ほい、と小春ちゃんから渡されたメモには、名前学年クラス出席番号得意科目に、彼女が話すジーンさんの噂の内容や誰にコンタクトを取ったかまで書かれている。しかもクリップでいつ撮ったのって言うような写真まで付いていて、もういっそ怖いよ小春ちゃん。スリーサイズとか体重なんていう乙女の秘密も全部知ってそう。怖いよ。
恒例となった屋上お昼をしていたら、遅れてやってきた小春ちゃんと一氏くんが何故かニコニコしていて、私と白石が首を傾げたら冒頭の台詞である。朝から大号泣した日に「もうちょっと待っててな?」とは言ってたけど、まさか次の日にこんな詳しい情報が渡されるなんて思ってませんでしたよ、えぇ。呆然と渡されたメモを見つめていたら、後ろから覗き込んできた白石が、そういえば、と声を上げるので振り返る。
「自分、帰りにも下駄箱やられとんの?」
「あ?朝だけとちゃうんか」
一氏くんにまで言われて思わずどもると白石が、千歳が言うとったで、と続ける。くそう、犯人は王子か。なら仕方ない。諦めて頷けば、三人が微妙な顔をする。光くんと千歳くんといい、ほんとテニス部良い人多いな。そんな事を思ってたら、少し考える仕草をしてから白石が私に向き直る。
「せやったら、嫌がらせの犯人捕まえられるかもしれんで」
「え?どうやって?」
「朝のは自分が帰った後にやられとる。でも帰りにもやられとるっちゅー事は登校してから放課後の間に仕掛けるしかない」
「うん、そんなのは分かるけど」
それがどうして捕まえられるって事になるんだ。疑問符が飛んでいる私に、一氏くんがあぁ、と手を叩く。
「朝と放課後は人が多くて見られる可能性が高い、ほんで一番人に見られずあないな手の込んだモン仕込むんやったら」
「昼休み―――今しかないっちゅー事や」
人差し指を立ててドヤ顔で推理する白石にちょっとだけイラッてした。ちょっとだけ。しかし、もし仮に捕まえられるとしても私正面切って罵倒されたらめげるよ?先生に突き出すつもりもないし、素直に止めてくれたらいいけど。渋る私の肩を白石がポンと叩く。
「おらへんかったら明日また見に行ったらええ。もしかしたら、やっとる子も引っ込みつかんくなっとるだけかもしれへんし。な?」
「……うん、ちょっと、見てみる」
そうだよね。話してみないと分からないし、もしかしたら誤解してるかもしれない。うん、よし!パンッと両頬を叩いてお弁当をしまう。
「ほな、ケンちゃんや光くんにはウチらが説明しといたるよ」
「頼むわ」
そう言ってお昼に食べてたパンのゴミをまとめる白石にきょとんとする。え?なんで白石まで一緒に行くの。私の様子に気付いて、白石が呆れた様に息を吐いた。
「一人は嫌やなーって思っとったろ自分。一緒行ったるから、安心し」
あぁほんと腹立つコイツコレ素でやってるんだから腹立つわ。逸見先生惚れるよそれは馬鹿じゃないの。あまりにも腹が立ったので、お礼を言いながら腹パンする。痛ぁっ!と悶える白石を置いて、小春ちゃんと一氏くんに手を振りつつ先に屋上を出た。
でも、一体毎日飽きもせずにあんな事やってた子ってどんな子なんだろう。ルーズリーフビッシリ敷き詰められた「死ネ」の文字は、腱鞘炎にならなかったかな?って本気で思ったよ。友達に、そこなん?気になるんそこなん?ってツッコまれたけど。下駄箱に向かう足取りは悔しいがさっきの白石の言葉で少し軽く、軽快に階段を下っていく。
「財前のファンやろか」
タトン、といつの間に追いついたのか白石が私の横で呟く。ちらりと見てから前に向き直り、分からない、と零せば背中を軽く叩かれた。ほんと腹立つ。何が腹立つってこういう時は物凄く気を使ってくれて優しいくせに、幽霊関係は迷わず私に頼るとこだ。直近だと逸見先生のは本当に許さないからなお前。まじ怖かったんだぞ。そんな不満を心の中で垂れ流しながら、下駄箱へと向かう。一階に辿り着いて、思わず足が止まる。この角を曲がれば私の下駄箱がある列だ。いるの…だろうか。無言で白石を見上げれば、小さく頷いた。大きく息を吸い込んでからゆっくりと吐き出す。そして、勢い良く角を曲がった。
「っ!」
「あ…」
其処には女の子が一人立っていて、開いている下駄箱は私の下駄箱で。本当に昼休みに仕込んでたんだ。じゃなくて、私、彼女の事物凄く見覚えがあるんだけど。
「松本、由季子さん…?」
ぽつりと呟いた白石に、彼女の肩が揺れる。あぁやっぱり、さっき見た写真の子ですよね。X疑惑の松本さんですよね。ちょっと待って。じゃあもしかして私の下駄箱には王子の好きな食べ物入れてる所だったのかな。わぁ嬉しい!しかし彼女の手には『呪』とデカデカ書かれた紙があって、もうそんな淡い期待は一瞬で崩れ去った。えええ、ちょっと私の頭はキャパオーバーです。
「自分、九十九の下駄箱に何しとるん?」
「あ、その、コレ剥がしてたん、よ」
「それ、中側にいつも貼られてんねん。なんで松本さんが下駄箱開けてまで剥がしとん?」
苛立っているのか低いトーンで松本さんに詰め寄る白石に思わず袖を掴む。いやだって普通に怖いし。驚いて私を見る白石に引き攣った笑みで、ストップ、とだけ言うと、少し冷静になったのか、堪忍、と苦笑した。
「あーっと、松本、さん?ちょっと聞きたいんだけど」
「…何」
おずおずと話し掛ければ、物凄く不愉快だという顔で舌打ちしそうな勢いの返事が返ってきた。あれ?白石と私の対応に随分差がありませんか?ねぇちょっと?私そんなに嫌われるような事したの?ねぇ。
若干心が折れそうだが、とりあえず聞くこと聞かないと。
「ジーンさんの噂流して、女の子の机に食べ物入れてるのは、松本さん?」
そう首を傾げれば、彼女が息を呑む。やっぱりXは松本さんだ。白石を見れば、白石も私を見て頷く。それが感に触ったのか、それがなんやの、とやはり不機嫌な声が返ってきた。
「なんで、そんな事するの?」
「なんで?なんでて何?別にえぇやん、恋の応援してるだけや」
「わざわざジーンさんを名乗って?」
「せやで。普通に言うてもみーんな何もせぇへんもん!どんなに仲良うなっててもジンクスみたいなんが、私がおらんかったら何もせぇへんよ!」
小春ちゃんが前に言ってた通りだ。自尊心が強くて完璧主義で自己中心的な子。「ジーンさんが」じゃなくて「私が」って言った。名乗っているのはジーンさんでも、自分が恋を叶えているんだってそう言ってる。
「随分、手ぇ込んだ事してるみたいやけど」
「そんな事ない。好きな食べ物入れたら、男の子んとこで『なになにがアレ持っとったよー』とか『最近あの子がなー』ってその女の子の話してたらええねん。すんごいやで!女の子達はみんな信じて告白するし、告白された方も嫌な気せぇへんから断らんの!」
自慢げに話す松本さんに、白石が僅かに顔を歪めた。私も唇を軽く噛む。確かに、彼女は恋の応援をしているだけだし、私だったら絶対そんな面倒くさい事自己満足だとしても他人のためにやりたくないし。
でも、だからって、ジーンさんが――自分の居場所が危うくなるからって。
「ジーンさんについて私が調べてたからって、こんな嫌がらせ、酷いよ…!」
「は?そんな理由ちゃうわ」
「「は??」」
半泣きで声を絞り出したらすんごいあっけらかんと否定された。思わず私も白石も間抜けな声出たじゃない。そんな私達に、ちゅーかジーンさんについて調べとったん?暇やなぁ、と鼻で笑われた。わざわざ朝から女の子の机に食べ物入れたり、毎日私に嫌がらせしたりしてる松本さんに暇とか言われたくない。というか、ジーンさんについて調べてたから嫌がらせしてきた訳じゃないとしたらやっぱり六条御息所的なあれか。誰だ、光くんか?いやでも最近テニス部は大体一緒にいるぞ。なんて眉間にシワを寄せながら思っていると、松本さんは唇を噛み締めて私を睨みつける。
「ほんま、何なん自分。急に2人っきりで会ったり仲良ぉなってて。それに…それに、あないな事まで…!」
あないな事。
なんだ、どれだ。光くんと2人っきりでパソコン室行った事か?新堂くんに会った後?あ、この間の手を繋いだやつか?いやでもあれは王子もいたしな。
無い頭で真剣に考えていたら、彼女は泣きそうな顔で一度白石を見てからキュッと口を結ぶ。……ん?
「あないな事、『ベストカップル賞狙うんや』なんて言うからぁ!」
「テメェのせいじゃねぇか白石ぃぃい!!」
「何の事やろなー」
わっと顔を覆って泣き出す松本さんの言葉に白石の胸倉を掴んで叫んだ。この反応、コイツ絶対途中で自分だって気付いたなおいこらエクスタ野郎。1発殴ってやろうかと振りかぶったところで、松本さんがすんすんと泣きながらタガが外れたように喋り出すので、その体制のまま彼女を見る。
「いつ、もはっ忍足くんもおって、3人で仲良ぇの羨ましいなぁって、ただそれだけやったのに、急に、テニス部と仲良ぉなって、皆にいい顔して、チヤホヤされとんのに、白石くんとイチャイチャ、夫婦漫才みたいなんしとって、せやのに、他の男と2人でおったりとか、そんなん、そんなん狡いやんかぁ!ウチのが、しらい、白石くんのっことぉ、好きやもぉん」
好きやもぉん、とワンワン泣く松本さんが、可愛い。
思わず白石の胸倉を掴む手に力が入った。白石が、首締まっとるんやけどー、なんて横で言ってるがシカトだシカト。テメェのせいでこんな事態になってんだ我慢しろ。そしてあれだ、早いとこ1つづつ誤解を解いていこう。胸倉を掴んでいた手を放して、松本さんに向き直る。
「松本さん」
「なんやの!」
「私、白石好きじゃないし付き合ってないし付き合う気もないから」
だから落ち着いて、と両手を軽く上げて言えばキッと睨まれる。
「せやかて白石くんがベストカップル賞狙うー言うてた!」
「ふざけて言っただけで本気じゃないし、少なくとも私は本気にしてないから」
「でも2人っきりで会ったり家まで送ってもろたりしとるやんかぁ!」
「今、訳あって謙也と絶交してて。あと家に送ってもらってるのは、嫌がらせ始まってから帰り道危ないから、ってテニス部の皆が交代でしてくれてるからだよ」
「でもっ、白石くんとばっかイチャイチャ、顔赤なったりしとった…!」
「私面食いでね、悔しいけどコイツイケメンじゃん?イケメンの笑顔の破壊力って半端ないじゃん?」
「おん、白石くんの笑顔はイオナズン級やからな」
「ドラ〇エ詳しいんやなぁ松本さん」
私の言葉に頷く松本さんに、緩くツッコむ白石。うん、お前も誤解を解きにこようか。お前の発言のせいで松本さん、毎日ジーンさんやりつつ私の下駄箱に嫌がらせ仕込んでたんだよ?一度やったら最後までっていう完璧主義を貫いてるんだよ?ハッハッハ、なんて他人事のように笑ってんな、中心はお前だボケ。ダンっと思い切り白石の足を踏み付けてから松本さんに笑いかける。
「それに私には白馬の王子様がいるから白石と付き合う事はないよ」
自分えぇ脚技持っとるんやな…とか訳分からない事言いながらしゃがみ込んで唸る馬鹿を親指で指してそう言うと、少し落ち着いた松本さんが鼻を啜りながらきょとんと私を見る。
「白石くん以上の男前なんておるん?」
「ワォ、マジでそんな台詞聞くとは思わなかった。千歳千里という私の王子がいるのよ」
「千歳千里、て1組の『熊本生まれのジブリボーイ』と言われるあの千歳千里?」
「そんな通り名知らないけど多分その千歳千里かな」
「えぇキャラしとんなぁ松本さん」
しみじみ見つめる私達に、松本さんは少し頬を染めて、ありがとぉ、と俯く。あぁうん、ほんと白石好きなんだね。そりゃ睨みつけてもくるよね。なんて思っていたら白石が呆れたように溜め息を吐いた。
「せやけど、自分やり過ぎやで」
「……ごめんなさい。どんどん仲良ぉなるから、やめられんくなってん…」
ちらりと白石を見る。すると白石も私を見ていて、ほらな、と声に出さないで口を動かした。引っ込み付かなくなってただけなら誤解が解けた今なら大丈夫だろう、と再び彼女に視線を戻す。
「えっと、私怒ってないし、むしろなんかごめんね松本さん」
そう手を出したら、松本さんは目を丸くした後、グッと今にも泣き出しそうに顔を歪めて、ウチもごめんなぁ、と私の手を思い切り握り締めて結局泣き出した。普通にいい子で良かっ痛い痛い、痛いから。
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