花いちもんめ5



白石くんからいただいた水をクッと飲んで一息つく。もう、2人の水を貰ってばっかだ。今度お返ししないと。
……此処から出られたら、だけど。


「だぁぁー!!なんでお地蔵さんとこ着かへんねん!!」
「それは、進む先々で女の子達がいたからかなぁ…」


絶賛、公園の中なうです。通学路まで出たまでは良かったけれど、お地蔵様へと向かう道中で手を繋いだあの女の子達が現れて、流石に三度目、といった感じで姿を見た瞬間に、回れ右123全力ダッシュで再び公園へと戻ってきた訳で。その後も忍足くんが別のルートを案内してくれたけど、その先にも彼女達がいたり、反転してるせいで道に迷ったりしていたら結局私達は未だ公園から出られずにいる。白石くんの言ってた通り、走って逃げれてるのが唯一の救いである。ていうか忍足くん、なんでそんなに抜け道知ってるの?公園から向こうの通りに行くだけで13パターンは道案内されたよ?こんな所通れるのかってずっと感動してたよ。


「九十九、ずっと走っとるけど平気か?」


あと、気付いたら呼び捨てになってるな、って思ったくらい。別に嫌な訳ではないけど、ちょっと不思議だなって。大丈夫と手を振れば、ほーか、とへらりと笑った。
忍足くんは、優しい。白石くんはハッキリと私を信じて頼ってくれたけど、忍足くんからはそういうの、何も聞いてなかったから。本当は少しだけ、忍足くんは私を良く思ってないんじゃないか、白石くんがああ言ってこんな状況だから仕方無く話してくれてるんじゃないか、って思ってた。でも白石くんより先に、私は悪くない、って言ってくれて。女の子達は怖いし早く帰りたいしこんなとこもう嫌なんだけど。すっごく不謹慎なんだけど。とても、嬉しくて。
お礼を言って白石くんにお水を返せば、再び歩き始めた。


「そいや九十九さん、花いちもんめの正しい歌詞、って何なん?」


鞄に水をしまいながら白石くんが問いかけてくるのに、そういえばそんな話をしてたな、なんて手を叩いて、ポケットの中のメモ帳とボールペンを取り出す。


「えっと、先ずね『一匁』じゃなくてお金の『一文』、『勝って』は売り買いの『買って』、『あの子じゃわからん』じゃなくて『あの子じゃ負からん』……あの子は居なくなると困るから負けられない、だと思ってね?」


一匁と一文、勝ってと買って、わからんと負からん、とメモに書いて2人に見せてから一息入れて歌い始める。

買って嬉しい花一文で
負けて悔しい花一文で
隣のおばさんちょっと来ておくれ
人買い怖くて行かれない
お釜かぶってちょっと来ておくれ
お釜底抜け行かれない
お布団かぶってちょっと来ておくれ
お布団ビリビリ行かれない
あの子がほしい
あの子じゃ負からん
この子がほしい
この子じゃ負からん
相談しましょ
そうしましょ

そう歌い切れば、両隣を歩いてた2人の顔が固まってるのが見えて苦笑する。これ、文字で見ると更に怖さが増すんだよね。なんてメモ帳を見ていたら、なぁ、と白石くんが口を開いたので視線を向ける。


「俺―――男やで」
「「今それ言う?」」


あ、忍足くんとハモった。今日はよくハモるなぁ。というか白石くんのツッコミどころもちょっとズレてるよね。いや、花が女の子とは言ったけども。


「あぁ、スマン。女の子が欲しいーゆう歌で、何で九十九さんやなくて男の俺なんやろなって思て」
「えぇっと、やってるのが女の子だから、とか?」


そう首を傾げれば2人が納得の声を上げる。もし本当にそんな理由ならあの子達面食いだけどね。いや、私が彼女達でもきっとイケメン選ぶけど。白石くんと忍足くんのどっちにしようかなーって、私なんか眼中にないだろうけど。


「あとは、一緒に居るなら一番綺麗な美人さんが良かった、とか」


へへ、と人差し指を立てれば、白石くんは少しきょとんとした後に、困ったような呆れたような表情で私の頭を軽く小突いた。


「綺麗、って女の子の九十九さんのが綺麗に決まっとるやろ」


だからそういうのは好きな女の子に以下略。分かったら返事、と腰に手を当てて言う白石くんに私は無言でブンブン頷いた。ずるいよ、期待する女の子いっぱいいるよこれ。しかも私、先ずそもそも対人関係に慣れてないんだからね。横で忍足くんが、タラシ、とぼやくのにも思い切り頷く。でも音的にメモ取ってる気がするんだ。


「そいや九十九、あの女の子達が人買いに買われてった、っちゅー可能性ってあるん?」
「えっ、どう…だろ」
「女の子が売られる言うたら、大体遊郭とかそれこそ花売るためやろ。あんな幼い時に死んどる訳……て、そんな顔で見んといて2人共」


だってサラリと遊郭とか言ったよ白石くん。ジトリと私と忍足くんが見ていればヒラヒラと手を振りながら、あの歳で春売るんはそういう趣味のとこに買われないと無理やろー、とか更に爆弾落としていきましたよこの人。イケメン怖い。思わず顔をしかめた私の横で忍足くんが、でも、と漏らす。


「遊郭に売られた訳ちゃう、子供の時に亡くなっとるって、一体何の為に売られたんやろ…」
「…………臓器?」
「臓器かぁぁ」
「一文なんて時代に臓器移植なんて高等技術ないやろー」


私と忍足くんが頭を抱えれば、白石くんに超冷静にツッコまれた。分かんないよ、今時の子っぽかったから本当に闇で売られて臓器の為に…って事かもしれないじゃん!あ、自分で言ってて心痛くなってきた。しゃがみ込んだまま2人で白石くんをジトリと見れば、はよ行かんとまた来るで、と先を行ってしまった。忍足くんと顔を見合わせてから、私達も立ち上がって後を追う。


「で、ホントのとこ九十九さんはどう思ってん?」


追い付いた私をチラリと見て問う白石くんに私は空を仰ぐ。どう、って女の子達が一文で買われた子かどうか、だよね。確証はないから何とも言えないけど、花いちもんめを歌ってた理由を考えると、一文では無かったにしろ売られた子ではある、気がする。歌を選ぶのは何かしら理由がある、ってじいちゃんが言ってたし。単純に誰かを連れて行きたいから、って事かもしれないけど。言い淀んでいると忍足くんに肩を叩かれる。


「何や悩ませてもうたら堪忍な!此処出るヒントになるかなー思ただけなん」
「あ、ううん大丈夫!」


ブンと手を振れば、ありがとぉ、と彼は笑った。あ、今ちょっとだけ、忍足くんが、ありがとうでいい、って言った理由、分かった気がする。「堪忍」より「ありがとぉ」のが嬉しかったから。2人と話してると色んな気持ちで胸がいっぱいになる。くすぐったいような、泣きたくなるような、色んな感情でいっぱいになる事が何だか嬉しくて。2人の間を歩きながらそんな事を考えて笑みを零す。何笑っとん、なんて白石くんの声がして顔を上げて、目を見開く。


「どないしたん九十九さん」


そう首を捻る白石くんの少し後ろに、3人の女の子が空ろな目で立っていて、目が合うと同時にニィッと歪んだ唇がゆっくりと動いた。

白 石 く ん ちょ ー だ い

ぞわりと背中を這うような感覚に怯む。


「白石っ!!」


刹那、一気に距離を詰めてきた少女達に、私よりも先に忍足くんが白石くんの手を引いて彼女達の間に入る。その距離はもう少しで捕まってしまう程に近くて。鞄の中身を出すのも、間に合わない。ダメ、と叫ぼうとした私の声は、バチン、という大きな音で遮られた。


「忍足、くん…?」


ぽつりと呟く白石くんの声。目を丸くする私。右手を振り切っている忍足くん。その目の前には、左頬を少し赤くした先頭の女の子と、両脇で私と同じくらい呆然とする女の子2人。少しあって、忍足くんが自分の右手をゆっくりと見つめる。


「女の子ビンタしてもうたー!!」


右手を見て叫ぶ忍足くんに思わず苦笑いする。幽霊殴ったーとかじゃないとこが忍足くんらしいし、何より散々逃げ回ってた相手をビンタって。咄嗟の行動って凄いよね。じゃなくて。女の子達は、と慌てて視線を移せばビンタされた子が呆然としていたと思ったら、唇をキュッと結んだ。あれ、これはもしかして。


「あぁぁゴメンな!兄ちゃんが悪かったから泣かんといて!」


あぁ、やっぱり泣いちゃった。唇をキツく結んだままボロボロと泣き出して、終いには顔を両手で覆ってしまった。オロオロする忍足くんと大丈夫?と心配する両隣の女の子達に、私と白石くんは目を見合わせた。めちゃくちゃ普通の女の子なんだけど。ていうか忍足くん、襲ってきた相手に謝ってるし、お水とお塩の時は泣かなかったのにビンタで泣くって、ああもうどうしようどこからツッコもう。すると、すんすん泣いてた女の子が、ピタリと動きを止めてすっと顔を上げた。


『2人とも、じゃま』


さっきまでの少女らしさどこいったの。生気のない顔で私と忍足くんを見上げた彼女に、ヒュッと息を呑んで手を突っ込んでた鞄の中から御札を一枚取り出して叩きつけた。


『ぁ、う゛ぁぁぁぁぁあ゛!!』
「逃、げるでぇ!!」


ジュウ、と肉の焼けるような音がして、顔をしかめた私の腕を忍足くんが掴んで走り出す。ちょ、方向転換上手く出来、て、速、速いからっ!もたつく足を必死に動かして走り続ける。後ろを確認しながら走る白石くんが、来てへんで、と呟くと忍足くんが減速していくので私もゆっくりと減速する。


「…………ゴッツ怖いわ!!」
「俺は迷わずビンタした忍足くんのが怖いわ」


くわっと叫ぶ忍足くんに白石くんが冷静にツッコみ、私は静かに頷く。しかも謝っちゃうんだからホント良い人だよね。ってそうじゃなくて。
鞄の中を漁って御守りを取り出すと忍足くんに差し出す。


「忍足くん、コレ持ってて。お塩やお水ほど効果は無いけど、怯ませるくらいなら出来るから」


そう言えば、彼は私と御守りを交互に見る。


「俺より白石が持っとった方がえぇんとちゃう?狙われとるんコイツやし」


親指で白石くんを指す忍足くんに躊躇する。さっきまでは私もそう思ってたけど、逃げ去る時のアレが見間違いで無ければ、絶対忍足くんが持ってた方がいいから。御守りをグッと握り締めてから、忍足くんの胸元へと押し付ける。


「う、お、どないしたん九十九」
「去り際にね、あの子が『殺してやる』って言ってたの。声は、聞こえなかったけど、確かに言ってたの。だから」


忍足くんが持ってて。
俯いて、小さな声で呟けば2人が息を呑む音がした。確かに、彼女の唇はそう紡いでいたのだ。御札のせいで痛むであろう額を抑えながら『殺してやる』とその口を動かしていたのだ。それが私なのか忍足くんなのかが定かではないから。キュッと俯いたまま唇を結べば、勢い良く(多分)忍足くんが御守りを私の手ごと握り締めた。ちょっとドキッとしたとかそんな事ないもん、もう抵抗力ついたんだから。なんて思いつつ顔を上げると、白石くんが心配そうに私を見つめる。


「それ、九十九さんも危ないんとちゃう?」
「私、は…御札が、あるし、大丈夫」
「せや、殺してやるー言うんが俺か九十九に対してやったら、欲しい言われとる白石は殺される事はないっちゅー事か!?」
「うんと…、一思いに殺されるか、あの子達と同じになるか、ってくらいの違い、かな」
「絶望的やんなぁ」


鼻で笑う白石くんの表情に余裕は無くて、心の中で何度も謝る。私が意地でも公園に行かなかったら、忍足くんと白石くんだけだったならきっと、こんな事にはならなかったのに。


「九十九」


不意に名前を呼ばれて我に返れば、超デコピンする気満々の体勢の忍足くんがいて、思わずヒッと悲鳴を上げて額を両手で隠した。


「また『自分のせい』とか思ってんやったらもっぺんやるからな」


ムスッとしながら手を下ろす忍足くんを、額を押さえたままぼんやり見上げる。そんな私の肩を白石くんが叩いて横目に見れば、彼は眉を下げて笑っていて泣くかと思った。
忍足くんも、白石くんも、本当に優しい。涙が零れないように下を向いて、えへへ、なんて笑いながら、ありがとう、と呟けば、2人に思い切り頭を撫でられた。


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