「行きたない理由でもあるん?」
そう聞けば、九十九さんの肩が大きく揺れるのが分かって後悔する。今のは俺の言い方が悪かったわ。有終の美には程遠いな。
「ううん、お家が商店街の方って言ってたから、不思議だっただけ」
「…なるほどな」
アカン、しかも気ぃ使わせてしもた。ニッコリ笑いつつ内心反省というかでモヤモヤする。そんな俺らのやり取りに気付いてるんか気付いてないんか分からんけど、忍足くんがさっきの話の続きをし始めるからそれに合わせて俺も話す。にしても、忍足くんはほんまよぅ喋るなぁ。比べて九十九さんはあんま話さへんけど、なんで仲良いんやろこの2人。まぁ『鉄壁の九十九』と呼ばれとった彼女を最初に笑かしたんが忍足くん、言う話やからなー。仲良くもなるか。
「そういや九十九さんちはどの辺なん?」
「あ、えっとね、お地蔵様の道を左に行った川の先!」
「なんや、俺もそっちの方やで」
そんな他愛無い話をしながら歩いていく。ふと、九十九さんが大事そうにペットボトルを抱えとんのが見えて、いつの間に出したんやろ、なんて思った。
「ちゅーかこの間のオサムちゃんのツッコミ講座、あれ全然ツッコミなってへんのやな!」
「先輩らのがオサムちゃんにえぇツッコミかましとったしなぁ」
「ツッコミ講座、ってお笑い同好会だったっけ?2人とも」
「「いや、テニス部」」
「なんでテニス部でツッコミ講座あるの」
ンンー、えぇツッコミやな。タイミング、スピード共に完璧や。若干、東京モンのノリがあるんが惜しいわぁ。
「「勝ーってうれしい花いーちもーんめー」」
なんて思っとったら随分懐かしい歌が聞こえて視線を送る。視線の先の広場で、女の子達が手を繋いで楽しそうに遊んどった。このテレビゲームのご時世に珍しいやっちゃ。横目に通り過ぎながらぽつりと呟く。
「懐かしいなぁ」
「俺やった事ないわ。白石やった事あるん?」
「小学校ん時、女子に誘われて皆でやったで」
「ほー。九十九さんは?」
「私もない、かな」
そう言って俯く彼女に、東京で何かあったんやろかなんて思う。悲しそうに、とか寂しそうに言うとったら、逆に俺は気にせんかったかもしらん。けど、あんまりにも自然に「宿題終わったー?」「んーまだかな」くらいのノリで、それが当たり前みたいに言うもんやから、少しだけ気になった。
「「隣のおーばさんちょっと来ておーくれ」」
「「鬼がこわくて行かれないー」」
そうなんや、メジャーやないんこの遊び、なんて言っとったら聞き覚えの無い歌詞が聞こえて耳を澄ます。
「「お釜かぶってちょっと来ておくれ」」
「「お釜底ぬけ行かれない」」
へー、こんな歌詞あるねんなーと思てから、何でこないハッキリと聞き取れるんやろと疑問を持つ。歌い出しの時には既にあの子達の横を通り過ぎたはずなのに、なんで、
「「お布団かぶってちょっと来ておくれ」」
「「お布団ビリビリ行かれない」」
なんで、目の前で歌われとるくらい鮮明に『聞こえるん』…?
ある一つの仮定が浮かんで、直ぐに首を振った。アカン、そんな非科学的な事ある訳無い。そう思いたいのに、声はむしろ近付いてきていて。
「……なぁ、声近なってへん?」
気付けば声に出しとった。迫る恐怖を紛らわしたかったんかもしれん。少しだけ、九十九さんが早足になるのに合わせるように、俺らも早足になる。声が近いなんて気のせいや。直ぐに聞こえなくなるやろ。せやないと、
「「そーの子がほしい」」
あの子らは、一体『何者』なんや。
ギリッと歯を食いしばれば、忍足くんが息を呑んだ音がして顔を上げる。
「「そーの子じゃわからん」」
「っ、何やねんっ!」
「ダメ!!」
振り返ろうとした忍足くんを止めるように九十九さんが怒鳴る。こんな大きな声出す彼女、初めて見たわ。立ち止まった忍足くんの手を引いて歩き続ける九十九さんに俺も着いていく。そんな俺をちらりと見てから九十九さんは話し出す。
「止まっちゃダメ。見たらダメ。振り返ったらダメ。とにかく今は公園から、」
『きーーまった!』
九十九さんの言葉を遮るように聞こえた声は、耳元で言われたみたいに吐息を感じるような距離でして。鳥肌が一気に立ち、勢い良く振り返ったんは3人同時で、その視線の先にはさっきの女の子達がいて、俺らを見上げてニヤリと笑てた。何で、全く遠ざかってへんのや。そう顔を引き攣らせると、1人が口を開く。
『白石くんがほーしい』
「なっ、」
『白石くんがほーしい』
『『ほしーいほしいホしイホシいホシイほーシイ』』
こんな小さな女の子にモテてもなぁ、なんて冗談言ってられへんくらい空ろな目をした彼女らは充分すぎるホラーなんに、まるで壊れたラジカセみたいに『欲しい』と連呼されたら、もう、最初の仮定が確信に変わる。アカン、あれは『幽霊』っちゅーやつや。息を飲んだ瞬間静かになった彼女達は、ぎこちなく首を傾げた。
『『白石くん、チョーダイ』』
言うと同時に笑いながら飛びかかってきた女の子らに、動く事も出来ずただ見つめていたら、目の前に九十九さんが現れて手に持っとった水をぶちまけた。
『あ、ぅあぁぁあギャアァァァア!!!』
「っ走って!早く此処から出るの!!」
それを浴びた女の子達の悲鳴で我に返り一歩後ずさると、九十九さんが叫びながら俺らの手を掴んだ。よう分からんけど、公園から早う出なアカンっちゅーのは分かった。せやから俺も忍足くんも、咄嗟に九十九さんの手を掴んで我武者羅に走り出した。ただ、我武者羅に、一番足の速い忍足くんに着いてとにかく走って、暫くして徐々に減速してから、ゆっくりと立ち止まる。
「何やねんアレ…!」
ズルズルと建物の壁に寄り掛かってしゃがみ込む忍足くんが吐き捨てるように言う。俺もゆっくりと座り込んで息を吐いた。
「―――分からん」
そうや、分からんのや。なんも、なーんも分からん。何やねん、何やねんほんま、なんなんアレは、一体なんなんや。そんなん俺かて知りたいわ。
こうして落ち着いたら、ドンドンさっきの恐怖だけが募っていく。あの子ら、俺が欲しいって言うとった。欲しいってなんなん?あのまま捕まっとったら、九十九さんが出てこんかったら。
(―――せや、九十九さんは何で動けたんや)
あんな突然の事で、俺も忍足くんも石みたいに動けへんかったのに。それに一体あのペットボトルの中身は何なん。どう見ても只の水やったのに、女の子達はあれを浴びたら物凄い形相で叫んどった。それに、公園に入ると分かってから九十九さんの様子はおかしかった。つまり、あの子らがおるって分かってたんちゃうか。大事そうにペットボトルを抱えとったのも、こうなる事が分かっとったからだとしたら。もしそうなら、こんななったんも全部九十九さんのせいなんちゃうか。九十九さんは全部知っとるんちゃうか。俺らが、俺が、こんな怖い思いしとるんに、彼女は。ギリッと歯を食いしばる。
「っ……!九十九さっ」
色んな思いがグッチャグチャなって、勢い良く掴みかかるくらいの勢いで顔を上げて、静止する。何も、言えんかった。言える訳なかった。俺らなんかよりもずっと青白い顔で、両腕を抱き締めて震える彼女を見たら、何も言えへんかった。
もし九十九さんに「公園を通りたくない」言われたら、俺らは通らへんかったか?「幽霊がいるから行きたくない」と言われとったら。
(変な奴って思うか、おもろい冗談やなって、本気にせんかったとちゃうんか)
だから言わへんかった。言えへんかった。何が起こってもいい様にあのペットボトルを抱き締めて、1人で全部抱えて。冷静になれば彼女の行動の意味もこんなに分かるのに、恐怖や怒りやら一時の感情で責めてまうとこやった。怖いのが自分だけ、視えてる九十九さんは怖ないだろう、なんて先入観だけで九十九さんを傷付けるとこやった。助けて、もろたんに。
(ホンマ、有終の美には程遠いわ)
さっきの恐怖で震える手の平を数度握り締めて、深く息を吸い込む。
「―――九十九さん、九十九さんっ!!」
彼女に向き直り、焦点の合ってない九十九さんの肩を掴む。肩を震わせて俺を見上げる彼女は、ただ呆然としていて。
「九十九さん、さっきのが何なんか、知っとるんやろ?」
唇を噛み締める彼女が今にも泣き出してしまいそうなんを、真っ直ぐと見つめる。もっと、もっと優しく言わな、彼女を追い詰めてまう。
「九十九さん」
もう一度、彼女の名前を呼ぶ。泣きそうで、でも俺から目を逸らさんといてくれる九十九さんに、俺はどれだけ酷い事を言おうとしたんやろう。
「俺も忍足くんも、何が何だか分からん。正直鳥肌立ちっぱやし、女の子の九十九さんに頼らなアカンとかメッチャ情けない。せやから、何か知っとんのなら教えてほしい。情けない野郎共で申し訳ないけど、分かる事だけでえぇから。頼む」
目を大きく見開いた彼女は、きっと俺が浴びせようとした言葉を言われてきたんやろ、と思た。九十九さんがどんな気持ちか考えもせず、罵声をただ浴びせた奴等がいたんやろか。せやったら、俺は…俺だけは彼女を信じよう。忍足くんが仮に彼女を責めたとしても、俺は味方でいよう。
(これから頼りっぱしになるんや。せやったら、どんな情けなくても最後まで九十九さんを信じるくらいは俺にも出来る)
パンッと小気味いい音と共に九十九さんは自分の両頬を叩いて、そんで真っ直ぐに俺らを見つめた。大丈夫や、もう大丈夫。もうあんな顔はさせへん。頭働かして言葉選んで、ちゃんと向き合うから。せやから、1人で抱えこまんで泣かんといてほしい。
―――あ、でも怖い思いして泣くのは俺にはどうにも出来ひんから、そこは堪忍やで九十九さん。
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