ジーンさん18



私、九十九壱加、中学三年生!ちょっと幽霊が視えちゃうごくごく普通の女の子!そんな私は登校中の今、


『あ゛ぁぁぁ』
「あ゛ぁぁぁ!!」


絶賛、スプラッターな見た目の幽霊と追いかけっこ中DEATH!そうね!さっき通った道で前に交通事故あったもんね!!でもなんで今更追い掛けてくるかな!!
なんて全速力で走っていたら、何かにぶつかったと思ったらそのまま抱き締められる。やばい、後ろに気をとられて前見てなかった。王子だったらラッキー!なんて顔を上げれば其処にいたのは一氏くんで、真っ直ぐと私の後ろを追ってきた霊を見ていた。


「帰り。コイツは自分を救ってくれへん」


淡々と発せられた言葉は感情が無くて、まるで突き放すようだと一氏くんを見上げて思う。というかこれはもしかしなくとも抱き締められてるんじゃ。ちらりと右肩に回された彼の手を見れば、追い掛けてきた時より大きな声で呻き声が聞こえて、ひぃと小さく悲鳴を上げる。呆れたように、ビビりすぎや、と一氏くんが笑う。自分でも情けない声だと思ったけど怖いもんは怖い。答える代わりにギュッと彼の制服を掴めば、優しく頭を撫でられた。


「分かったやろ。コイツも俺も、自分を助けられへん。生まれ変わりたいなら、すがるんやなくて自分で行くとこいかな、辛なるだけやで」


先程と同じくらい淡々としているのに、優しく諭すように話し掛ける一氏くんはどこか悲しそうに眉を下げて笑う。すると呻き声が小さくなっていったと思ったら、途端に辺りが静かになった。後ろは見えないけれどもしかして。


「消えちゃっ、た?」
「帰ったんやろ」


そのまま成仏しとったらええねんけど、と盛大に溜め息を吐く彼に苦笑する。一氏くんには助けられてばかりだなぁ。ありがとう、と彼から離れようとしたら上から思い切り頭を押さえ付けられる。


「え、ちょ痛い痛い!」
「ど阿呆!どうせ目が合って直ぐに逃げたんやろ自分!」
「痛、え、あはい!逃げました!だって怖かっ痛い痛いってば!」
「あのままやったらアイツ悪霊なってたかもしらんぞボケ!!」


え。
小さく呟くとグリグリと頭を押していた手が緩む。顔を上げると不機嫌そうな一氏くんがいて、私は更に訳が判らなくてぼんやり彼を見上げる。
私が逃げたからあの人が悪霊になる?


「『助けてくれ』って、話す前に逃げられたらそら誰でも追い掛けるっちゅーねん。生きてても死んでても一緒や。追い掛けとるうちに『なんで逃げるん、助けてくれ、なんでどうして』って哀しみが恨みになって」


悪霊になる。
そう零した声が私の中で響く。私が逃げたからもう少しで悪霊にしちゃうとこだった…?


「言うて、別に霊が生きてる奴の害やない訳ちゃうけど…って何泣いとんねん!」
「だ、だってぇぇ」


ボロボロと涙が零れる。そうだよね、あの人だって別に好きでスプラッターになった訳じゃないよね。今度からちゃんと話聞いてあげよう。あ、でも私話聞いてあげてろくな目に合ってないぞ。鬼ごっこ少年や理科準備室の人に川の少女…。え、じゃあスプラッターさんだけ話聞く?すみません思い出しただけで怖いからやっぱ無理です。
無理だぁぁぁ、と更にボロボロ泣くと、歪んだ視界の先で一氏くんが笑ってるのが見えた。


「九十九は優しすぎんねん。全部を受け止めろ言っとんちゃうで。ほっといて平気なんとヤバイやつを見極めろゆーてんねん」


せやから泣くなや言い過ぎたスマン、そう言って頭を撫でられて更に色々込み上げてきて、唇を噛み締めてうーうー泣いていたら、困ったように自分の頭を掻いた後、そっと私を抱き締めた。


「只でさえ自分、嫌がらせのせいで普段以上に"そういう"んに目ぇつけられやすいんやからな」


ポンポンと子供をあやすように背中を叩かれ、ふっと気が抜ける。いつだかじいちゃんに言われた、「気が滅入ったり心身が疲れていると、人間の五感のどれかで霊を感じられる人は霊に憑かれやすい。お前は特に気を付けろ。」って。そっか、今日はこうきたか!とか笑って見れるくらいには慣れたと思ってたけどやっぱり疲れてたんだなぁ。一氏くんの胸にもたれかかって息を吐く。鼻を啜りながらもさっきよりも落ち着いた私に、手を止めることなく無言で背中を擦ってくれる。それがとても心地良い。小春ちゃんの傍も落ち着くけど一氏くんも落ち着くなぁ。癒しのオーラでも出てんのかな。


「あ、」
「おん?」
「そういえば、一氏くんって色々詳しいけど、それ独学?」
「………おん」


ピタリと彼の手が止まり、先程よりも低いトーンがぽつりと降ってきた。やばい、これは聞いたらダメなやつだ。どうしよう、話題、話題替えないと。


「あ、ああああああの、何でさっき式神使わなかったの!?お祓いとかしなくても成仏出来るんだね!!」


幽霊から離れろ私ぃぃい!!!
脳内で床に頭を打ち付けていると、出来るで、とあっさり返事がきた。あれ?コレはセーフ?セーフ?ちらりと顔を上げると、一氏くんは空を仰いでいた。


「俺の式神や自分の持っとる札は除霊する、まぁ無理矢理霊を祓うもんや。さっきの奴が求めたんは浄霊、言葉のまんま、霊を浄化するもんやな。坊さんの詠む経や、銀なんか出来るんちゃう?」


そう、私の頭の上で指折り数えつつ話していく。除霊も浄霊もじいちゃんに習ったから知っている。どちらも悪霊や人に害を成す霊に対して行うのが普通だけれど、さっきの霊だって成仏させることは出来るはずだ。輪廻の輪に戻さずに霊を祓う…存在を殺す業もあるとじいちゃんは言うけど、彼の言い方からすると式神はちゃんと成仏させるようだし。それなのに、一氏くんはあの人を説得した。除霊しないですむようにと。


「…一氏くんのが優しいじゃんかー」
「何でもかんでも祓えばええもんやない。そう教えてくれたんは九十九やろ」
「へ?」


空を仰いでいた一氏くんが視線を私に落とす。突然目が合って、真っ直ぐ見つめられ、逸らすことが出来ない。だって、言葉が出ないのだ。私はいつ、そんな事を一氏くんに話したのだろう。知り合ったのは3年になってからで、二人きりで幽霊の話をするのは今日が初めてのはずだから。


「自分等いつまで抱き合っとるんー?」


その時、不意に聞き覚えのある茶化すような声がして、勢い良く私達は腕を伸ばして身体を離した。声の方を見れば、ニヤニヤと笑う白石と小春ちゃんがいて一氏くんも私も一気に顔が真っ赤になる。


「いやもうこんな道の真ん中であっついわー」
「ちゃうねん!九十九が勝手に衝突してきたんや!!」
「えぇぇ!?なんかごめんなさい!」
「はいはい、よー分かったから」


白石がヒラヒラと手を振るが絶対分かってない。この態度、絶対分かってない。というか小春ちゃんにまで茶化されると思わなかった。くぅ、と唸ると一氏くんが息を吐く。


「何や分からんけど、九十九が泣いて逃げとったからジーンさんかと思ただけや」
「え?」
「何、ジーンさんに追い掛けられたん?」
「いや、普通にその辺の霊、だけど…」


首を傾げる白石に答えつつ、そっと様子を伺うように一氏くんを見る。彼はちらりと私を見てから「言うな」と音にせず口を動かしたと思ったらそっぽを向いてしまった。やっぱり、皆には秘密なのか。一瞬戸惑ってから口を開く。


「気付いたら、いなくなってた、みたい…?」


曖昧に笑えば、私の顔を見た白石がきょとんとした後、スタスタと私へと距離を詰めてきて目の前に立ったと思ったら、そりゃもう、さも当たり前のように。ナチュラルに。私の右頬に手を当てて、親指で目元の涙を拭った。


「随分怖いのに追っ掛けられたんやなぁ」


ふわりと優しく笑う白石。思わず目を見開く私。視界の端で同じく目を見開いている二人。


「っ、とーうっ!」
「痛ぁ!」


咄嗟に身を引いて白石の左手に手刀をかます。やられた白石は急になんやねん、とか文句を言ってるがそれはこっちの台詞だこんちきしょう!コイツの『天然タラシ』に何度思いがけず私の心臓が早鐘のように鳴ったか!赤くなってるであろう顔を押さえて三人から離れて歩き出す。後ろで一氏くんがタラシ、と白石を蹴り飛ばしたらしく、再び痛っ、と白石が声を上げている。もっとやれ。


「壱加ちゃん壱加ちゃん」


トテテ、と小春ちゃんが私の横に並ぶ。顔をパタパタと手で扇ぎながら小春ちゃんを見れば、彼女はにこにこと笑っていた。


「ありがとうな、ユウくんの事黙っとってくれて」


そう言って前を向く小春ちゃんに、私は只目を丸くする。


「…小春ちゃん、知ってるんだ」


ぽつりと呟けば、ふふふと笑いながら小春ちゃんは歩き続ける。いつもあんなに必死に隠してたから、てっきり小春ちゃんにも話してないんだと思ってた。


「聞いてへんけど、なんとなーく、な」
「え?」
「…前にな、手作りの御守りもろてん」


そう言ってポケットからケータイを取り出す。そこに付いている桜の花弁が刺繍された御守りは、この前私がもらったものと色違いだ。本当にお揃いだ、なんて眺めてたら大事そうに小春ちゃんはその御守りを撫でる。


「あんま体調良ぉなくてな。そんな時に手作りやけどーてコレもろて、普通に嬉しくてな、ありがとぉ言ったん。そしたらユウくんな」


後ろで言い合いをする一氏くんと白石を横目で見てから、私の耳元に手を添える。
泣きそうな顔してん。
本当に、耳打ちされてる私ですら聞き逃してしまいそうなほど小さな声で、小春ちゃんはそう言った。ゆっくりと私から離れた彼女はやっぱり笑っていて。


「『気味悪くないんか』って、そう言うんよ。手作りの御守りあげるのの何が気味悪いねん!っちゅー話やん?」
「気味、悪い…」
「そっ。ユウくん、観察力あるから人の真似が得意なんやけど、観察してただけやー言いながらその人の更に後ろの方見とるんよね。ずっと不思議やなぁって思とったんやけど、その言葉でピーンときたん。あぁ、そう言われた事あんのやろな、って」


せやから何となく、と少し先を歩く小春ちゃんを見て、目頭が熱くなる。視える、なんて他人に話して返ってくる対応なんてたかが知れてる。
「嘘つき」
「臆病者」
「気味が悪い」
だ。私もよく、言われていたから。今でも「ほんまビビりやなぁ」と友達は笑ってくれるけどきっと彼女達は私が視えてるとは思ってないだろう。白石達が、あまりも当たり前のように受け入れてくれているから忘れていたけれど。そんな彼等にも、こうして気付いていても黙っていてくれる小春ちゃんにも、まだ話せずにいる一氏くんはどれだけ酷いことを言われたんだろう。


「これは内緒やで壱加ちゃ、ってえぇぇ!?」
「なんや?!どないした小春!」
「て、九十九なんで泣いとん?」


ぼろぼろ、また涙が零れて視界が歪んで殆ど前が見えなくなってしまった。こんな泣いて絶対目腫れてる。学校で友達に不細工って笑われそうだ。


「一氏ぐんのぜいだぁぁ」
「何でやねん!!」


そう言ってわんわん泣く私に一氏くんが突っ込み、小春ちゃんと白石はゲラゲラ楽しそうに笑っていた。
大丈夫だよ一氏くん
そう言えないのは一氏くんの気持ちも分かるから。

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