「だずげで銀ざーん」
「取り敢えず九十九はん鼻かみ」
涙も鼻水も垂らしながら教室を訪れた私にスッとティッシュを手渡される。銀さんは良い男だ、うん。
勢い良く鼻をかむと、横で白石と謙也が、コイツほんとに女か、って目で見てきた。誰のせいで私がこんな公共の場(学校)で涙と鼻水垂らしてると思ってやがる。
「ほんで、今回はどないしたんや」
私の様子から霊関係だろうと判断してか、人気のない空き教室に移動してから、ようやく落ち着いた私に銀さんが問い掛けてくる。しかし何故か答えたのは白石と謙也で、今朝の生き霊の女性についてと何があったのかを説明していく。謙也はテンパッていて途中何言ってるのか分からないので、本当に私のために真剣に説明しているのだと思う。思いたい。
だが、だがしかし、まるで委員会の業務を伝えるかの如く、淡々と説明していく白石に心の底から殺意が湧いてくる。誰のせいで私の嫌いなものに命を狙われてると思ってんだ。
「申し訳ないと思っとるから今銀さんにしっかり、説明しとるんやろ?」
「何、白石。私の考えてる事分かるんだー」
「そんな般若みたいな顔しとったら嫌でも分かるわ。そもそも、相手が生き霊やから祓えへんて自分が言わへんのがアカンのや」
「そんな暇くれたか!?ぁあ!?」
掴み掛かろうとしたら謙也に、どうどう、と抑えられる。その様子を笑って見ている白石をホント、殴りたい。
すると無言で私達の会話を聞いていた銀さんが口を開く。
「その霊は、3人とも見とるんよな?」
「「うん」」
「せやで」
「せやったらその人を見つけて、浄化した生き霊をその人に戻せばええ」
「なんや、それでええんか!良かったやん壱加!」
「……良くない。先ずあの女性どこの人よ…」
「「あ」」
おい待て、今白石も言っただろ。って事は白石は彼女を覚えてないって事だろ?おいぃぃぃ!絶望的ぃぃぃぃ!!
項垂れて泣き咽ぶ私の肩を優しく叩いてくれた銀さんだけが味方だ。
────
「とりあえず似顔絵を作ろう」
泣いていても仕方ない、と涙を飲んでそう言うと、白石と謙也が立ち直った私に対して、おぉー、と感嘆の声を上げ、銀さんは無言で紙とペンを取り出した。何で銀さんがクラスメイトじゃないんだろう。あ、やばいまた涙が。そんな私をシカトして、あの生き霊の特徴を挙げ始めるクラスメイト2人と絵を描く銀さん。
霊感があり、霊力も高いため除霊、浄霊が出来る銀さんに出会ったのは、飛び降り自殺した男の霊が悪霊になって私を襲ってきたのを、いつも通り泣きながら逃げていた時だった。酷い顔だったろう私に「もう大丈夫や」と笑って手を差し伸べてくれた銀さんにお父さんを感じたのはここだけの話である。そう云えばあの時もティッシュくれたなぁ。
なんて銀さんとの出会いに思いを馳せていたら頬をつねられた。
「何すんだよスピードスター」
「あの女の人、泣きボクロあったよな?」
「……あーうん、左目?にあった、気がする」
「俺は一瞬しか見てへんから頼んだで、謙也、九十九!」
「俺かて怖くてちゃんと見てへんわドアホぉ!」
「いや、泣きボクロ覚えてるだけ凄いって。言われるまで思い出せなかったし」
「あぁ、なんや色っぽいとこにあるんやなーって…コラァ!んな目で見んなや!」
いやだって謙也キモイ。
そう白石と私が言えば謙也の心が折れた音がした、気がした。人間素直な生き物なんだよ、ゴメンな謙也、でもキモイ。
そんな中、銀さんは黙々と似顔絵を描く手を止めない。流石だなぁなんて思いつつどんな出来かと覗き込む。
「………これさー、髪を後ろで一つに結んでー」
「……こうか?」
「うん、でー、ノーフレームの眼鏡をかけさせてー」
「眼鏡なんてかけてへんかったで?」
「そりゃ霊体だし」
「あぁ、なるほど」
「九十九はん、これでえぇやろか」
「「………これは…」」
私の後ろから一緒になって似顔絵を覗き込んだ白石と謙也が絶句する。いや、私もまさかこんなに似るなんて思わなかったよ。銀さんほんとに上手だな。
「いやいやいや壱加、コレはアカンて!」
「でもさっきの女の人じゃんどう見ても!」
「そうかー、あの人が俺の事をなぁ」
「いやでもコレ、生物の逸見先生やん!」
アカンやろぉぉ、と頭を抱える謙也。それも仕方ない。だって私達は今、夫と子供のいる真面目で優しい教師の秘めた恋心を知っちゃったんだから。なんなの白石、冗談は中3に見えない顔だけにしてよ。これは火サスとかに発展していいレベルのスキャンダルだから。
大きく溜息を吐くと、頭を抱えていた謙也が勢い良く白石に向き直る。
「白石!自分、逸見先生に何したん!?」
「何、って…最近疲れとったみたいやから、無理せんと下さい言うただけや」
「お前、そりゃダンナにときめけないとか冷め切った夫婦関係になってたら女はコロッと堕ちるよ、バッカでー」
「…壱加、なんで自分そんなん分かるん?女のカン?」
「ひ・る・ド・ラ!」
親指立ててウィンクまでしたら謙也が嫌な視線を向けてきた。ここは敢えてスルーしよう。
ふと、ずっと無言の銀さんを見れば、彼は神妙な面持ちで数珠を取り出していた。
銀さんの視線は私―――の後ろから逸れない。
「……」
引き攣った笑顔を銀さんに向けるが全く見てくれない。これは、うん、あれだ。
引き攣った表情でゆっくりと振り返る。その途中で目を見開いた白石とそれこそムンクみたいな顔した謙也が見えた。あはは、ウケる。
『殺してやる』
振り返った私を真っ赤に血走った眼で睨みつける今朝の生き霊、もとい、逸見先生が立っていた。
「ギャアァァアァ出たぁぁああ!!」
「九十九はんっ!」
私に向かって手を伸ばしてきた逸見先生から庇う様に、間に入ってきた銀さんは直ぐ様お経を唱え始める。すると逸見先生は頭を抱えて呻き出した。
「銀さん、先生の体にどうやって戻すん?!」
「今浄化しとるさかい、この瓶に霊魂を!」
我に返った白石が叫ぶと銀さんはどこからか出した小さな小瓶を白石へと投げる。テニス部部長だけあって見事にキャッチすると苦しむ逸見先生へと向き直る。顔を歪めながらも愛しそうに白石の名前を呼びながら手を伸ばす先生に、白石が息を呑むのが分かった。
本当に、白石の事が好きなんだな。生徒に恋して苦しくて、生き霊になってしまうくらいに好きになっちゃったんだ…。唇を噛み締めて俯くと、腰が抜けている私の肩を支える謙也の手にも力が入る。きっと、謙也も私と同じ気持…ちょ、痛い、痛い痛い!加減!加減しろよオイ!ざけんなこのスピードスター!!
「先生堪忍な、ちょお我慢してや」
私が謙也に殴り掛かっていると、白石は伸ばしてきた逸見先生の手を取り、次の瞬間には先生に向かって瓶を振った。
────
「ホンマにこの中に先生入っとん?」
しっかりと蓋のされた小瓶を持ち上げてあらゆる方向から眺めてる謙也が、瓶から視線を外さずに問い掛ける。白石と私がちらりと銀さんを見れば、おん、と一つ頷いた。それを確認して大きく息つくと、良かったやん、と思いっきり謙也に背中を叩かれた。だからさっきから痛いっつーの。
「この霊魂はワシが戻しといたる」
「「アリガトーゴザイマス」」
3人で深々とお辞儀をすると、銀さんは小さく笑った。
こうして、私は今日ようやく安寧のときを手にしたのである。
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