれたのかこくこくと頷いた。まぁ、今日どころか明日も明後日も、お誘いに乗る気なんてないけど。如月っちの手を引いてその場を離れ、適当な空き教室に入る。適当な机を選んで座りさっきは大丈夫だったかと訊けば、電話のタイミングが良かったから、と返ってきた。オレが笑うと何を思ったのか如月っちはオレの頭を撫でてくれて、満更でもないオレはそれを甘んじて享受した。お昼休み中に如月っちがオレを嫌ってはいないということがわかって、その日のオレは気が重くなることもなく部活に励めた。
その日の帰り、如月っちは"利用"について謝って、ひとつだけ気になっていたらしいことを確認してきた。如月っちが"オレに好かれる資格がない"と言った理由はオレにとってはしょうもないもので、ひとつひとつ解消していくと如月っちは安心したように笑った。
そこからどう言ったらいいのかわからない様子で、黙り込んでしまって。公園に連れて行って考える時間をつくってあげて、近くの自動販売機に足を向けた。いつものように強気じゃない如月っちも新鮮だ。如月っちがよく紅茶を買っているのを思い出して、それを選んで買う。戻って俯いた如月っちにそれを差し出すと、ひどく驚かれて。思わず笑ったけれど、悪態も言い訳も返ってこなかった。
「答えは出たっスか?」
あまり近すぎないように距離を置いて座り、あくまで話しやすいように空気を作る。目を見るのが恥ずかしいのか、如月っちは手元の紅茶を見つめながら口を開いた。
「本当はね、昨日から答えは出てた」
その言葉に驚いて身じろいだけれど、如月っちは気にすることもなく言葉を続ける。
「黄瀬が私のこと本当に好きなのか分からなくて、私が利用しちゃってるって知った上でなのか、とか憧れと混同してる"好き"じゃないのか、とか考えると、悲しくて。その時初めてわかったの。黄瀬に本当の意味で好きになってもらえないことを悲しんでる自分がいる、って」
「如月っち……」
俯いた如月っちの目から、ぽたりと涙が落ちた。今まで女の子からどんな恨み言を言われても泣かなかったのに、オレに好かれないことに対しては涙を流してくれるのか。泣いている如月っちの横で不謹慎だとは思うけれど、それが嬉しかった。
大切なことは目を見て伝えなければという信念は変わっていないのか、涙を拭ってこちらを見上げて、如月っちは言う。
「私も好きだよ、黄瀬」
オレの肩書き、顔、そんなものを目的に近づいてきた女の子に飽き飽きして、こんな風に思うことは二度とないと思っていた、はずなのに。オレを利用したと謝って、憧れなんじゃないのかと疑って、オレの気持ちを納得いくまで確認して。キセキの世代への憧れしか抱いてくれていないんじゃないかなんて疑問は、すぐに吹き飛んだ。泣きながら想いを伝えてくれる目の前の女の子が、愛しくてたまらなかった。
利用していただなんて謝らなくたって、オレは如月っちが好きで好きで仕方がない。
(甘めの嘘なら騙されたっていい)
そう思えるくらいに好きなんだ
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