とある日の昼休み。当たり前のように私の向かい、謙也の席に座り、そう問い掛けてくる光くんに私は首を横に振る。おかしいな。いや今謙也いないけどもなんだろうこの気持ち。そんな私に大して、興味無さげにふぅんと呟いた。面倒くさそうだけど、わざわざ教室まで聞きに来るくらいだから心配はしているんだろうな、と思うと笑みが零れた。
「師範にも話しとるんでしたよね」
「うん、でも市川さんからは謙也良い人だよねーくらいにしか聞いてないみたい」
「まぁ、色恋に積極的な人やないですしね師範」
そうだね、と苦笑すれば、飯食いましょかと光くんはビニール袋を取り出した。
「いつも思ってたんだけど、光くんお弁当とか持ってこないの?」
「?別に、いらへんですし。ちゅーかどうせ夕方まで持たへんし、買った方が早いっすわ」
「おお、流石運動部」
パンの封を開けてそう言う光くんに、笑って言えば微妙な顔をされる。あ、私もしかして不快な事言った?慌てて謝れば、目を丸くしてから、あぁ、と光くんが目を逸らした。
「前は持っとったんですけど、部活で朝早うなったんでやめたんすわ」
「え、あ、そうなの?」
「別に壱加さんの言葉が嫌やったんちゃうんで」
パンを頬張りながらそう言う光くんはいつも通りで、何だか胸の辺りがくすぐったい。嫌われないだろうか、不愉快ではないだろうか、と人の顔色を伺ってしまうのは性分なんだけど、それを分かって言葉を返してくれるのが、こんな当たり前の事のようにしてくれるのが嬉しいと思うのは、今の私が幸せな状況だからなんだと、最近良く思う。小さく笑えば、何ですか、と眉間を寄せた光くんにじとりと見つめられる。
「んー、いや、もし良かったらなんだけどね」
「はい?」
「今度、お礼代わりにお弁当作ってくるよ」
目の前の光くんが目を見開いて、同時に教室の何処かでゴンッと何かにぶつかる音が何箇所か聞こえてきた。待って、もしかして光くん親衛隊(仮)このクラスにいるの?やばい私死ぬ。思わず真顔になる私に、光くんは無言で私の弁当から卵焼きを素手で奪っていった。
「あっ!」
「……あっま」
指をペロリと舐めて上目遣いでちらりと私を見るので、一瞬ドキッとする。ああぁやっぱり光くんカッコイイな!ダメだってその表情仕草で何人の女の子を落としてきたの!教室も何となくざわついてるじゃん!流石イケメンですね!なんて叫びたい気持ちは顔に出さないように、美味しくなかった?と首を傾げれば、考えるように斜め上を見上げる。
「…嫌いじゃないっすわ」
そう呟いてから再び私の弁当箱から、今度は煮物をつまんでいった。お行儀悪いよ光くん。ていっと彼の手を叩けばぺチリと可愛らしい音がなって、光くんが少しムッとしながらも煮物を口に放り込んだ。
「せやったら食べさせて下さいよ。次は唐揚げで」
「待って光くん、私のおかず無くなっちゃう」
「そこ『アーンなんて出来ないよ』とちゃうんか」
「あ、そうだねそれも出来ないよ、って謙也じゃん。どしたの?」
「どうしたもこうしたも、此処俺の教室っちゅー話やで。ほんでそこ俺の席や」
「隣空いてますよ」
「せやな財前、お前はそういう男やったな」
自分の隣を指差す光くんに、真顔で返して立ち尽くす謙也に思わず笑う。いやだって2人ともほんとにテンポいいよね。コンビ組んでもいいと思うんだ。もぐもぐと、結局私のお弁当箱から持ってった唐揚げを食べる様子を見て諦めたのか、市川さんの席に座る謙也におかえり、と声掛ける。
「……あれ?市川さんと一緒じゃないの?」
「今日はお昼に部活の集まりあるんやて」
「フラれたんすか」
「付き合っても告白もしてへんわ!ちゅーか、そのな、えーっと……」
ツッコミを入れたと思ったら突然目を泳がせて言い淀む謙也に、私と光くんは静かに見つめる。早く言えよめんどくせぇななんてオモッテナイヨ。するとこの前の蹴りを思い出したのか、謙也がびくりと肩を揺らしてからあんな、と口を開く。
「話したい事あんねんけど、移動……出来ひん?」
しゅんとして肩を竦める謙也に「きたでいつものや」と第六感が告げる。もうやだよ、と縋るように光くんを見れば「ごっつメンドイ事起きそうなんすけど」くらいの勢いで顔をしかめていて、光くんも私みたいな第六感があるんだな、なんてちょっと悟りを開きかけた。やっぱアカンよな、としょぼくれる謙也に、私が答えるより先に光くんが、別に、と口を開く。
「俺も着いてってええんやったら、別に壱加さん連れてってもええですよ」
「彼氏か」
ありがとう謙也、ツッコミもスピードスターだね。それで光くんは教室ざわついてるから思わせ振りな事言うのやめよう。2代目白石って呼ぶぞ。あ、そういえば次期部長候補なんだっけ?白石が、「財前は心配ないんやけどその次の代を金ちゃんにするんか不安やわ」とか自分が居なくなった後のことまで心配してたなぁ。金ちゃんがもし部長になったら、大概天然タラシの素質あるからあれだ、テニス部部長は天然タラシ、ってジンクス出来るね。なんてぼんやりと考えていたら、謙也に顔を覗き込まれる。
「うん、どうしたの謙也」
「どうしたもこうしたも、別に財前も聞いてくれた方がえぇし、後は壱加がどうやろなって」
「え、あぁうん、光くんがいいなら良いよ」
「彼女か」
流石謙也、ツッコミもスピードスターだね。グッと親指を立てれば、同じように親指を立てて、そのまま私達は拳をコツンと当てた。
「ほな行きましょか」
そう、私達をスルーして光くんが立ち上がり扉へ向かう。それを呆然と見送ってから、お弁当の蓋をして私達も立ち上がり後を追った。うん、そうだね、光くんそういう人だよね。悲しくなんて無いんだから。
光くんの足取りは屋上へと向かっていて、何故か階段に差し掛かると謙也がソワソワし始めた。分かりやすいなお前。なんだろう、市川さんにひどい事でも言った…いやコイツに限ってそれはないな。阿呆だけど良い奴だもん。じゃあなんだろう、他の女子と仲良く…もないな。市川さんと銀さんとばっか喋ってるし。
「壱加さんも『女の子』とちゃうんです?」
私が口にしていたのか心を読んだのかは分からないけど、光くんがぽつりと零した言葉に思わず階段を踏み外した。予想してたのか、光くんが転ぶ前に腕を掴んでくれたので階段に口づけも膝を打ち付ける事も無かったけど、気付きたくない事気付いたよね。そうだよ、最近私コイツと喋ってんじゃん。マジかぁぁ。そんなつもりないからジーンさん思いとどまって。
深い溜息を吐きながら屋上に辿り着くと、後ろを歩いていた謙也が勢い良く入口の扉を閉めてそのままズルズルと扉を背にしゃがみ込んだ。先を歩いていた私達は振り返り、首を傾げる。
「ほんで、話しってなんです?」
「……さっきな、ジーンさんから電話きてん」
「だろうな」
「せや思いましたわ」
呆れる私達に、謙也は力無く膝を抱えたまま無言で頷く。もしかしなくても結構マズイ事になってる…?そっと顔を覗き込めば顔が青ざめていて、ちらりと光くんに振り返る。いつも通りのクールな雰囲気でジッと謙也を見下ろしてから、何も言わずに私の横を通り抜け、謙也の横に座り込んだ。
「何言われたんすか。『殺してやる』とかありきたりな脅しでもされたんすか」
憎まれ口もいつも通りだけれど、謙也を見ずに光くんが掛ける言葉は心配してるのだと、そういうのが伝わってきて、彼は本当に優しい人だと思う。少し顔を上げて光くんを見てから、謙也はぽつり、ぽつりと話し始めた。
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