金ちゃんの提案でテニス部と帰るようになって数日、最初は皆で帰ったりしてたけど、まぁなかなか騒がしいのと毎日のように寄り道があったので母さんに本気で怒られてしまい、日替わりで送ってもらう事になったのだ。部活終わりでただでさえ時間遅いのに、寄り道でたこ焼き買い行ったりしてたら(私にしては)遅い時間に帰ってたからね。ただ下せぬのが「白石くんちに泊まりの時は連絡してね!お赤飯炊くから!」と言われた事だ。閑話休題。
「片付けせんと良かね?」
千歳くんが下駄箱を指差して首を傾げる。連られて見てから曖昧に笑う。見られてたのか。
「どうせやられるから、明日一気にやろっかなって」
そう答えれば、二人が微妙な顔をした。千歳くんは眉を下げて困ったように、光くんは思い切り眉間にシワを寄せた。あれ?私変なこと言ったかな。
「…はよ、見つかるとええですね」
大きく溜め息を吐いてそう呟くと、光くんが踵を返して歩き出す。きょとんとする私に千歳くんが、そんな事ば慣れてほしくなかよ俺も財前も、と耳打ちしてから肩を叩いて歩き出した。そっか、心配してくれてるんだ。不謹慎かもしれないけれど、何だか嬉しくてえへへと笑って二人の後を追う。
「ジーンさん見つかっとっと?」
「まだー!でも今ね小春ちゃんが調べてくれてて」
「金色さんが時間掛かるん珍しいっすね」
「そうなんだ」
「俺の事も直ぐ調べとって、キモかったっすわ」
真顔でそう言う光くんに笑う。そんな私の横で千歳くんもケラケラ笑っている。
友達が光くんの事を、クールでツンケンしとってデレへんのが最高にシビれる、と言っていたけど実際は、笑いをとりながら門をくぐらなアカン、とかいう訳分からない遊びをアイツらが始めた時に、誰に言われるでもなく真顔でストップウォッチ握ってたり、先輩とか関係無くキツイツッコミしてるかと思ったら結構ボケてたり、後は…意外に心配性だったり。こうして付き合いが無ければ、周りの話を鵜呑みにして会話しようとすら思わないタイプだっただろう。千歳くんもまた然り、でかいし何考えてるか分かんない感じだし、こんな風に二人と話してるなんてきっと出会う前の私なら信じられない。
「九十九?どげんしたと?」
少し先を歩く二人の背中を眺めていたら、千歳くんに声を掛けられてハッとする。随分ぼんやりしていたらしい。少し離れた所から二人がこちらを振り返ってジッと見つめているので慌てて駆け寄る。その途中、視線を感じてちらりと見てから物凄く見たことを後悔する。
「あ、ぁぁぁあ」
「壱加さん、謙也さんみたいなっとるで」
ソレから目を逸らして、へろへろと二人に近寄ってから二人のジャージの裾を掴めば光くんにツッコまれる。謙也と一緒は嫌だ。しかし見てしまったもんは仕方ない。
「なんかおるんすか?」
そう言う光くんに何度もカタカタと首を縦に振る。電信柱の後ろにどう見ても幽霊です!みたいなのがいた。今更何言ってんだいつも視てんだろ、とか思った奴。ちょっと表出ろ。逸見先生の時にも、ていうかいつも言ってるけども私は幽霊とかスプラッターとか本当に嫌いなんだよ!怖いんだよ!!作り物のホラー映画で泣くくらいだからな!ていうかこっち見てたっぽいけど来るのかな来るのかなぁぁ。半泣きで二人を見上げれば、千歳くんが辺りをジッと見つめた後私の頭を優しく撫でた。
「えすいモンじゃないけんね、心配せんと良かよ」
ニコニコと笑う千歳くんに、ほんとに?と何度も聞くが彼は笑って頷くだけで、まだ視線は感じる訳で光くんに視線を移す。光くんはさっきの千歳くん同様辺りをジッと見回してから、こちらを見ないで千歳くんの名前を呼ぶ。それに彼はなんね?とやはりゆったりと返す。
「千歳さんは視えとるんです?」
「いんや」
光くんの問いに間髪入れず否定する。え?王子視えてないの?マジ?
その言葉に光くんも不思議に思ったらしい、眉をひそめて私達に視線を戻す。
「ほんならなんで大丈夫や、なんて言えるんです?」
「九十九に初めて会った時のみたいに嫌な感じせん。悪いもんではなか」
「視えへんのに?」
「視えんけど、嫌な感じば分かるけん」
だから問題なかよ、と千歳くんは笑う。光くんは少し考えてから納得したのか、まぁそっすね、と息を吐いた。待って、なんで納得。半泣きの私を放って二人は再び歩き出そうとするので、ジャージの裾を掴んでいた手に力を込める。同時に振り返る二人に口をパクパクとしていると、千歳くんがケラケラ笑った。
「九十九は視えとうけん、えすか思いしとっと。ばってん俺達には視えんとよ。前ん男の子、川の女の子ば俺にも視えとっと」
「言うて視えへんから助けられへんですし、そもそも襲うつもりやったらもう襲われてるんちゃいます?」
「ううう、そっそれはそうなんだけど、そうなんだけどもね…!」
ギュッとジャージを更に握り締めると、二人がきょとんとしてから呆れたように笑った。
「そげん事なら、手ぇ繋いで帰ればえすい事なかね?」
そう言って差し出された手は千歳くんだけではなく、光くんの手もあって今度は私がきょとんとする。王子は分かるけど、光くんの手はなんだろう。それは千歳くんもだったようで、私に手を出したまま不思議そうに光くんの手を見つめる。当の本人は真顔のまま、さも当たり前のように手を差し出したまま私を見ている。
「手ぇ繋いどったら怖ないんですよね」
せやったらはよして下さい。
そう続きそうな雰囲気で、差し出していた手を更に前に出した。呆然とする私より先に反応したのは千歳くんで、財前は優しかねーと楽しそうに笑う。不満そうな光くんを余所に、王子は光くんのジャージを掴んでいた私の右手を取って光くんが差し出していた左手に乗せる。え、と私と光くんの声が被ったと同時くらいに、自分のジャージから私の手を解いて千歳くんが手を握ってきた。
「これなら2倍、心強かよ」
にぱっと笑う王子はとても可愛らしくてイケメンでした。萌え死ぬ。二人の手をグッと握れば、ほな行きましょ、とツッコむのも諦めたのか光くんが溜め息混じりにそう言った。やはり視線は感じるけれど、さっきまでの恐怖はもう感じない。中学生が手を繋いで三人並んで帰るなんて、傍から見たら随分間抜けなんだろうな、なんて考えて笑ってしまうくらいには怖くない。
「壱加さん、笑いすぎや」
「いやいや財前、笑顔が一番ったい」
でも、不思議だ。どうして二人は視えないのに信じてくれたんだろう。どうして本当に今幽霊がいるんだと、信じてくれたんだろう。昔は、誰も信じてくれなかったのに。
「まだ、えすかね?」
千歳くんが突然顔を覗き込んできて、驚いて立ち止まる。よく見れば光くんも私を見ていて、またぼんやりとしていたのだと曖昧に笑う。しかし上手く誤魔化せなかったのか、無言で二人に見つめられて、あーと眉を下げた。
「…なんで、信じてくれたのかな、って」
「なんで?」
「視えないのに、なんで本当にいるって信じてくれたのかな、って」
自分が視えないものをすんなり信じてくれる人の方が少ない事は経験で分かってる。だから視える事を隠すし、私が怖がっているのを知っている人だとしても、信じて貰えないものだと思って接する事の方が多い。だからこんな風に当たり前のように信じてくれた事が不思議なのだ。
そう俯いたら、鼻を摘まれた。
「いっ……た!!」
「壱加さん阿呆ちゃいます?ちゅーか阿呆ですわ」
「断言!?て、痛い!光くん痛い!」
「九十九は嘘言っとっと?」
「嘘じゃな、痛い!強い!!鼻もげる!!」
「壱加さんやから信じてるんやで」
パッと鼻を摘んでいた手を放して、そう光くんが呟く。私だから、と聞き返せば千歳くんが頷く。
「九十九ば言う事だから信じとう。視えんったい事そう簡単に信じる程お人好しじゃなかとよ」
「壱加さん怖がりのくせにあんま人頼らへんやん。視えた言うた時も、嘘言うような女子は直ぐに抱きついたり手握ったりもっとウザイっすわ」
「いつも思うんだけどそれ経験談?ねぇ経験談?」
「せやからアホな事で悩まんでくれます」
私の疑問を見事にスルーしてそう言う光くんは、やはりいつも通りのクールさだったけれど、握られた右手に少しだけ力がこもっていて、思わず泣くかと思った。何なの、今日二人は私を殺しに掛かってるの?
「それにいっぺん視てますし」
「俺は2回会っとうねー」
「だから別に」
「それ以上の理由はいらんったい」
私を見て笑いかける二人に、恥ずかしさと嬉しさで俯いて、小さくありがとうと呟く。
一度視たから。それで信じてくれたのは、白石と謙也の次に二人だけなんだよ。他の子は、私の事を気持ち悪いって避けたんだよ。
なんて、こんな優しい人達に話すことではないから。
俯いて見えた二人の手のひら。右は光くんの綺麗な、でも少し骨ばった男の子の手があって、左は千歳くんの大きくて筋のある男の子の手で。四天宝寺に来て、この人達に会えた事が奇跡のように思えて、確かめるように繋いだ手を握り返した。
「“さんぽ”でも歌っとー?」
「いやいや、“ボクもかえーろおうちにかえろっ”だよー」
「“夕焼けこやけ”なんとちゃいます?」
下らない話をして、結局日本昔ばなしを私と千歳くんで歌いながら、三人で私の家まで手を繋いで帰った。家に入って早々父さんに、「三つ股するような子に父さん育てた覚えはありません!」と半泣きでキレられた。だから、なんで白石カウントに入ってんだよ。
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