花いちもんめ3



あれからたこ焼き屋の屋台にある椅子に座り込んで、私達は空を只眺める。


「で、結局どないしたらええんやろな!」


と言う訳である。
ちなみに、意気込んで立ち上がり、此処に座るまでに(体感で)1分。座って3人で何を言うでもなくぼんやりと空を見上げていたのは5分だ。縁側の老人のように座っていた私達の和やかな空気を、先程のあっけらかんとした忍足くんの一言が打破してくれた。ありがとう、あと少しで本気で寝るとこだった。こんな恐ろしいところで寝ようとしてたとか、私図太くなったね。ハハッと渇いた笑いを漏らせば、白石くんも同じだったのか苦笑していた。


「ホンマ、脱出ーゆうても何も起きひんし、どないしよな」
「よくある展開みたいに直ぐ襲ってけぇへんしなー」
「それは、お水効いてるからだと思うけど…除霊するものではないから、この鏡の世界から出ないとまた来るかなぁ…」


ハァ、と溜め息を吐けば、白石くんが私の名前を呼ぶので顔を上げる。


「俺ら、こういうオカルトっちゅーんか?詳しないから色々質問してもえぇ?」
「こ、答えられる事、なら」


そう頷けば、少し考える仕草をしてから口を開く。


「此処が何処なんかは分からん。けど、あの歌のせいで捕まったっちゅー根拠はなんなん?」
「あぁ、えっと、歌とかって一種の儀式でね、うんと、何だっけ。従兄弟が分かりやすい例えしてたんだよな………あ!詠唱魔法みたいな!!」
「「分かりやすいわー」」


2人が同時に頷くのに、だよね、と返す。なっがいじいちゃんの話をその一言でまとめてくれた従兄弟に、私が「じいちゃんより分かりやすい!」って言ってじいちゃん泣かしたんだよね。懐かしいなぁ。なんて思ってたら、忍足くんが鞄からペットボトルを取り出して飲み出す。そういえば喉乾いたかも。怖くて冷や汗もかいたし走ったし。そう、喉に手を当てれば、それに気付いた忍足くんが飲むのを止めて蓋をすると、二パッと笑って私に差し出した。


「喉渇くよなぁ、水で良かったら飲んでぇな」


だからそういうのは好きな女の子にやってください。2人ともさ、ほんとにイケメンなんだっていうの早急に自覚してよ、お願いだから。それともコレは私が女扱いされてないだけなの?ねえ。
固まった私を忍足くんは不思議そうに見ていて、白石くんが心底呆れた様子で私達を見ていた。


「男の飲みかけ、渡されても困るやろ」
「あっ!あ、あーあーせやなっ、スマンホンマ俺なんも考えんと!」


あ、良かった。一応女の子としては見てくれてるみたい。顔を真っ赤にして慌てる忍足くんを見て、そんな事を思う。うーあーなんて唸りながら視線を逸らして、終いには先程の騒がしさが嘘みたいに静かになるから私まで赤くなる。そんな私達に苦笑しながら、白石くんが鞄の中を漁る。


「俺も飲みかけしかないわ、堪忍な九十九さん」
「あ、ううん大丈夫!」
「だー!!何でおっちゃんおらんねん!おったらたこ焼きも飲み物も手に入るんに!」
「いや、いたら怖いかな」
「それに今そこまで落ち着けへんわ」


冷静にツッコむ私達に、忍足くんも冷静になったのか少しあってから、せやな、と頷いた。この世界で出されたものとか食べたらあの世の人になっちゃいそう。なんかそんなの漫画で見たぞ。ふぅ、と空を仰げば、そういや、と忍足くんがぽつりと呟く。


「『花いちもんめ』だったんも何か意味あるん?」


私と同じように空を仰ぐ忍足くんの横顔を見てから、足元へと視線を落とす。関係あるのかは分からないけれど、知れる事は知りたいって白石くん言ってたし…。ちらりと様子を伺えば、2人が私を見ていて待っているのだと分かって、唇をキュッと結ぶ。


「……2人は『花いちもんめ』って、どういう意味か知ってる?」
「意味?」


首を傾げる忍足くんに小さく頷く。私の質問に、白石くんは口元に手を当てて考えてから口を開いた。


「一匁(いちもんめ)、っちゅーのは重さの単位で3.45グラムの事や。花いちもんめは、花をたった一匁で買えて嬉しい、たった一匁に負けられて悔しい、っちゅー売り手と買い手の歌とちゃうん?」
「…白石詳しいなぁ」


感嘆の声を上げる忍足くんに、植物にちょっと詳しいだけや、と彼は笑う。いや、私もまさかこんな詳しく返答くると思わなくて驚いたよ。きょとんとする私に白石くんは眉を下げた。


「何や違た?」
「あ、ううん。一般的にはそれで合ってるよ」
「一般的…ってそうじゃないんがあるんか?」
「…あの子達が歌ってた歌詞、覚えてる?」
「歌詞?」
「覚えとるで」


そう言って、白石くんが彼女達が歌っていた花いちもんめを口ずさむ。

勝ってうれしい花いちもんめ
負けてくやしい花いちもんめ
隣のおばさんちょっと来ておくれ
鬼がこわくて行かれない
お釜かぶってちょっと来ておくれ
お釜底抜け行かれない
お布団かぶってちょっと来ておくれ
お布団ビリビリ行かれない
あの子がほしい
あの子じゃわからん
この子がほしい
この子じゃわからん
相談しましょ
そうしましょ

そこまで歌って一息吐く白石くんに、私と忍足くんはおおー、と拍手を送る。それに対して彼は苦笑して頬を掻く。


「九十九さんまで止めてぇな」
「だって『覚えてる』って事は今日あの歌詞初めて聞いたんでしょ?一語一句覚えてるから凄いなって」
「そら、あんなハッキリ聞こえたら嫌でも覚えるわ」
「俺、ぜんっぜん覚えとらんわ」


ブンブンと手を横に振る忍足くんに今度は私も苦笑する。それもまた凄いと思うけど。それで、と白石くんが私に向き直る。


「この歌詞がどないしたん?」
「あ、えっと、もしねこの歌が白石くんが言うように花を買うって歌だとしたら、隣のおばさんが出てきたり、何で『あの子がほしい』なんて言い方するの、かな」
「……遊びにくいから?」
「もう流石すぎるよ忍足くん」
「?ありがとぉ」


うん褒めてない。フフフ、と笑って彼を見れば彼もはてなを飛ばしたままへらりと笑う。その横で白石くんが地面を見つめて呟いた。


「―――『花』って、『女の子』の事か」


横目に私を見て零す白石くんに、返事する代わりに目を伏せた。私がじいちゃんから聞いたのは、花いちもんめという『人買い』の歌だ。
少し間があって、忍足くんが、え、と声を漏らしてから何かが落ちる音が響いた。それが彼が持っていたペットボトルだと、視界の端に落としたであろうそれが見えて、慌てて屈み込んで拾おうとしたら、その手を掴まれる。驚いて顔を上げれば、忍足くんが物凄く真剣な顔で私の手を握りしめたまま見つめていた。


「それ、もっと詳しく教えてくれへん?」


そんな告白でもしそうな雰囲気出すのやめて下さい。脳内で、見つめあーうとーすなーおにー、なんて流れてきて、顔が見れなくて俯いてから、分かったので離してください、と声を絞り出す。うぅ、イケメンずるい。当の本人は、あスマン、とケロッとしてるから尚更悔しい。落ち着くために、胸に手を当てて深呼吸してから2人に向き直る。


「先ず『鬼』って言うのは人買いの事で、隣のおばさんが呼んでも怖くて行けないって言うのは、自分の子供まで狙われたら嫌だから行けないよ、って事なんだって」
「自分の子供?」
「うん。歌に『お釜底抜け』とか『お布団ビリビリ』ってあるでしょ?つまりそれだけ貧乏な家庭で、じいちゃんが言うには、そんな生活をしていたら子供1人で金をやる、なんて言われたら心が揺らぐから人買いに会いたくないんだって。自分達の生活が楽になる、って言うのもあるけど、今の生活を子供達にさせ続けるより買われて行った先のが良い生活出来るんじゃないか、って」


貧しい暮らしをこのままさせてでも一緒にいる事が幸せなのか、買われた先でご飯を食べられる方が幸せなのか。じいちゃんの話を聞いて母さんが「悩んじゃうわね」と寂しそうに笑ってたのを思い出す。


「それって、隣の家も……どこんちも貧しかった、ゆー事か?」


ぽつりと呟く忍足くんに、うん、と一言返す。しばらく沈黙が続いて、ゆっくりと私が口を開いて2人を見る。


「だからね、そもそも歌詞が少し違って、正しい歌詞は」
『勝ーってうれしい花いーちもーんめー』


私の言葉を遮って聞こえてきた声に、私も、目の前の2人の表情も強張る。やだ、ちょっと待って、まだ心の準備出来てないってば。ぎこちなく3人で声の方へと振り返り、その先でニコリと笑う女の子達に引き攣った笑みを返した。だから目が!光無いから!怖いから!!見つめ合ったまま、ゆっくりと立ち上がって一歩後ずさる。目は逸らさずに、私は鞄に手を突っ込み、多分手触り的にお塩だろうソレを握り締める。


『負けーてくやしい花いーちもーんめー』
「どないする九十九さん」
『隣のおーばさんちょっと来ておくれ』
「とりあえず、お地蔵様のとこ、行きたいな」
『鬼がこわくて行かれーないー』


歌いながら一歩づつ近付いてくる少女達から、同じ様に一歩づつ後ずさる。


「な、なな何で逆方向のお地蔵様なん?」
「……御利益、ありそうだから?」
「そんな理由、かい!!」
『アハ、ァハハハハハハハハハハハハハハハッ!!』


私にツッコミながら踵を返して走り出す忍足くんと同時に、女の子達が先程同様笑いながら飛びかかってくる。思わず悲鳴が漏れたけど、反射的に手にしていたモノを投げ付ける。ソレは予想通りお塩で、綺麗にぶち撒かれたソレを浴びた彼女達は、そりゃもう女の子かも怪しい叫び声を上げる。耳を塞ぎつつ忍足くんの後を追うように私も踵を返して走り出せば、白石くんに肩を叩かれた。


「九十九さん、命中率最っ高やなっ!」
「た、ぶん、火事場の馬鹿力!!」
「えぇから走るで白石、九十九!!」


女の子達の叫び声を背に、私達は鏡の世界を走り出した。



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