ジーンさん2



「夜、小春の言うとった11時にかかってきたで」


朝一、疲れた顔でわざわざ報告する謙也に私と白石はそうかとだけ返した。普段ならもうちょい突っ込んでや!とか返ってきそうなのに、とりあえず青汁って言うといたわ、なんて明後日の方向を見ている。だめだ、壊れてる。


「謙也壊れとるわ」
「そうだね」
「別に大して怖い話でもないけどなぁ」
「むしろ、今朝女の子のところに青汁が届いてるかと思うと、その方が怖いけどね」
「せやなぁ。…粉やろか、それともすでに作られた状態やろか」
「個人的には粉の袋合った方が色々考えないですむかな」


作られた状態であったら、飲めるのかとかそもそも一発で青汁って判断出来るかも怪しいし。それなら通販のお得パックがドーンと置いて合った方が断然良い。
白石も納得したのか頷いてから謙也に視線を戻す。つられて謙也を見れば、未だどこかの世界に旅立っていた。


「何がそんなに怖いんや」
「メリーさんみたいやからや!」
「だからジーンさんだっての」
「うっさい壱加!自分かて電話してみたらわかるわ!!」


と言われても。
小春ちゃんの話を聞いた限りだと女の子のお手伝いをしているだけで、他に何かしてくる訳ではないのだから普段の私が味わう恐怖に比べれば、と思ってしまう訳で。眉間にシワを寄せると珍しく白石が苦笑する。
しかし、そんな事は謙也にも、そして隣の白石も滅多に経験する事ではないのだから仕方ないのかもしれない。助けようはないけれど。


「今日は何聞かれるんやろか…」
「パンツの色とか?」
「あんな九十九、一応女の子なんやからそういうんやめとき?」
「えー、だって好きな人の知りたいことでしょ?」
「自分、そんなん知りたいんか…」


とてつもなく呆れた視線を向けられるけど、私は知りたいもの。千歳くんのパンツの種類と色。個人的にはボクサーがいいでゴホンゴホン。


「俺の今日のパンツは深緑やでー!」
「知りたないっすわ謙也さんほんま阿呆ちゃいます」


謙也の叫びに間髪入れず、光くんがもの凄く良い音で殴りつける。流石相棒、学年超えてわざわざツッコミありがとう。あれ?そういえば学年違うよね。なんで光くんいるんだ?


「なんやねん財前!俺は今なぁ、」
「どうでもいっすわ。俺、壱加さんに用事あるんで」
「私?」


聞けや!と謙也がツッコむが、完全シカトして私を見て光くんは頷く。光くんのそういうとこ好きだよ。


「何?」
「クラスの奴が話しとったんですけど」
「うん」
「ジーンさん、ほっといたら壱加さんが危ないかもしれへん」


待って。今すんごい聞き捨てならない事が聞こえた気がしたの。
思わず真顔になってしまうが、光くんはいつも通り超冷静に私を見ているからもしかしたら聞き間違いかもしれない。うん、そうだ。
ジェスチャーでもう一回と伝えれば、先程と同じように「壱加さんが危ないかもしれへん」と返された。なーんだ、やっぱり聞き間違いじゃないのかぁ。


「えぇぇえぇ!?何で!?」
「遅いわぁ九十九」
「うるさい白石!今それどころじゃない!何で!私が!謙也がどうなってもいいと今回は傍観してるつもりだったのに!」
「テメェふざけんなや!」
「電話するだけなんざ怖くねぇだろうが!川に引きずられてみるか?ぁあ!?」


睨みつけると謙也がピッと口を噤んだ。相当ドスの利いた声が出たらしい。クラスメイトがめっちゃ見てるのが分かり、そっと静かに座り、一つ咳払い。


「…で、どゆこと光くん」
「切り替え早いなぁ」
「黙れ白石」


良い笑顔(当社比)でそう言えば、はいはいといった態度で肩を竦ませる。その間に光くんは、私の前の席に当たり前のように座った。ちなみに謙也の席に。あれ?光くん後輩だよね?あれ?
慣れてるのか、はたまた私の先程の威嚇が利いているのか謙也は何も言わずに隣から椅子を引っ張ってきて座った。
それを横目で確認してから、光くんが私に視線を戻して口を開いた。


「クラスメイトに、最近彼女出来た奴いるんすけど、そいつジーンさんから電話きてたんすわ」
「うん」
「俺興味無いからさっきまで知らんかったんすけど、そいつ毎日ジーンさんの話ししとったらしくて、それが最近彼女出来たーって話しに変わったらしくて」
「ジーンさんがくっつけてくれたんやな」
「それが、ちゃうみたいっすわ」
「「は?」」
「そいつ、今朝、階段から落ちたんすけど」


そこで、一度区切る。光くんは目線を斜め横に逸らして唇に軽く触れる。


「俺、たまたま下の方におって、どないしたん聞いたら、突き飛ばされた言うんやけど上には誰もおらんくて。テンパっとって、ようやっとマトモに話し聞いたら『女と別れろ。私が応援してるのに、裏切り者』とかって囁かれたって」
「……つまり、そのクラスメイトくんは、ジーンさんが応援しとる子ではない子と付き合っとる、と財前は思っとるっちゅー事か?」


白石の言葉に、そっす、といつも通り返す光くん。
え、てことは謙也はジーンさんが応援してる子を見つけてその子と付き合わないと、って事だよね。だって、下手に他の子と付き合ったらジーンさんから突き飛ばされたりとかしちゃうかもしれないもんね。かわいそー(棒読み)


「せやけど財前。なんでそれで九十九が危険なん?」
「そうだよ!謙也が危ないのは分かるけど!」
「…ほんまに『男だけ』が危ないと思います?」


ジッと真っ直ぐ見つめられて思わず息を呑む。今の話の中で実害を受けたのはクラスメイトくんだけだ。
そう、今の話『だけ』ならば。
男の子にかかってくる電話。女の子の元に届くプレゼント。様々な事柄から『ジーンさんは恋する女の子の味方』という噂が成り立っている。もし光くんの予想が当たっているならば、恋する女の子にとって好きな人が別の女の子と付き合うのは辛いし許せない事だ。だから男の方にジーンさんから報復があった。でもその場合、許せないのは好きな人より……


「壱加さんやったら、好きな人に近付く女ってどう思います?」
「……目障り、だね」


言い方悪いわ、と白石が呟くが、私は今それどころじゃない。
仮にクラスメイトくんを階段から落としたのがジーンさんだとして、光くんの予想が当たっていたならば、大変不本意だが一番近くにいて仲良いのなんて私以外思い当たらないし、他に謙也と仲良くしている女の子なんて見たことない。


「せやから、壱加さんに言いにきたんです」


気ぃ付けて下さいね、とだけ言い残して光くんは自分の教室へと戻っていき、その後ろ姿を見送った直後に机に突っ伏した私と謙也の肩を、白石は軽く叩いたのだった。


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