白馬の王子様



「何ばしよっとね?」


半泣き状態の私に声をかけてくれたのは、大阪弁以上に何を言っているか分からない言葉を話す、長身のイケメンでした。


「へ、え…?」
「こげんとこで何ばしよっとね」
「あ、えっと……かくれんぼ…?」
「泣くほどえすいかくれんぼばしとると?」


小さく首を傾げれば、笑って私の頭をポンポンしてくれた。笑った顔もイケメンだ。何言ってんのか今イチ分かんないけど。えすいって何。
そこで突然、背筋がゾワリとした。いる。きっと、近くに"いる"。視線をゆっくりと、不思議そうに首を傾げる目の前の彼の後方に移す。曲がり角からひょこりと顔を覗かせた少年が、目をギラギラと、口元をニヤリと歪ませているのが見えて、血の気が引いていった。
――――時は一時間程前に遡る。
逸見先生生き霊事件から4日。大分平穏な日々を過ごしていた私は、今日もいつも通り帰路に着いていた。その途中、公園で一人で遊んでいた少年が何となく気になって、声をかけたのだ。一人で遊んでるの?と。
すると、ゆっくりと顔を上げた少年は私をジッと見た後、小さな声で鬼ごっこ、と呟くと俯いてしまった。鬼ごっこかぁ、そりゃ一人じゃ出来ないもんな。まぁ、この後特に予定も無いし、いっちょやってやるか!


「いいよ、やろう」
『……ほんま?』
「ほんまほんま」


俯いたままの少年に笑ってそう返す。次の瞬間、バッと勢い良く顔を上げた少年の口が裂けんばかりに歪み、こう言ったのだ。


『ほな、ボク鬼やる。お姉ちゃんが捕まえたら、お姉ちゃんを食べてもええんやろ?』


……と。そりゃ思いっきり逃げましたよ全力で。帰宅部の根性ちょっと見せましたよ。直ぐ体力無くなってこうして隠れてましたけど。
そして今、少年に見つかった私は彼に食べられて、ジ・エンド。
―――ではなく、


「あん子はなんね!?」
「待っ、え、えぇぇえ?」


イケメンに手を引かれて走っていた。あれ?これは助けられてる感じか?そうか、彼が私の白馬の王子様だったのね。
じゃなくて、


「なん、助、てくれ…っ?」
「自分、様子おかしかったんと、あん子ば見たら嫌な感じしたけん」


ばってんあん子えすかねー、と王子はケラケラ笑うが私にはキャパオーバーだ。とにかく私は王子のお陰で一時的に助かったんだ。お礼言わなきゃ。


「―――てか、はやっ、ちょはや、いっ…!!」
「うん?」


全力疾走で手を引かれ、帰宅部の私は酸欠で倒れそうです。





────

「いやー、すまんね」


やっぱり笑った顔もイケメンな私の王子、もとい千歳くんは同い年で、しかも四天の生徒だった。王子は身近なところにいた。しっかし、私はまだ息が切れ、足なんか生まれたての子牛の様だというのに息一つ乱していない千歳くん。謙也と白石以来だ、こんな化物見たの。


「7分42秒」
「はい?」
「それまでは安全ったい。あん子が何者か教えてくれ」


真っ直ぐに見つめられて、グッと息を呑んだ。イケメンってずるい、心臓持たないよ。なんで7分42秒なんだとか思ったけど、それが本当ならとにかく時間が無いのでツッコむのは止めておこう。


「えっと、多分悪霊。で、私がそれに気付かないで鬼ごっこやりたいっていうあの子に、いいよなんて言っちゃったらこんな事に…」
「捕まったらどげんなると?」
「食べられる。食べてもいいよねって言われたから。一方的に」
「我が侭ったい」
「ホントだよ。何でこんな怖い思いしないといけないのヤダ泣きたい」


半泣き状態の私に、千歳くんは会った時のように笑って頭をぽんぽんしてくれた。本当にイケメン。されるがままになっていたら、千歳くんの手が止まったのでちらりと顔を上げると、真剣な表情の彼と目が合った。


「どげんしたらよかとね」
「え、」
「何も方法はなか?」
「あ、えと、ある……っちゃある、けど……私には出来ないし」
「どぎゃんすっとね」
「このお札を、あの子に触れさせるの」


鞄から一枚のお札を出す。じいちゃんお手製のお札だ、効果はお墨付き!そうなのだ、只このお札をあの子に触れさせればいい。けど、私には出来ない。だってこれでもし触れさせる前に捕まったらどうすんの?無理無理無理。ヤダ怖い泣く。帰宅部の反射神経なめんなよ!というわけでこの方法は却下だ。そんなリスク耐えられない。だからと言って他に方法なんて浮かばないのだけど。


「なん、そんくらい簡単ばい」


ヒョイ、とため息を吐く私の手からお札を奪って、そう言ってのける千歳くん。って、


「いやいやいや、ダメだって!」
「ばってん、九十九は捕まるけん、出来んったい」
「そう、だけど……もし千歳くんに何かあったらどうすんの」
「そん時はそん時と。まぁ、簡単にはやられんけん」


へらりと笑って何カッコ良い事言ってんの。ホント白石辺りは彼の爪の垢飲んで欲しい。切実に。


「そいに、九十九みたいな女子庇って死ぬのは勘弁ったい」


あれ、私もしかして告白もしてないのにフラれたぞ。おっと涙が出てきたな。
悲しみに打ちひしがれる私に気付かず、千歳くんは辺りをキョロキョロと見回している。王子はドSでもあるのね。私、めげない。


「九十九、そろそろ来るとよ」


千歳くんにそう言われ、彼に背を向けて凹んでいた私は、気合を入れるために拳を握り締めたまま元気良く返事して振り返ろうとした。


『あ、ここやったん?』


顔を上げた先には無邪気に笑う少年。なんだその気軽さ。友達か。とツッコみたい気持ちを抑えて今の状況を考える。少年との距離はおよそ7、8メートル。頼りの千歳くんは私の後ろ、大体1メートル強は離れてると思う。とりあえず私は、引き攣った笑顔を少年に返す。


『見ーつけたぁっハッハッハッハッハッ!!』
「ぎゃぁぁあああきた!王子、アイツきたぁぁあ!!」
「なして王子っと!?」


しっかり王子呼びにツッコみながらも、可愛げのない叫び声を上げる私の腕を掴み、自分の背に隠す。再び少年と向かい合う形になった私は、さっきまでの無邪気さなど欠片も無い少年の顔を見てついに涙が流れた。もう止めて、私のライフはゼロよ。


「こげんこつばっかしてたら、いつか痛い目見るたい」


そう言って千歳くんは私達に飛び込んできた少年の眉間にお札を押し付ける。
耳を劈くような叫びを上げる少年、その体は徐々に消えていき、千歳くんはその様子を只、見つめていた。


「……ふぅ、何とか助かったばい」
「……」
「ばってん、札が消えてしもたけん、良かったと?」
「………」
「?九十九?」
「………腰、抜けた」


ハハ、と引き攣った顔のまま笑うと、千歳くんは目を丸くした後、小さく吹き出して、帰っばい、と私の頭をぽんぽんとして笑った。
やっぱり彼は王子様だと思う。


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