思い出すのは、苦しさ



『全部お前のせいだ!』
『化け物!!』


ピロロロ、と無機質な目覚まし時計の音にパチリと目を開く。随分と、懐かしい夢を見た。最近、人と話すようになったからだろうか。


「―――…分かってるよ」


おかしいのは私の方なんだって。布団をギュッと握り締めてから、勢い良く起き上がった。
行ってきます、と家を出てぼんやりと空を見上げて歩き出す。学校に行くのが憂鬱なんて、大阪に来てからそんな思う事無かったのに。きっと、『あの事件』の夢なんて見たからだ。小6の時の、夢。





―――……

最初は、学校の七不思議を調べようとクラスの男子が話していた。教室の隅でそんな話をぼんやりと聞きながら、どうして視えなくて怖い思いしないのに、そんなものに関わろうとするんだろうと思ってた。その日の私は掃除当番で、女の子達は理由をつけて帰ってしまったし、友達なんかいなかったから一人で教室に残ってた。夕方の学校は特に『そういうの』が多くて、どうにか早く帰りたくて仕方なくて、急いで掃除していた。


『コマイヌこわした』


不意に聞こえた声にビクリと肩を揺らす。視線を向けずに意識だけを集中させれば、ナニカ達が会話していて。


『コマイヌこわした』
『シンジャウかもね』
『あのこたちシンジャウね』


コマイヌ、って何だろう。どこかで聞いた気がする。一体、どこで?ふと、昼休み一人の男子が裏庭の祠の中に狛犬が祀られているとか、楽しそうに話していたのを思い出す。じゃあもし、このナニカ達が話す「あのこたち」がクラスメートの男子達の事なら、彼等は「死んでしまう」…?背筋が、凍るような感覚がした。仲良くもないし、自業自得だけれど。

『興味本位で近付いて祟られたところでそいつ等が悪い。そんなんはほっとけ』

(でもじいちゃん、それでも死ぬのは怖いよ)


じいちゃんがいつだか言った言葉に唇を噛む。ランドセルに、じいちゃんの御札と浄めの水が入っていた気がする。まだ、間に合うだろうか。箒をきつく握り締めてから、バッと顔を上げる。箒を投げ捨ててランドセルを掴むと、全速力で裏庭へと走った。
間に合え、間に合え。
そう思いながら辿りついた裏庭で、男の子達は楽しそうに話していて私は目を丸くする。辺りを見渡すけど狛犬の姿はないし、何より祠には鍵が掛かったままだ。呆然とする私に一人の男子が気付いて顔をしかめる。


「何しに来たんだよ」
「あ、の、祠、開けて、ない…?」
「ハ?なんだしそれ」


おずおずと聞けば、吐き捨てるように返される言葉に少しだけ安堵する。良かった、まだ開けてない。でも、だったら私が教室で聞いたアレは一体、


「コイツ、何もないとこで一人で喋ったりすんだって、女子が言ってた」


不意に1人がそう話し始めて、其方を見れば彼の肩にナニカが乗っていた。鬼のような、異形のソレに思わず息をのむと、ソレはニヤリと笑って口を開く。


『きっとほこらになにかあるんだ』
「やっぱ祠ん中にある狛犬、何かあるんだよ」
『あけてみよう、あけてみよう』
「開けてみようぜ!」


サッと血の気が引いていくのが分かる。コイツらが囁く度に答えるように彼等が話しているのだ。まるで、操られてるみたいに。


「ダッ、ダメっ!開けちゃダメ!」
「誰も開けた事ねーんだってよここ!」


引き止めようと腕を掴んでも男の子の力に適わなくて、彼等はドンドン祠に近付いていく。彼等の肩に乗るナニカ達はケラケラ楽しそうに皆を唆す。


『ほこらをあけろ』
『コマイヌおこせ』
「ダメ…ダメッ!!」


どんなに叫んでも皆には届かなくて、彼等は祠の扉を開けた。その瞬間、ドロリと扉を開けた子の手から「なにか」が伝っていき、ヒッと彼が小さく悲鳴を上げた。赤いアカイ、それはまるで『血』のようで。
祠の開いた隙間からギラギラとした目が視えて、その場にいた全員が息を呑んだ。途端、扉を開けた子が吹っ飛ぶ。何かが飛びかかったのだと理解するのに、少し時間が掛かった。飛んだ彼を目で追って、しなやかな白い体の獣が彼の喉元にのしかかっているのが見えて、言葉を失う。美しい白に似つかわしくない、ギラギラ光る歪な瞳は私の知る犬や動物とは違うソレに寒気がした。ソレは踏み付けている男の子を見下ろしていたが、一つ吠えた後に彼に噛み付こうと頭を振った。


「ダ、メ…!!」


咄嗟にランドセルの中にある水を投げる。水をソレの頭に見事命中し、耳を塞ぎたくなるような叫び声が響く。そして直ぐソレ―――狛犬は私を睨みつけてから此方に飛びかかってきた。出かけた悲鳴を飲み込んで御札を取り出す。しかし、その時にはもう私は狛犬にのしかかられていて。あぁ、ここで死んじゃうんだ。なんて、きつく目を閉じた。


『貴様、九十九の縁者か』


だけど降ってきたのは思いがけない言葉で、ゆっくりと目を開く。其処には私を押し倒した狛犬がいて、ギラギラした目にヒッと声を上げる。


『もう一度問う。貴様は九十九の縁者か』


狛犬の問い掛けに、戸惑いつつ口を開く。


「九十九、壱加です」
『今のは誰に渡された』
「お、水は…じいちゃんから」
『ハッ、あのふてぶてしい小僧の孫か。随分似ていないな』


吐き捨てるように言う狛犬に、私はただ目を丸くする。じいちゃんの事、知ってる、のかな?というか小僧って。そんな年齢じゃないんだけどな。キョトンと見上げる私に、狛犬はゆっくりとその顔を近付けた。待って、こわ、怖い怖い怖い!!


『俺の眠りを妨げるなとあの餓鬼共に言え』
「はいっはいぃ!……は、い?」
『ぎゃあぎゃあと喚いていた上に扉を開けやがった。次は咬みちぎる』


そう言うと私の上から降りて、祠へと戻っていく。え、え?何だかよく分からないけど、許してくれるのだろうか。


「あのっ、あ、狛犬、さん、ありがとうございますっ…!」


慌てて立ち上がり頭を下げれば、ちらりと此方を見た後に狛犬さんは祠の中へと入った。独りでに閉まる扉を見つめて、大きく息を吐きながらゆるゆると地面にしゃがみ込む。じいちゃんの知り合いだったのか狛犬さん。良かった、じいちゃんのお陰で何とかなった、みたい。でも本気で怖かった。狛犬さん、絶対顔で損するタイプだ。なんて間抜けな事をボロボロ泣きながら思う。安心したら止まんなくなっちゃったんだもん。ふと目の前が影って顔を上げれば、さっき狛犬さんにのしかかられてた男の子が立っていた。


「お前ナニモンだよ」


大丈夫?と私が聞くより先に彼が口を開く。ナニモノって、どういう意味だろう。それに、彼が私に向ける視線はまるで―――


「アレ、お前の事は襲わなかった。なんかブツブツ一人でしゃべってんなって思ったら何もしないで祠に戻ってったし。何したんだよ」


―――まるで、軽蔑するもので。


「狛犬、さんが、眠りを邪魔しなきゃ何もしない、って言ってて」
「は?ずっとお前しかしゃべってねぇよ」
「何こいつ気味悪ぃ」


気味悪い。ガンと頭を殴られたような感覚に、上手く呼吸が出来ない。どうしてそんなこと言うの。私は只、助けたかっただけなのに。
彼等の肩に乗るナニカ達がクスクス楽しそうに笑う。


『バケモノとはなすコイツもバケモノ』
「お前のじいちゃん、オカルトで金稼いでんだろ!だからお前も化け物としゃべんだ!」
『コイツがきたからシンジャウとこだった』
「お前が来なかったら祠なんか開けなかったのによ!」
『コイツのせい』
『ぜんぶコイツがわるい』
「全部お前のせいだ!」
「化け物!!」


教室で聞いた声が囁く度に私に浴びせられる罵声。胸が痛くて、逃げるように私はその場から走り出した。私は、あの『ナニカ達』にからかわれて、ハメられたんだとその時知った。
家に帰ってじいちゃんに泣き付いて話せば、酷く悲しそうに笑って「狛犬、イケメンだったろ」と頭を撫でてくれた。話を逸らしたかったのだろうけど、狛犬さんは怖かったしどんだけ口下手だよ、と思いながらワンワン泣いた。
次の日から私は、避けられるだけじゃなくクラス中からシカトされるようになった。ペアを組まなきゃいけないような事があっても、今までは渋々誰かがペアになってくれたのに、それも無くなった。物を投げつけられたり、机に花を置かれた事もあったけど、呪われるとか祟られたーなんて有りもしない噂でそれも直ぐに無くなった。それでも先生は何もしてくれなくて、私は担任にすら疎まれているのかと机をぼんやり見つめて思っていた。





「おー九十九さん!」


不意に掛けられた声にビクリと肩が跳ねる。視線を向ければ、ヒラヒラと白石くんが手を振っていてほっと息を吐く。その横で、全力でお地蔵様の雨避けを磨いている忍足くんがいて首を傾げる。


「えっと、何をしてるの…?」
「地蔵さんが汚れとって何や可哀想やなーって磨いとんねん!」


グッと親指を立てる2人に目を丸くする。思い出していたのが苦しい事だったから、余計に2人の良さが際立つのだろうけど。


「―――…私も、手伝う」
「ホンマか!ありがとう!」
「最後にお供えもせなアカンなぁ」
「私、大福持ってるよ!」
「「何で持ってるん」」
「今日のおやつ!」
「渋っ!」
「おばあちゃんか!」


2人のツッコミに声を上げて笑う。そんな何気ない事が、こんなにも幸せだと思わなくて。その反面、2人にはあんな風に嫌われたくないと、心から思った。


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