再び視線を落としたその目にいつもの明るさは無く、謙也の正面にしゃがむ私は何も言えずただ頷く。光くんは視線だけ謙也に送りつつ無言で次の言葉を待っていた。
「せやけど、一昨日くらいからジーンさん『好きな女の子は?』しか聞いてこなくなってん。回数も増えて怖なって電話切って出えへんようにしてたんやけどな、さっき白石から電話きて出たらジーンさんの声やったん。『許さない』言うて電話切られて。もうよう分からんくなって、白石に聞くんもなんや怖くてな」
ギュッと自身の両腕を抱き締めるように抱える謙也に唇を噛む。ゴメン、面倒とか思ってほんとゴメン。それは怖いわ。引き攣る私に眉間を寄せる光くん。
しかし、どうしたものか。いつもの霊みたいに目の前で襲ってくれればコケシ様とお札が…あ、お札新堂くんにあげたんだった。という事は、コケシ様と謙也が持ってるじいちゃんの御守りだけが頼りか。いやでも、人形だから自分で階段から突き飛ばしたり、何か物体を通してでないと危害を与えられないはず、なんだよな。霊体じゃないから。そうなると謙也の持ってる御守りがどこまで効くかなぁ。
「壱加さん」
ううん、と口元に手を当てて考えていると、光くんに名前を呼ばれて顔を上げる。彼は私でも謙也でも無く、真っ直ぐと前を見据えていた。
「質問あるんですけど」
「何?」
「前に一氏さんが、物にも魂が宿るーみたいな事言うとったやないですか。ちゅー事はジーンさんは幽霊よりは『生きた人形』のが近いゆー事ですか?」
「そう、だね。それでも人よりは霊とかに近いから、電話とかは霊と同じように媒体無しで掛けてると思うけど」
電話パクって掛ける、なんて事しなくても電子機器って霊の影響凄い受けるからね。カメラに写るみたいなメジャーなのとか『着〇アリ』や『呪〇』のビデオテープとか。そういうの敢えて使って悪霊をあぶり出して倒す人達…なんだっけ漫画にあるじゃん、あれ、ゴーストハンター?がいるってじいちゃん言ってたし。
それにしても、どうして急に。
「新堂をわざわざ自分の手で突き飛ばしたんは『人形』って媒体があるからで、つまり謙也さんにも何か『物体』を通さな何も出来ひんっちゅー事ですよね?」
どうして急に、光くんは「そんな事」を聞くのだろう。彼がある一点から視線を逸らさない事に、徐々に鼓動が速まっていく。
「―――『物体』、って、例えば…?」
息を呑んで、ゆっくりと光くんに問う。俯いていた謙也も、そっと顔を上げて光くんを見る。彼はやはり涼し気な表情で、ゆっくり左手を上げて真っ直ぐ『ナニカ』を指差した。
「『カッター』とか」
指先を謙也と私が追って、そして一気に血の気が引いた。
いつか見た、色白でブロンズショートの美しい人形が其処に、数メートル先の屋上のフェンスの方に、居た。屋上に来た時には確かに「居なかった」はずなのに。
青い瞳がゆっくり細められ、その小さな手にはカッターナイフが握られていて、背筋が凍る。
『許さない、ゆるさない』
「っジーンさっ…!」
「壱加さん!」
咄嗟にジーンさんへ振り返りながら謙也を庇おうとしたら、光くんが私の肩を掴んで自身の後ろに隠しつつ、隣に居た謙也をジーンさんの方へと放り投げた。
「って何してんの光くん!?」
「話し合いは当人達でした方がええと思うんすわ」
「鬼畜か財前のアホ!!」
半泣きで振り返って光くんにツッコむ謙也に、何となく大阪魂を感じた。よくカッター持ってるのから目を離せたね。
『どうしてその女がイイの?チエが傍にいたのに、どうして?アナタがそんなだから、そんな、だからチエも、あたしも』
テク、テク、と一歩づつ近付いてくるジーンさんは人形そのもので、しかし人間と変わらぬ滑らかな動きと、無機質なその瞳に恐怖だけが込み上げる。謙也も恐怖からか動けなくなっていて、どうするべきか必死に考える。光くんの背中をキュッと握り締めれば、光くんは私に視線を向けてからジーンさんへと戻す。
「この人は俺の彼女なんで、手ぇ出さんとくれます?」
淡々と、そうジーンさんに言い放つ光くんに思わず顔が赤くなる。いや!私には千歳くんという王子がいるのに浮気なんてダメよ壱加!
ときめいた自分にぐあぁと悶えていると、ブツブツと何か言っていたジーンさんが途端に静かになる。うん?と顔を上げれば、ジーンさんが首を傾げていて、連られて私も傾げる。
『…じゃあ、ケンヤくんが、悪いのネ?』
「そっすね」
「財前おまふざけんなやドアホォォォ!!」
即答する光くんの胸倉を掴んで謙也が叫ぶ。うん、光くんのそういうとこ大好きだけど、これ真面目に謙也死ぬんじゃないかな。再びこっちに歩き始めるジーンさんに私の顔が引きつっていく。よく考えたらコケシ様、教室なんだよね。マジでどうしよう。
『ねぇ、教えて、おしえてよ。どうして?ナンデ、なんでなの…?』
ゆっくりと距離を縮めてくるジーンさんに、謙也の顔が青ざめていく。やばい、ほんとにこれはやばいって!何か何か、そうポケットの中を藁にもすがる思いで漁っていたら、ブチ、という音と共に謙也が勢い良く立ち上がった。
「教えて教えて、てそんなん俺のが知りたいっちゅー話やアホンダラ!!」
あ、恐怖でキレた。
呆然と私と光くん、それから歩みを止めたジーンさんも謙也を見上げる。当の謙也は何かが振り切れたらしい、自らジーンさんの方につかつかと歩いていく。
「自分いっつも質問ばっかやないか!ちゃんと話せるんに、何でそんなん聞くんやとかこっちの質問にはなんも答えてくれへん!心配してくれるくせに俺には何もなーんも話してくれへん!教えてくれへん!そんなんフェアやないやろ!俺はなぁ!」
ピタリとジーンさんの真正面で立ち止まる謙也。見上げるジーンさん。見守る私と光くん。ゆっくりと息を吸い込んでから、謙也が口を開いた。
「俺はっ!自分の事が知りたいんや!!」
ふんっ、と一気にまくし立て肩で息をする謙也に私と光くんは、おぉー、と拍手を送る。意外に根性あるなお前。相手刃物持ってんのに。あと物凄い愛の告白してるみたいだよね。
ジーンさんはと言うと、謙也をジッと見上げていたかと思うと、不意にカラン、と音と共にカッターが地面落ちて、彼女の手にはカッターが無くなっていた。そしてふるふると小さく震えてから、両手で自分の頬を押さえる。え、あれでビックリしたの?おずおず様子を伺えば、あのね、とジーンさんが口を開く。
『あたし、ケンヤくんが好き』
「「は?」」
キャー言っちゃったワ、なんて恥ずかしがるジーンさんに、呆気にとられる私と謙也。そんな私達に、光くんが少しあってから謙也に近付き、ポンと肩を叩いた。
「良かったやないですか、女の子に告白されて」
「どアホ、相手人形や」
ねぇ、やっぱり2人はコンビ組んでるんでしょ。
とりあえず冷静になった私は、そっとジーンさんの横まで這って行って、落ちたカッターを拾い上げて、刃をしまったのだった。
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