真・ジーンさん7



『そうよ、あたしチエの応援をしてたの』


落ち着いた私達は、入口から移動してフェンス脇に座り込む。ちなみにジーンさんは謙也の膝の上である。随分と懐いて、あ違う、好いてるのね。謙也の膝の上にちんまり座るジーンさんに、後から合流した小春ちゃんが向かいにしゃがみ込んでニコニコと笑う。


「ジーン、って『ノーマ・ジーン』の事やったんやねぇ」
「ノーマ・ジーン?」
「なんやそれ」


私と謙也が首を傾げると、小春ちゃんが指を立てて眼鏡を光らせる。


「正式には『ノーマ・ジーン・モーテンソン』。かの大女優『マリリンモンロー』の本名やでぇ。洗礼名はノーマ・ジーン・ベイカー。20世紀を代表するセックスシンボルとして世界的に広く認知されとるのは皆知っとるやろ。身長166.4cm、体重53.5kg。スリーサイズは上から94、61、86。トレードマークは真っ赤に塗られた唇、口元のホクロ、モンロー・ウォークと呼ばれる独特な歩き方やね。フェラガモに作らせた靴のサイズは24.5cmと言われとる。そのマリリンモンローに似とるから、本名の『ノーマ・ジーン』からとってジーンさんなんやね」
『その通りよ。あなたハクシキなのね』


パチパチと手を打つジーンさんに小春ちゃんがありがとぉ、と微笑んだ。なるほど、じゃあ初めて見た時にマリリンモンローみたい、って思ったのは間違いじゃなかったのか。にしても小春ちゃん本当に博識だなぁ。うんうん、と頷いていると私の隣に立つ、小春ちゃんと同じく後から合流してきた一氏くんがジーンさんを見下ろして、なぁ、と話し掛ける。


「自分、元の持ち主はどないしたんや」


一氏くんの問い掛けにジーンさんは彼を見上げてから俯いて、小さな声で、亡くなったわ、と呟いた。それに対してジトリと私達が一氏くんを見つめる。その視線に気付いた一氏くんが若干顔を引き攣らせた。


「なっ、何やねん」
「自分ほんまひどいヤツやな」
「ユウくん答え知っとるくせに」
「一氏くんが『ジーンさんの持ち主は失恋かなんかして亡くなってる』って言ってたんじゃん」
「それをジーンさん本人に聞くなんてホンマ考えられへんっすわー」
「っ〜〜あぁぁせやな!俺が悪いんやすみませんでした!!」


皆で口々に責めれば、一氏くんはそう叫んでそっぽを向いてしまった。ちょっといじめ過ぎたかな。ちらりと小春ちゃんを見れば、クスクスと笑っていて立ち上がって一氏くんを慰めに行った。一氏くんが聞きたい事は何となく分かるけど、直球すぎるんだよ。苦笑しつつジーンさんに向き直り、彼女の名前を呼ぶ。


「ジーンさんに名前をつけてくれた人って、どんな女の子だった?」


そう聞けば、俯いた顔をゆっくりと上げて僅かに微笑む。


『やさしい子。人前に出るのがニガテで、引っ込みじあんで、でも、花が咲いたようにパッと笑う子』
「笑った顔が、好きだったの?」
『好きよ。あたしをイチバンの友だちって言ってくれた。カナはいつも色んなお話をしてくれた。あたしにはなんでも話してくれた。大切な、友だちなの』


持ち主は、カナさんと言うのか。本当に大事にされていたんだと感じるくらい、幸せそうに話すジーンさんに思わず私も綻ぶ。しかし、ピタリと動きを止めてからさっきと同じように俯いた。


『でも、いつからか笑わなくなったの。笑っても、すぐかなしそうにするの。でもね、そのときのあたしには『どうしたの?』って聞けなくて。いつも「苦しい」「辛い」「こんな自分は嫌だ」って泣いてたの』
「……好きな奴が出来たからか」


そっぽを向いてたはずの一氏くんがぽつりと零すのを、ジーンさんは小さく頷いた。


『やさしい人だって話してた。楽しそうに話してたのが、いつしか好きなのが苦しいって、彼のこと知らないし聞けない、そんな自分がイヤだって、泣いてたわ』


一氏くんが前に言っていた通りだ。カナさんは『好きな食べ物』すら聞けない人だった。だから好きだと想いが募るだけ苦しくなって、何も出来ない自分を責めて、それはどんなに苦しいことなんだろう。


『あたしがいるよ、って、応援してるよ、って、カナには届かなかった。伝えられなかった。だから、泣きながら、カナは1人で亡くなったの』


それは、つまり。


「自殺、したんやな」


淡々と光くんが放った言葉に、彼女は頷く代わりにとても悲しげに微笑んだ。一番最悪の結末を迎えたカナさんを、ただ見てるしか出来なかったジーンさんはどれだけ苦しかったのだろう。こうして動いて、女の子達の恋を応援し続けているのは、きっとそんな結末をもう二度と見たくないから。


「九十九、泣きすぎや」


呆れて笑いながら一氏くんが私の頭をポンと撫でた。そう言われても出てきてしまったものは止まらない。だってジーンさん辛すぎるよ。うえーと大号泣してたら、謙也も連られたのか目に涙を溜めてから、ギュッとジーンさんを抱き締めた。いたいわケンヤくん、とジーンさんは私達を不思議そうに見ていて、小春ちゃんが鼻セレブを差し出してくれた。ありがとう天使。


「ほんで、自分どうやって応援したんや。電話だけちゃうやろ?」


私と謙也が思い切り鼻をかんでいると、一氏くんがジーンさんに聞く。確かに、めっちゃ電話してるだけで恋の応援は出来ないもんね。じゃあ質問の答えの物をあげてたとか?え、パンツの色聞いたときは女の子にパンツあげたの?マジで?
なんて思っていたら、ジーンさんはニッコリ微笑んだ。


『友だちになるのよ』
「友達?」
『好きな食べ物を持って、その子の友だちになるのよ。あたしが応援してあげるから、ってお話するの』


なるほど。いつだか話してたように女の子に直接会ってるのか。でも突然人形が現れるわ喋り出すわとか、私なら泣くぞ。


『泣いてる子のところにしかいかないわ』
「え」


私の考えを見透かしたようにジーンさんは口を開く。目を丸くする私に、彼女は色気たっぷりな笑みを浮かべる。ずっと思ってたけど、人形とは思えない色気だな。マリリンモンローまんまだよ。


『カナみたいに、自分がキライって泣いてる子しか、あたしは応援しないわ。男の子に聞いて、その話をしてあげて、話しかける勇気をあげるだけ。カナのように、お話も出来ないまま終わらせてしまうのは、とてもかなしいもの』


自分の服の裾を握り締めるジーンさんの頭を、謙也が優しく撫でる。ジーンさんがしている事自体は、松本さんがしてた事とあまり変わらない。女の子の背中を少し押してあげるだけ。その相手が松本さんが選んだ子とジーンさんが選んだ子が正反対だっただけで。自分が嫌いだと泣いていた子達は―――市川さんは、ジーンさんの事を素直に受け入れられるほどに苦しかったんだろうな。1人で悩んでいる事が辛くて、そんな時に「傍にいるよ」と言ってくれる人がいるのは、どれだけ心強いのだろう。


「でも、新堂突き飛ばすんはやりすぎや」


呆れたような光くんの言葉に、ジーンさんは謙也の膝の上に勢い良く立ち上がる。


『そんな事ないわ!新堂はアホなんだもの!』
「あぁうん」
「それは否定出来んわ」


私と光くんが頷いていると、小春ちゃんと一氏くんがひどい言われようだなんだとヒソヒソ話してる。いやほんと2人も会えば分かる。アホの子だから、天性のアホの子だから。ジーンさんは何か思い出したらしい、謙也の上でポスポスと地団駄を踏んでいる。可愛い。


『だって彼、アオの友だちのミノリって子が自分が持ってたのだけじゃなく、あたしがアオにあげたタラタラしてんじゃねーよまで渡したからってミノリと付き合い始めたのよ!あたし知らなくてずっと彼に電話して、アオに色々話してたらアオ突然泣きだして、もうホントはらたっちゃうわ!!』
「いやそれ、自分の確認不足なんちゃうん?」
『ちがうのよ!あのアホ、いつも電話のときに「蒼ちゃんゴッツ優しいねん」とか「そういやジーンさんがパンツの色聞いてきたんやーって話したら蒼ちゃん笑てくれたん」とかアオの話するから!アオのこと好きなんだって思うじゃない!!』
「「「「「それは新堂(くん)が悪い」」」」」


思わず5人の声がハモる。だってそれは新堂くんが悪い。むしろ北条さんの話をジーンさんにしなかったのが不思議なくらいだわ。学校でしてるから満足してジーンさんには違う話してたのか?アホなの。のほほんとした彼の顔が浮かんで若干イラッてした。彼も天然タラシなのかそうなのか。そこでふと、さっきのカッターを持ってたジーンさんを思い出す。


「ねぇねぇジーンさん」
『なぁに?』
「新堂くんが突き飛ばされた理由は分かったけど、謙也はなんで襲われた訳?」


首を傾げれば、少しあってからストンとジーンさんは再び謙也の膝の上に座った。


『チエがね、しんぱいしてたの。ケンヤくんが白石くんと九十九さんをジッと見てるのさみしそうって。だからケンヤくんに聞いたのよ』
「あぁ、それが『何かあったの?』になるんやな」


そう言う光くんにこくりと彼女は頷く。それで謙也が私の話をしてきたから、カッター持ってふざけんなテメェ、って言いに来た訳か。納得、と頷いていたら小春ちゃんがうーん?と大きく首を捻った。


「でも聞いた話やと、謙也くんが壱加ちゃんとくらりんの話しした後も普通に電話しとったんやろ?何で今更なん?」


確かに。時間たってから襲われるとか時間差攻撃か、ジーンさんやるな。じゃなくて、ほんとに何で今頃になって来たんだろう。全員でジーンさんを見れば彼女は目を伏せて、あのね…と口を開いた。あ、コレ漫画とかだと回想シーンとかなるやつだ。


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