「お疲れ様」
「待たせてしもて、堪忍」
「ううん、大丈夫!」
笑って手にしたテニスの本を棚に仕舞い、彼の方へと歩き出す。借りんくてええの、と首を傾げる小石川くんに頷いてから図書室を2人で出る。
実は嫌がらせが無くなってからも未だにテニス部に送ってもらっている。白石と謙也以外に。
「別にもう送ってくれなくてもいいのに」
「んー、でも嫌がらせは無くなってもジーンさんまだ見つからへんし、何かあったら心配やねん」
せやから嫌やなかったら送らせて?と首を傾げる小石川くんにブンブン首を縦に振る。嫌なことなんてありませんとも!でも申し訳なさはあるんだよ。だってわざわざ、途中まで、じゃなくて家の前まで送ってくれるんだもん。今度なんかお菓子でも作ってこうかなぁ。お菓子よりお弁当とかのが得意だけど、作ってったら母さんが夕飯に赤飯炊きそうだからやだ。
校門を出た辺りで空を見上げる。夕焼けがとても綺麗で、ふとじいちゃんが教えてくれた『黄昏時』を思い出す。
「九十九さん?どないしたん?」
「あ、いや、黄昏だなぁって」
「?まぁ、夕方やしなぁ」
私と同じ様に空を見上げて呟く小石川くんに思わず笑う。それを不思議そうに見ている彼に、あのね、と真横に並んだ。
「『黄昏』って、元々は『誰そ彼』って言うんだって」
「だれそ、かれ…?」
「黄昏時は、日が落ちて空が暗くなる時間。日が落ち切るその前って、少し眩しくて、少し薄暗くて、ちょっと離れただけで、近くの人の顔も誰だか分からなくなる時があるでしょ?」
「…せやなぁ」
「だから、隣のその人は本当に知ってる彼の人か、で『誰そ彼』。この時間が一番神隠しが多いとも言われてるんだってじいちゃんが言ってた」
そう話せば、彼は感嘆の声を漏らして空を仰ぐ。そんな小石川くんの前を行き、くるりと振り返る。
「……ねぇ小石川くん」
「うん?」
私に向き直る小石川くんに、にぃっと笑う。
「小石川くんの傍にいるのは、本当に貴方の知ってる九十九壱加だと思う?」
そう言えば、彼は思い切り目を見開いた。私も昔、じいちゃんにこうやって脅されたっけなぁ。笑って、冗談だよ、と背中を叩けば、安心したように息を吐くのが聞こえて思わず笑った。小石川くんの前を歩いていると、先に黒い影がうっすら見えて思わず足を止める。うん、あれは人じゃなくて幽霊だ。分かってるよ分かってる。だから声はかけないし、お守りがあるからただいるだけでコッチに何もしてこないのも分かってる。けども。
「九十九さん?」
「はいぃ!?」
あぁ、声裏返った。もう、また一氏くんに笑われる。ゆっくりと振り返って小石川くんを見る。
「なっナンデショウコイシカワクン」
「なんかおったん?」
「イイエナニモ」
そうよ何もいない。大丈夫。一氏くんにビビりすぎって言われたもん。それに今の言い方からすると小石川くんは幽霊とか視えないんだから。
大丈夫、という意味も込めて親指を立てたら、彼は目を丸くしてから思い切り吹き出した。
「財前が、嘘つくん下手や言うの分かったわ」
「あ、あぁぁぁあのあのほんとにね、ほんと」
「無理せんと。なんかおるんやろ?よう分からんけど、手ぇ繋いだら大丈夫やって千歳に聞いたんやけど」
ほい、と差し出された手を素直にガタガタ震えながら掴めば、今度は小石川くんが笑った。私のバカ。これじゃあ霊がいますって言ってるようなもの、
(……あれ、そういえば)
なんだか違和感を、感じる。確かに小石川くんは初めましての時に幽霊扱いしてしまったのもあるけど、でもそれにしたって『視える』という事をこうしてすんなりと信じてくれた、その事が、とても。
ほな行こか、と手を引かれて歩き出す中、ぼんやりと小石川くんの手を見つめる。この気持ちはなんだろうと、そう思ってから、そうだ、不思議なんだと気付く。だって小石川くんは皆と違って幽霊を視た事ないのに。ぎゅっと手のひらを握り返すと、小石川くんが振り返る。
「どないしたん?」
「……なんで、信じてくれるの?」
私が幽霊視えるの。
そう小さく続ければ、彼はピタリと歩む足を止め、空を仰いだ。
「んー、まぁジーンさん見とるし」
「でも、模倣犯の仕業だーってなった時も、私が幽霊視える事は信じてくれてたでしょ?今だって。なんで?」
「なんで、って…白石達が信じとるからかなぁ」
当たり前のようにさらりと言う小石川くんに一瞬戸惑う。白石達が信じてるから、私を信じる。と言うのは千歳くんや光くんでも言わなかった事だ。彼等は『私』だから信じてくれた。新堂くんも光くんが連れてきた人だから、と信じてくれたけれど、彼の場合は実際に怪我してるからだろうし、じゃあなんで小石川くんは。
「……ほんとに、それだけ?」
「おん。金太郎は直ぐ信じるやろけど、財前まで九十九さんを信頼しとるし、せやからホントなんやろなぁって」
「みんなコイツに騙されとんのちゃう!?とか、思わなかったの…?」
零した言葉はやけに響いて耐えられず俯く。そうだ、この違和感の理由は『否定されない』からだ。例え視ていても全部私のせいだと言う人もいたし、視た事すら信じない人もいたから、今の小石川くんの反応に違和感しか感じないんだ。俯く私に小石川くんは何も言わなくて、ゆっくりと顔を上げれば、優しく、でもどこか悲しげに微笑んでいる小石川くんと目が合った。
「―――…そう言われた事、あるん?」
思わず目を見開いた。
言われた事なんか、いくらでもある。だってきっとそれは当たり前だろう。幽霊なんて、非科学的なものを使って自分の居場所に入り込んできた『イレギュラー』を、簡単に信じる事なんて普通ならば出来ないんだろう。
(だから一氏くんだって―――)
不意に浮かんだ、呆れたように笑うその人は、どんな気持ちで彼等といるんだろう。
僅かに目を細めてから、小石川くんが笑って私の頭を撫でた。
「そないな顔されると、やっぱ信じる以外の選択肢は俺にはないねん」
堪忍な、と頭を撫でる手は優しくて、きっと私は今にも泣き出しそうな顔をしていたんだろうと思った。当たり前のように彼等が私にくれるものは、ずっと私が欲しくて、そしてきっと、一氏くんも欲しいと願っているものだから。
なぁ九十九さん、ぽつりと小石川くんが呟く。そっと顔を上げて彼を見上げれば、小石川くんはさっきまでと同じ様に真っ直ぐ私を見つめていた。
「今は黄昏時やけど、此処におるんは俺の知っとる『九十九壱加』さんやで」
な、と笑う小石川くんに私は言葉に詰まってただ頷くしか出来なかった。本当に、初対面で幽霊とか言ってごめんね。
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