「なっ、何…?」
「聞いたでー?この後忍足とデートなんやろー?」
「ちっ、違うよっ!たこ焼き屋さん教えてくれるってだけで!」
「ふーん?へぇー?ほぉー?」
「ヒロちゃん!!」
真っ赤になって名前を呼べば、彼女はケラケラと笑った。でもデートじゃないもん。白石くんだっているし、ちょっと一緒に寄り道して帰るだけ。
「九十九さんお待たせ!」
「うわ、ぁ、あ、はい!」
突然声を掛けられ間抜けな声を上げる。もうやだ、ヒロちゃんのせいだ。赤くなった顔を押さえてヒロちゃんを、うーと唸りながらじとりと睨めば、机を叩いて笑い出して、忍足くんは不思議そうに、どないしたん?と首を傾げた。
「ほな、ウチ部活行くわー」
散々笑った後、ヒロちゃんはまた明日、と何事も無かったかのようにヒラヒラ手を振って教室を出ていく。その途中で廊下で待っていたらしい白石くんとすれ違うのが見えて、慌てて私も立ち上がる。それに気付いた白石くんが軽く手を上げた。
「ごめん白石くん」
「待たせてたんコッチの方や、謝らんといて」
ニコリと笑う白石くんは本当にイケメンだと思う。ありがとう、とお礼を言えば、ほな行こか、と道を開けてエスコートしてくれた。白石くんは本当に以下略。後ろから忍足くんも着いてきて、3人で歩き出す。
「忍足くんちどの辺なん?」
「商店街抜けたとこやねん、ホンマ賑やかやでー」
「あの辺は確かに賑やかやんなぁ」
楽しそうに2人が話す後ろを、置いてかれないように着いていく。お地蔵様の所は丁度忍足くんも白石くんも通るのは知ってるけど、白石くんはどの辺に住んでるのかな。まぁ聞いたところで、通学路以外の場所は家から徒歩5分のスーパーくらいしか行かないから分からないだろうけど。そういえばヒロちゃんとも放課後にどこか行ったりした事ないや。今度行ってくれるかな。行ってくれると、いいな。
「堪忍九十九さん、歩くん速かったか?」
ぼんやりしてたら突然白石くんが顔を覗き込んできて、一歩後ずさる。よく見れば数歩先に忍足くんがいて、2人に離されていたのだと気付く。
「ごっ、ごめん!ちょっと考え事してて!」
「あ、そういや九十九さん帰り遅なったらアカンとかある!?いや、そんな遅ならんようするしちゃんと家まで送るけども!」
「だ、大丈夫!家には連絡したし、一人で帰れるからっ」
「一緒おるん嫌やなかったら送らせてぇな」
な?と微笑む白石くんに顔が赤くなる。その言い方はズルイ。横で忍足くんが「タラシか」と呆れながらツッコむのに、心の中で思い切り頷く。でも忍足くん、ちゃっかりメモとってるの見えてるよ。まだモテたいの。
「ほんで、考え事ってどないしたん?」
メモをとり終わった忍足くんが首を傾げるのに、少しだけ戸惑う。私の返事を待つ2人に、えっと、と俯いて口を開く。
「…ヒロちゃんとも、今度行けたらいいな、って」
そう呟いてから、忍足くんには行ったらええやん、とか普通に返ってきそうだな、なんて思って更に俯く。きっと、放課後友達と遊ぶなんて皆からしたら当たり前なんだろうな、って、気付いてしまったから。
「立野なら喜んで、行くー!言うと思うで」
「え、」
「今日も、ずるいウチも行きたかった壱加に手出したらいてこますぞこのナンパ野郎、て散々言われたわ」
苦笑する忍足くんにキョトンとしていると、白石くんがお腹を抱えて静かに笑う。想像してた返事じゃないのもビックリしたけど、あんな風にからかってきたヒロちゃんがそんな事を言ってたなんて。不貞腐れるヒロちゃんの姿が浮かんで、思わず私も笑った。
「ほなナンパ野郎忍足くんの奢りのたこ焼き、楽しみにしてよか」
「ちょお待ち、九十九さんはええけど自分には奢らへんで」
「なんや羽振り悪いなぁ」
ギャイギャイと騒ぎながら再び歩き出す2人に、私も後を追って歩き出す。
本当に、いつも2人は優しい。2人だけじゃなくて、コッチの人は皆あったかくて優しい人ばかりだ。でも、期待したらダメ。気を抜いたらダメ。知られたら、またあの頃と同じになっちゃうから。それにこんなイケメンさんと知り合えて仲良くなれたのに、小学校の時みたいに気味悪いとか言われたら凹む。あ、想像しただけで凹む。
ハァ、と息を吐くと先に交差点が見えて不意に今朝の少女達を思い出す。そっと公園の方に目を向けて、姿が見えない事にほっと安堵する。あの子達怖いんだもん。せっかく可愛いんだからもっとキャッキャウフフとか遊んでてよ。嘘ですそれはそれで怖いです。なんて公園を通り過ぎようとしたら、忍足くんに引き止められる。
「九十九さん、今日そっちちゃうねん!コッチ!」
コッチ、と彼が指差すのは通り過ぎようとした公園で。目を見開いてピタリと静止した私に、2人は首を傾げる。
「其処、通るの…?」
「?おん、せやで」
「商店街、って交差点の方から行けた、よね?」
「あぁ、たこ焼き屋はこの公園挟んで商店街の逆にあるん!せやから公園突っ切った方が早いねん!」
家と逆方向なんやけどゴッツうまくてつい行ってまうねんなー、なんて楽しそうに話す忍足くんに、私はただ目を泳がせた。どうしよう、今は居なくても公園の中にいるかもしれないし、出来れば通りたくない。通りたくない、んだけど。ちらりと横に立つ白石くんを見れば、怪訝そうに私を見つめていて、小学校の頃の同級生達を思い出す。
「空気読めよな」
そんな声が聞こえた気がして、思わず目を瞑った。
「行きたない理由でもあるん?」
白石くんの言葉に肩が揺れる。彼は責めている訳じゃないと、分かっているけど。
「……ううん、お家が商店街の方って言ってたから、不思議だっただけ」
顔を上げて笑えば、なるほどな、と白石くんも笑う。大丈夫。だって忍足くんよく通ってるみたいだし、今は居ないもん。だから大丈夫。楽しそうに話す2人に見えないように手を後ろに回してキツく握り締める。
でも、一応お水は手に持ってよう。ほら、備えあれば憂い無しって言うし、うん。そう自分に言い聞かせて、鞄からペットボトルに入ったお水を取り出す。ちなみに浄めのお水はお母さんが作ったものだ。お父さんや私よりセンスある、ってじいちゃんのお墨付きだから効果は抜群だ。ポ〇モンかな。
「そういや九十九さんちはどの辺なん?」
「あ、えっとね、お地蔵様の道を左に行った川の先!」
「なんや、俺もそっちの方やで」
「白石も川向こうなんやなー」
「おん」
そんな他愛無い話をしながら公園へと入っていく。
そう言えば、友達と帰るなんて何年ぶりだろう。小学3年の時にはもう女の子達と帰ってないから…4年振りくらいかな?にしても、と2人を見る。
「ちゅーかこの間のオサムちゃんのツッコミ講座、あれ全然ツッコミなってへんのやな!」
「先輩らのがオサムちゃんにえぇツッコミかましとったしなぁ」
「ツッコミ講座、ってお笑い同好会だったっけ?2人とも」
「「いや、テニス部」」
「なんでテニス部でツッコミ講座あるの」
どうしてこうも話題に尽きないんだろう。話すことがない私には凄い助かるけど。でも、だからこそ私と話してて2人は楽しいのかな、なんて思ってしまう。そんなやり取りをしていたらブランコが見えて、その近くに女の子達が遊んでいる姿に顔が引き攣る。
「「勝ーってうれしい花いーちもーんめー」」
「「負けーてくやしい花いーちもーんめー」」
あ、大丈夫。ちゃんとキャッキャウフフって遊んでる。朝の子達あんな無邪気な顔してなかったし。彼女達を横目に白石くんが口開く。
「懐かしいなぁ」
「俺やった事ないわ。白石やった事あるん?」
「小学校ん時、女子に誘われて皆でやったで」
「ほー。九十九さんは?」
「私もない、かな」
やってくれる友達いなかったし。と心の中で付け足す。あとじいちゃんから聞いた話が怖くてやろうとも思わなかったんだよなぁ。
そうなんや、メジャーやないんこの遊び、なんて言いながら歩いていく。
「「お釜かぶってちょっと来ておくれ」」
「「お釜底ぬけ行かれない」」
「「お布団かぶってちょっと来ておくれ」」
「「お布団ビリビリ行かれない」」
あ、略されてないやつだ。この歌詞、向こうじゃ滅多に聞かないんだよね。なんて思ってから、ふと疑問を持つ。白石くんが懐かしいな、と言った時、私達は彼女達を横目に通り過ぎた筈なのに、どうして『声が遠ざからない』の…?
サッと血の気が引いていくのが分かる。気のせいだと、そう思いたいのに。
「「あーの子がほーしい」」
「「あーの子じゃわからん」」
―――その声は、むしろドンドン近付いていて。
「……なぁ、声近なってへん?」
白石くんの声で我に返って顔を上げる。隣に立つ忍足くんの顔は引きつっていて、その奥の白石くんは眉間を寄せて、表情を強ばらせていて。少しだけ早足になる私達に、少女達の声はまだ着いてきて。
「「そーの子がほしい」」
「「そーの子じゃわからん」」
「っ、何やねんっ!」
「ダメ!!」
痺れを切らして振り返ろうとする忍足くんに叫ぶ。ビクリと肩を揺らして忍足くんが止まる。そんな忍足くんの腕を掴んで、私は歩みを止めずに進む。白石くんも私の声に驚いて目を丸くしつつ、直ぐに同じように着いてくる。
「止まっちゃダメ。見たらダメ。振り返ったらダメ。とにかく今は公園から、」
『きーーまった!』
出よう。そう言うより先に、無邪気な声が、まるで耳元で囁かれるように吐息を感じるような距離で聞こえて。全身が一気に鳥肌が立つのと同時に、反射的に私達は一斉に振り返る。随分と通り過ぎたはずの少女達が、ほんの2メートル程先にいて、空ろな目で私達を見上げて、そしてニヤリと笑った。
『白石くんがほーしい』
「なっ、」
『白石くんがほーしい』
『『ほしーいほしいホしイホシいホシイほーシイ』』
まるで壊れたテープレコーダーのように『欲しい』と連呼する少女達にゾッとする。ダメ、これは『ダメなヤツ』だ。息を飲んだ瞬間、彼女達がピタリと静かになる。そしてぎこちなく首を傾げた。
『『白石くん、チョーダイ』』
言うと同時に笑いながら飛びかかってくる彼女達に、咄嗟に手にしていた水をぶちまける。
『あ、ぅあぁぁあギャアァァァア!!!』
水は彼女達の顔にかかり、耳をつんざくような叫び声が響く。その叫び声で2人とも我に返ったのか一歩後ずさるのが見えた。
「っ走って!早く此処から出るの!!」
2人にそう叫んで腕を掴めば、息を呑む音がして直ぐに2人は私の腕を掴み直して踵を返して走り出した。足の速い忍足くんに引かれるままとにかく走って、公園を抜けて暫くした所で、徐々に減速していき、そして立ち止まる。幽霊部員で体育以外の運動なんてしない私は呼吸もままならないくらい息が切れてるのに、2人は息一つ乱してなくて化け物なんじゃないかと思った。それでも2人とも、顔は青ざめていて胸が痛くなる。
「何やねんアレ…!」
ズルズルとしゃがみ込む忍足くんが吐き捨てるように言う。それに対して白石くんが同じ様に座り込んでから、分からん、とだけ呟いた。
私の、せいだ。いるの知ってたのに。商店街にも行きたいとか何とか言って、無理にでも通らなきゃ良かったのに。私が、自分勝手な理由で2人をこんな目に合わせた。「2人に拒絶されたくない」なんて、あんなのに襲われるより、怖くないのに。
「―――さん、九十九さんっ!!」
両腕を抱き締めるように強く握る私の肩を、白石くんが揺らす。名前を呼ぶ声にビクリと肩を震わせて彼を見上げれば、真っ直ぐと私を見つめていて。
「九十九さん、さっきのが何なんか、知っとるんやろ?」
その言葉に唇を噛む。その答えは「イエス」だ。でも、そう答えてしまったら、2人はもう私に話し掛けてくれなくなるだろう。あんな風に、笑ってくれなくなる。でも、こんな事になったからもう遅いんだ。だから話さなくちゃと、そう思うのに。
(やっぱり、私に友達なんて、出来ないんだ…)
―――言葉が、出ない。
「九十九さん」
泣き出しそうな私に、白石くんはまだ青ざめた険しい表情で真っ直ぐ私を見据えて、でもその声はとても優しくて。
「俺も忍足くんも、何が何だか分からん。正直鳥肌立ちっぱやし、女の子の九十九さんに頼らなアカンとかメッチャ情けない。せやから、何か知っとんのなら教えてほしい。情けない野郎共で申し訳ないけど、分かる事だけでえぇから。頼む」
もっと責められるんだと思ってた。だって私が公園に入るのを渋っていたのに、彼は気付いていたから、だから前みたいに「お前のせいだ」と、責められるんだと思ってたのに。こんな風に、頼られるなんて思わなくて。
涙が零れる前に頬を両手でビンタする。大丈夫、大丈夫。例え2人に嫌われるのだとしても、絶対に守るから。そういう決意も込めて。
ゆっくりと目を開いて2人を見つめて、あのね、と口を開いた。
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