昨日家に着くや否やわんわん泣き出した私に、母さんは「お水効いたのねー私凄い!」なんて自画自賛してるし、父さんは「怖かったなぁぁ父さんが送り迎えしてやるから安心しろなぁぁぁ!!」と骨折れるって勢いで抱き締めてくるしで、この人達私の話聞く気ねぇななんて思った。別に帰ってきて泣いたのは怖くてじゃないし、どちらかと言えば初めて出来た友達が、もう友達じゃなくなってしまった事が悲しくて泣いてしまっただけで。ただ、御札が大分無くなったからと電話したら散々説教してきたじいちゃんが、最後にぽつりと「友達なんか直ぐ出来る」なんて言うから、一度止まった涙がまた溢れてきて、絶賛腫れぼったい目で登校なうです。じいちゃんたまに優しいからずるい。特にこういう時はほんとに。
しかしテンションが低いのは、こんな泣き腫らした不細工顔で学校に行きたくない!という訳ではなく、忍足くんと白石くんに会いたくないからで。
「……名前、呼んでくれてたなぁ…」
溜め息と共に零れた声は、誰かに届くでもなく宙に消えた。何も言わずに逃げ出した私を呼んでた。でも振り向く事も、立ち止まる事も出来なかった。小学校の時みたいに、アレが囁いてたから。右手を握り締めて、校門の前で立ち尽くす。
「おはよーさんっ!」
「っ〜…!!」
バンッと突然背中を叩かれ、それがまた滅茶苦茶痛くて身悶えてしゃがみ込む。
「あぁぁ堪忍!男子と同じノリでやってもうた!」
「何しとんねん自分」
降ってくる声は、まさに今し方会いたくないと思っていた人達のもので。ゆっくりと顔を上げれば、あたふたと慌てる忍足くんに、呆れたように笑ってる白石くんがいて目を見開く。
私、逃げ出したのにどうして?アレが囁いていたのにどうして?どうして変わらずに接してくれるの…?
「そ、そんな痛かってん…?」
「あ、や……違く、て」
「ほんならどないしたん九十九さん。昨日も先帰ってまうし心配したで」
首を傾げる白石くんを見上げて、言葉に詰まる。アレは確かに『私のせいだ』と囁いていたのに、2人には聞こえていなかったのだろうか。―――ううん、そんな事ない。
『コイツのセイでいたかった』
『コイツのセイでこわかった』
今だって、アレが2人に囁いてるから。昨日は私が直ぐ逃げ出したから、だからきっと今2人は我慢してるんだ。本当は私を責めたいのに、優しいから、きっと。ギュッと拳を握り締める。
「……無理、しなくていいよ」
「「は?」」
「ほんとは一緒にいたくないなって、って思ってる、でしょ?だって、私のせいであんな事、あったし…。私は一人とか、その、慣れてるから、別に平気だよ」
大丈夫、声が震えずに言えた。2人に、小学校の時みたいな事言われる前に距離を置こう。顔を見ずに立ち上がって、校内に向かおうとした所で腕を掴まれて振り返る。視線の先で白石くんが真顔で私の腕を掴んでいて、彼はそのまま忍足くんに視線を移す。
「忍足くん」
「おう」
白石くんが名前を呼んだだけなのに忍足くんには伝わったらしい。白石くんの代わりに私の腕を掴んでグイっと伸ばされた。訳も分からず伸ばされた私の右腕をただ眺めていたら、突然勢い良く何かが降ってきたと同時に、バチンと良い音と強烈な痛みが襲ってきて思わず叫んだ。白石くんにしっぺされたのだと気付いた時には、周りの生徒はお見事!とか良い音やなぁなんて拍手してるし、そこ拍手するとこじゃない、なんて思いながら涙ぐみつつ身悶えて抗議しようと顔を上げて静止する。
「九十九さんのせいちゃうて、俺も忍足くんも何遍も言っとるやろ」
怒っているのだと、目に見えて分かって目を丸くする。2人の肩にいるアレらが、キィキィと騒いで地団駄を踏んでいて。
『ナンデ』
『ナンデキライにならない』
アレにも、2人の行動は不思議なんだ。囁いてるのに、私の事を嫌いにならない事が。なんて思っていたら、2人の知り合いなのか、おはよーさん、と誰かが肩を叩いていって、その拍子に落ちたのかアレらは居なくなっていた。忍足くんも白石くんも特に気にもせず、その友達に挨拶を返してから再び私に向き直る。
「俺ら友達なんやろ?それに怖い思いは九十九もしとるやん。何で無理して一緒におるなんて思うんっちゅー話やで」
「それとも、俺らとたこ焼き食いたいって言ったん、嘘やったん?」
「……嘘じゃ、ない」
ぽつりと呟けば、2人がニッと笑った。
「「それなら問題ないやん」」
その言葉に、胸の奥がぐわっと熱くなって、校門の前でわんわん泣き出してしまった。そしたら何でか忍足くんまで泣き出して、2人で名前を呼んで泣いてたら白石くんは、何で2人で泣いとん、なんて地面叩いて大爆笑だしで、暫く四天宝寺で私達は有名になった。
2人と友達になれて、2人に会えて良かった。自分の事を信じてもらえて嬉しい。そんな風に思った事を物凄く後悔する事になるのだけど。
あれ以来『その手の事』になると2人が私を頼るようになった。2年になりまた謙也と同じクラスになり、互いに名前で呼び合うようになった頃、クラス行事で肝試しをする事になって、男女でペア組んでーと委員長が言った瞬間に私の手を取って「俺、壱加以外とは絶対組まへん!」なんて声高らかに言うもんだからクラスメートに付き合ってると思われるわ、肝試し当日は暗い夜道を私の腕にガッシリ捕まってて、
『グォアァァア!!!』
「「ギャーーー!!!」」
「壱加ー!壱加やったれー!」
「やだやだやだ無理無理ムリムリ!!」
「コイツら成仏させてやれるん自分だけやぞ!?」
「知らないよ世の中にはプロがいるんですそっちのがちゃんと成仏出来るから、ていうか私のいないとこで勝手に成仏して下さい!!」
「メッチャ本音漏れとる!!」
「……自分ら、クラスメートの顔くらい覚えときぃや…」
なんて、脅かし役のクラスメートにドン引きされた事もあったし、ある時なんて白石が私のとこやってきて、
「なぁ九十九、ちょっと聞きたい事あんねんけど」
「ストップ。商店街外れの文具屋とか行った?」
「おん、クラスの女子がどうしてもそこにしかないのあるから言うて一緒に行ったけど、やっぱおる?」
「おる?じゃねぇよ。いるの分かってて何で私の所に来るんだよ」
「口悪なったなぁ。お祓いしてもらお思て」
「誰かさんのせいですけどね。だから出来ないって何回言ったら分かるの?バカなの?」
「ちゅーか薄ら寒いねんけど何が憑いとるん?」
「男の人。今もめっちゃ睨んでる。女の子とあそこ行くとか馬鹿だろ、あ、貴方じゃないです馬鹿はこの浮かれポンチですよー」
なんて白石の右肩にいる男性を視ていたら、白石が突然私の肩を抱いてきて、私が視てた方を向いてニッコリ笑う。
「この子、自分の事好きなんやて」
「だから何でそういう事してくれるかな怖いんだって言ってんじゃんコレで何度目だよ馬鹿じゃないのバーカ!!」
「せやかて九十九しか頼れる人おらへんし」
「そういうのいくない!ずるい!だから私お前の顔好きだって言ってんじゃんか!!」
「そらおおきに」
とまぁニコニコ笑ってる白石の横で半泣きになりながら除霊したりとか、そりゃもう迷惑ばっかりで。
―――でも、あの時一緒にいたのが2人で良かったと心から思う。じゃなかったら私は今、こんな風に笑ったり怒ったり泣いたり、悪態ついて誰かと話したりなんて出来なかっただろうから。
「財前の奴、もうおらへんかったわ…俺が行くん分かってたんちゃうか」
声がしてハッと我に返ると、謙也が眉間を寄せて帰って来ていた。そんな長い間ぼんやりして……待って、まだ5分しか経ってないよ?お前ほんとにかまいたちとかじゃないの。教室の時計を見つめて呆然としていたら、ぽんと白石に肩を叩かれる。
「久々に3人で帰らへん?」
「おっ!ほなたこ焼き買おてからお地蔵様んとこ行こうや!」
へらりと笑う白石の後ろで、謙也がパッと明るい調子で言う。…また、ほんとにタイミング良いよなぁ。心でも読めるのお前ら。小さく息吐いてから鞄を肩にかける。
「よーし!白石の奢りねっ!」
「何やそら。まぁ別にえぇけど」
そう言って扉へと歩き出す2人の後を追うように着いていくと、突然2人が振り返る。
「九十九」
「壱加!」
「―――…なに?」
「「ほな行こか!」」
あの頃と変わらない笑顔で私を呼ぶ2人に、思わず笑みを零す。
―――この笑顔に、本当に感謝しきれないくらい救われたから。
2人の間に駆け寄ってわざと2人の肩にぶつかれば、うお、なんて声を洩らした。
「ありがとね」
「…何や急に」
「明日は雨かもなぁ」
軽口を叩く2人に笑って歩き出した。
ほんとに傍迷惑で五月蝿くて面倒事しか持ってこないけど、今の私があるのは2人のおかげだから、心から思う。
(本当に、ありがとう)
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