出逢い



「ジーンさん、結局今どうしとん?」
「ウチにおるで。女の子の応援やらでおらん時もある言うとったけどなー」


放課後。謙也の席に来てそう問い掛ける白石に、へらりと謙也が答える。昨日の昼の一件で完璧に謙也に懐いゲフン、恋したジーンさんはどうやら謙也んちに住み着いたらしい。この歳で女の子と同棲なんてやるね謙也。そんな事を思いつつ、2人の会話を聞きながら黙々と帰り支度をする。


「ジーンさんええ子なんやけど、あのプレゼントどこで仕入れてるん聞いたら、ニッコリ笑て『ヒミツ』言われたわ…犯罪してなええけど」
「人形の犯罪てまたおもろいなぁ」
「おもろないわ!今後は俺が真っ先に疑われるやんか!」
「まぁ、市川さんには振られてもうたけど可愛らしい子が謙也の魅力に気付いてくれたんやしええんやない」
「ちょお待て。白石に市川さんの事まで話してへんぞ。なんで知っとんのや、壱加か!?」
「は?言わないよ、可哀想すぎて話せないよ」
「財前が、銀さん以外のレギュラーに事細かに一斉送信でメールしてくれたん」
「ざぁいぜぇぇん!!」


全速力で教室を飛び出していく謙也を、私と白石が苦笑しながら見送る。クラスメート達が、いつも楽しそうやなぁとか、ほんま速いなぁなんて話してるのが聞こえてきて其方を見る。中には1年の時から同じクラスの子もいて、もうコイツらとも3年目の付き合いになるのか、とぼんやり思う。
思えば、小6の秋に決まった父の転勤が始まりだった気がする。





―――…

「お父さん、大阪に転勤になったんだけど、壱加はどうする?」


お母さんは着いていくつもりよーと笑う母さんと、半泣きで私にすがり付いている父さんに目を丸くしつつも、一緒に行く、と頷くのにそう時間は要らなかった。
東京に親しい友達なんていなかったし、何より小学校は居心地が悪かった。


「あそこの開かずの踏み切りに4時44分に行くと、自殺した女が『コッチに来い』って手招きするんだってよ!」
「やだ、やだやだやめよ、そういう話やめようよ!!」
「マジ九十九ビビリー!」
「全然怖くねーじゃん!」
「おばけなんかいねぇって!」
(いるよいるいる!いっぱい後ろに集まってるの!!)


幽霊が視える事で、ではなく、それによって私があんまりにも怖がるものだから、男子は面白がって怪談話をしてからかってきた。


「壱加ちゃん、無理して私たちのとこ来なくていいよ」
「男子に囲まれてる方が楽しいんでしょ」


それをよく思わないのか、女子にはハブられる事が多かった。
小5の時、いつも一人でいたそんな私を気にかけて話し掛けてくれたのは、中庭で掃除をしているおじさんだった。色んな話をしてくれて優しいおじさんといるのが楽しくて、放課後は毎日のように会いに行くようになった。ある日、おじさんと話していたらクラスの子が委員会がある事を伝えに来てくれて、おじさんに手を振ってから慌ててその子の所に駆けていけば、彼女は凄く微妙な顔をしていた。


「ねぇ九十九さん、今誰と話してたの?」


気味の悪いものを見るようなその視線に、やってしまった、と思った。
おじさんは『生きてる人ではなかった』。
只でさえ狙われやすいのに、区別が付かなくて話し掛けてしまう事が多いからそういう目をキチンと鍛えろ、とじいちゃんに口を酸っぱくして言われていたのに。後悔しても遅くて、次の日にはクラス中に知れ渡っていた。


「なーお前ユーレイ見えるんだろ!?」
「今から隣町のユーレイ屋敷に行くからホントにいるのか確かめようぜ!」


視える私がいる、というのが男の子達の好奇心を煽ったらしい。放課後になって、突然数人の男子に囲まれる。


「いっ、いや、だっ」
「いーじゃん!行こうぜ!」
「いやだってば!!」


無理矢理掴まれた腕を思い切り振り払えば、バチンと小気味いい音が教室に響いて、半泣きの私はその男の子を睨みつける。


「……なんだよバカじゃねーの」
「空気読めよな、うぜー」


シンと静まり返った教室に、ぽつりと男の子達が零す言葉は私を否定するもので、それからはからかう事が減る代わりにクラスから孤立していった。
小6になってからは『あの事件』があってから、私に近付く人はいなくなっていた。そんな私を知らない、知ってる人がいない場所というのが、それだけで素敵に思えた。
「じいちゃんちから都内の学校行けばいいじゃろぉ!」と泣きついてきたじいちゃんを見た時に「あぁ、父さんってじいちゃんの子供なんだな」なんて思いつつ、私は大阪に引っ越し、四天宝寺中学校に通う事になった。
此処に来ての感想は、私は多分大阪に対して物凄く偏った印象を持っただろう、だ。何で校長先生の寒いギャグにズッコケたり爆笑しないといけないの。むしろなんで笑えるの。始まりと終わりのフレーズはお決まりだし、他の学校もこうなら私大阪無理。本気でそう思うくらい、私はどうしてもついていけなくて、でも東京での皆の視線を思い出すと口を開く事すら嫌になって。入学から2ヶ月にして、人生で初めて朝礼をサボった。
サボりイコールで思いついたのが屋上しかなくて、こっそりと訪れたその場所は誰もいなくて、いつも騒がしい四天宝寺にこんな静かな場所があったのかと妙に感動する。フェンス越しに校長先生達を見下ろして溜め息を吐く。クラスで、噂の学食が、とか四天名物の、なんて話を聞く度に疎外感を感じるのに、拒絶されるんじゃないだろうかという恐怖から自分から他人と関わる事をやめていた。噂や名物を聞く「世間話」する勇気すら、小学校時代は奪っていった。ぼんやり生活指導の先生の話を聞きながらフェンスに顎を乗せる。
此処、屋上直ぐ入れるしフェンス低いから自殺しやすそうだなー。東京はフェンス高かったし先ず鍵かかってて入れなかったもん。そういう所は大体昔自殺した人とか立ってるんだよねやだ怖い。


「九十九、さん?」


結局幽霊の事考えてるし、なんて更に憂鬱になっていたら、突然後ろから名前を呼ばれてビクリと肩を揺らす。ゆっくりと振り返れば、其処にはクラスメートで隣の席の男の子が立っていた。


「おっ、おお忍足、くんっ!」
「おん!なんや九十九さんもサボりなん?」


二パッと笑う彼に頷きつつも顔が赤くなる。彼、忍足謙也くんはクラスのムードメーカーで、運動も出来る笑顔が素敵な男の子だ。明るいムードメーカー的な人は、色々あったから苦手だけれどイケメンだなぁとこっそり眺めてたりする。そんな隣の席のイケメンさんが私の名前を覚えてくれてた。初めましての時に挨拶して以来、マトモに会話した事なかったのに。嬉しさと恥ずかしさで顔が上げられず、再び忍足くんに背を向けてフェンスに向かう。あぁ私のバカ。クラスでもそんなだから話し掛けてくれる子いなくなったのに。これじゃあ小学校と変わらないじゃない。フェンスをギュッと握り締めると不意に隣が陰って、そっと顔を上げれば忍足くんが私の隣で校庭を見下ろしていた。


「まだ校長の話始まってへんなー」


イケメンが、私の、直ぐ横に、立ってる…!
私の態度悪かったのに全然気にしてないようだし、良い人だ。それに朝礼中なのにこんな所にいるという事は、もしかして私と一緒で校長先生の話、つまらない、とか…?


「お、忍足くん、あの、校長先生の話…」
「ん?おぉ!アレめっちゃおもろいよなぁ!あのゴメンクサ〜イから始まらへんと朝礼って感じせぇへんっちゅー話や!」


なんだ違った。淡い期待は裏切られちょっとだけ落胆しつつ、楽しそうに笑って話し掛けてくる忍足くんに思わず笑みを零す。するとマシンガントークだった忍足くんがピタリと話すのを止めるので、慌てて口元を押さえた。
「何笑ってんだよ」
「気持ち悪」
いつだか言われた言葉が、頭を過ぎって震える体を抱き締めて俯く。


「九十九さん笑えるんやなぁ!いっつも困った顔ばっかしとったから気になってたん!」
「え」
「おん、九十九さん笑っとった方が絶対ええで!」


なっ、と笑う彼に顔が赤くなるのが分かる。そんな風に言われるのは初めてだから、どうしていいか分からなくて私は小さく何度も頷いた。
この日以来、忍足くんが私に良く話しかけてくれるようになった。


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