「むっ…ちゃデカイやんなー!!」
「いつ見てもホンマデカイなぁ此処は」
目をキラキラ輝かせる金ちゃんの横で、呆れたように白石が笑う。遠征先って氷帝だったのか。関東でテニス強いとこだとは聞いていたけども、わざわざ大阪のテニス部とも練習試合とかするんだ。
「今日から3日間、九十九には先生のサポートとマネージャーとしての仕事してもらうでー」
「え!?ちょ、先生待った!私、3日間とか聞いてなっ」
「壱加ちゃん、見てくれへんの…?」
「見るよー、金ちゃんの勇姿しっかり見るよー」
「九十九は金太郎に甘いなぁ」
ハッハッと笑う渡邊先生に若干殺意が湧いたけど、ニコニコ笑って金ちゃんの頭を撫でる。3日間も一緒とか学校と変わんないじゃん…私の休日…。
「こんな所で何してんだよ」
強い奴といっぱい戦うんやー、なんて私の手をブンブンしながら金ちゃんが騒いでいると、不意に声がして全員でそっちを見る。其処には水色のユニフォームを着た真ん中分けのポニーテールの男が気だるげに立っていた。
「宍戸くん!今から向かうとこやったん、3日間よろしゅう」
白石が彼に数歩近付き手を差し出すのを、見向きもしないでそいつは私の前へとやってくる。そして目の前で立ち止まると眉間を寄せた。
「お前、何しに来たんだよ」
「あーと、私服やし榊さんに話はしとらんけどこの子ウチの臨時マネージャーで」
「別に私が何処に行こうと私の勝手でしょ?」
「うん先生がフォローしとるんに何で喧嘩腰なん壱加ちゃーん」
睨み付けるコイツに同じ様に睨み返すと、渡邊先生の軽い声が聞こえる。壱加ちゃんが荒れとる、無理矢理連れてきたから、なんて小春ちゃんと小石川くんの会話も聞こえるけど、別に私荒れてないんだけどな。
「宍戸くん堪忍な、コイツちょっと、」
「何でコッチにいんだよ壱加」
「「「え」」」
「じいちゃんちに行くとこでコイツらに捕まったの。久し振り亮」
「……知り合いなん?」
「「従兄弟」」
2人で同時に言えば、白石を筆頭に何人からか、はよ言えや…と溜息を吐かれた。それは最初に絡んできた亮に言ってくれ。
そう、この目つきの悪いポニテ男は同い年の従兄弟で、私の父さんと亮のお母さんが兄妹なので、ガッツリじいちゃんの血筋である。私と違ってその辺の浮遊霊なら埃と同じノリで祓っちゃうし、怖がる私を置いてスタスタ行っちゃうくらい幽霊をシカトするのが得意と言う、何とも嫌味な従兄弟だ。いや、私もやろうと思えば祓ったりする力はあるらしいんだけどね。怖い。それから余談だけど、私と亮の仲は悪くない。
「それで、亮は何しに校門へ?」
「Youは何しに日本へ?と同じノリで言うなよ。そろそろお前らが着く頃だから迎えに行けって言われたんだよ」
「あの番組おもろいよなぁ、此処広いから助かるわホンマありがとな宍戸くん」
しっかり拾った上で会話もするところがホント四天宝寺の凄いところだよね。亮は亮で特に気にするでもなく、行くぞ、なんて校内へと入っていく。一応顧問の先生もいるんだけどこの態度でいいのか?なんて思ったけど、「入学金なんぼやろなぁがっぽがっぽ稼いどるんちゃうー」とかほざいてるような人だからまぁいっか。キョロキョロと校内を見ながら亮の後ろを付いて行く。
「今から案内すんのは俺達レギュラーが使ってる部室で、その後コートまで移動する。まぁ、それは跡部がやんだろ」
「ほんなら今回はレギュラー全員と試合させてもらえるんやな」
「3日もあるからそうだろうな」
「え、練習試合なのにレギュラーと試合しないとかあるの?」
「ウチは部員が200人超えだからな。全国大会前に手の内明かすのも馬鹿らしいしやらねぇ時もあんだよ」
何だそれ。ていうか200人て、200人って何。うわぁマンモス校怖い。で、その中で亮はレギュラーだって前に言ってたから、ホントにテニス好きなんだよねぇ…。先ず全国大会って、まだ都大会前とかのはずなのに目標が高いもんな。
「遅ぇぞ何してやがる」
雑談しながら歩いていれば、凛と通る声がして其方を見る。
「随分待たせるじゃねーの、アーン?」
何かめっちゃキラッキラした俺様イケメンが階段の上にいるんですけど。花とか舞ってそう、バックに。いつもの通り、壱加さん顔、と光くんにツッコまれつつ俺様系イケメンを見上げていたら、俺様系イケメンが颯爽と階段を降りてきて私達の前までやってきた。
「跡部くん、今回は3日間よろしゅう」
「あぁ。間違ってもつまらねぇ試合なんて俺様にさせんじゃねぇぞ白石」
ワォ、ほんとに俺様だぁい。呆然とする私に、跡部財閥の御曹司なんやで、と小春ちゃんが耳打ちしてくれた。だからこれか。いつだかに過激なファンクラブ、なんて言ったら小石川くんと小春ちゃんが苦笑してたけど、この人ならいそうだ、過激なファンクラブ。ハハッと苦笑していたら不意に視線が合って思わず首を傾げる。
「そっちはマネージャーか?」
「あぁ、急遽来てもろてん。仕事殆ど分からへんから教えてくれる人おると助かんねんけど…」
眉を下げる白石の横で、九十九壱加です、と頭を下げればスッと手を出してくれた。あ、俺様だけど紳士だ紳士!
「仕事はウチのマネージャーに聞けばいい。……今はいねぇがな」
舌打ちする跡部くんに目を丸くする。遅刻、とかかな。訳あってとかではないよね。舌打ちするくらいだし。握手してから踵を返して歩き出す跡部くんの後を追う。何だか跡部くんと白石が今後の流れとか話していて、そんなにテニスに詳しくないのでぼんやりと校内を眺める。引っ越さなかったら此処に通う予定だったんだよね。広すぎて絶対1年生で迷子出るって。
「今日は、変なの連れてこなかったんだな」
一番後ろを歩いていた私の横にふと現れて、ぽつりと亮が呟く。変なの、って多分ていうか絶対幽霊の事だろうけど。前を行く皆を見てから、亮へと視線を移す。
「最近変なのに捕まんないんだー」
「あ?じゃあ何でじいさんとこ行くんだよ」
「色々あって御札無くなっちゃったからさ」
「あー…まぁ、捕まんなくても備え合って損はしねぇしな」
頭を掻いてため息を吐く隣の従兄弟に思わず目を丸くする。珍しい。前だったら「んなもんに頼ってっから虐められんだよ」とか「捕まんねーのに無くなるまで札使ったとか馬鹿じゃねぇの激ダサ」とか言ってそうなのに。そんで不貞腐れる私に呆れて笑うような、そんな奴だったのに。
「……なんか亮、丸くなったね」
「は?丸くって何だよ」
「じゃあ、柔らかく、かな」
「…何だそりゃ」
ハハッなんて呆れて笑う顔は前と変わらなくて、私も同じように笑った。
―――…
「此処が部室だ。そっちのレギュラーだけなら余裕で使えるだろ」
そうこうしてる内に連れてこられたのは何処かのジムでした。ねぇ待って、四天の部室と比べちゃダメなのは分かってるけど、プロジェクターとかパソコンとかあるよ?え、コレきっと跡部くんの力でしょ?やだ金持ち怖い。
「行きたい場所…今だとトイレくらいか?行く時はウチの部員に声を掛けていけ。別に俺でもいい。迷わず戻って来れる奴のが稀だからな」
「「「どないやねん」」」
「千歳さんとか紐付けなあかんとちゃいます?一生帰ってけぇへんですよ」
「財前は酷かねぇ」
「天然の迷路なんやなー!!」
いつも通り過ぎる皆に苦笑しつつ、跡部くんは良い人だなぁなんて思う。道が分かんなくて困るだろうからって気を使ってくれるなんて、口調に似合わずほんと紳士だなぁ。
―――なんて思ってたのが20分前の私。そして今。
「もう…此処、何処なんだろう…」
絶賛迷子なうです。だって思わないじゃん!まさかちょっとトイレに行ったら、一本道間違えただけでテニスのテの字も見つからないとか、学校の中で、しかもグラウンド?校庭?の方だけでそんな超現象起こると思わないじゃん!女子トイレに行きたいとか見知らぬ学校の男の子に言えないもん!最初トイレは簡単に見つかったから、余裕ぶっこいてたのにもうやだ。うぅ、と頭を抱えていると聞き覚えのある声が何処からかして顔を上げる。
「壱加ちゃぁぁん!」
「小春ちゃん…!」
ぶわっと涙を流せば、駆け足でこっちに来る小春ちゃんが微笑む。
「1人でふらっと居なくなったからきっとトイレやろなー思て、間違えやすい道の中から確率の高いところに来てみたんやけど、ホンマにおって良かったわぁ」
マジ女神。もう何でそんな素敵なの大好き。泣いて声に出せない分、ぎゅっと抱き付けば頭をよしよしと撫でてくれた。好き。ほな戻ろか、と私の手を握る小春ちゃんに小さく頷いて歩き出す。マネージャーさんがいてくれたらこんな事にならなかったのに、なんて思ってたけど女神が来てくれたからむしろありがとう。まだ見ぬマネージャーさんに心の中でお礼を言っていたら、小春ちゃんが急に立ち止まる。
「どうしたの小春ちゃん」
「あかん…!くらりんが女の子達に捕まっとる…!」
あわわ、と震える小春ちゃんの視線の先を追えば、白石が沢山の女の子に囲まれていた。制服、氷帝の子だけじゃないっぽいけど、え、何アレ、もしかして跡部くん見に来た子達だったりするの?「跡部くんの応援来たら対戦相手も格好良いじゃん仲良くなりたーい!」的なアレなの?
「お名前何て言うんですかぁ?」
「いや、ちょお急いどるから今は堪忍、」
「きゃあ!生の大阪弁だカッコイイー!」
「身長高いですよねー!手とかもキレー!!」
(多分)ビンゴ。そうねコイツ顔だけはイケメンだもんね。真顔で見つめてたら、小春ちゃんが女の子の群れの中へと駆け出すので慌てて引き留める。
「ちょちょ、小春ちゃんっ!危ないって!」
「くらりんはなっ、逆ナンしてくる女の子が苦手なんよ!せやから、ここはウチが助けてあげへんと!」
「……常日頃モテたいって言ってる癖に?」
「それは男のサガやで壱加ちゃん」
モテたいけど逆ナンは嫌って、お前それ我が儘かよ。つまり逆ナンしてくるような女の子にモテたい訳じゃないって事でしょ?モテるのに何言ってんだコイツって思ってたけど、「自分好みの女の子にモテたい」とかちょっと謙也に謝ってこいよマジで。
「とにかく!このままじゃ練習もままならへんしウチ行くわ!」
「あっ待って小春ちゃん!」
私の静止も振り切って白石達の方へ駆け出していく小春ちゃんは、女の子達の所へ近付き、声を発する暇も無くコントのように吹っ飛んだ。
「小春ちゃぁぁぁぁん!!」
「な、なんちゅー鉄壁…言葉を発する暇すら与えてくれへんかったわ…」
乙女座りで倒れ込んだ小春ちゃんの傍に駆け寄り座り込む。ビックリした、スローモーションで「あ……あ……あ……(エコー)」みたいに人って吹っ飛ぶんだね。ビックリし過ぎてめっちゃ大袈裟に叫んじゃったよ。とりあえず小春ちゃんに怪我は無いみたいで良かった。ほっと一息ついてから白石と女の子達を見上げる。押せ押せな彼女達に困り顔の白石を見て、ざまぁみろゲフンゲフン、どうしようかななんて考える。いやほんとに練習に支障出そうだし。いやほんとだよ?
「大丈夫ですか?」
不意に後ろから声がして振り返ると、不思議そうに首を傾げる見知らぬ人がいた。Tシャツに長ズボンを捲し上げているその人は、私と小春ちゃんの傍まで来るとしゃがみ込んで、もう一度、大丈夫?と問い掛ける。ズボンと腰に巻いているジャージは、さっき亮や跡部くんが着てたものと一緒だから、氷帝のテニス部の人かな、と思いながら頷く。小柄な人だけど選手なんだろうか。あ、でも金ちゃんも1年生で小柄だけどレギュラーだもんね。この人は随分女顔だけど。気にしてたらごめんなさい。
「アレ、知り合い?」
ぼんやり見つめていたら、その人は私達から視線を逸らして顔を上げる。アレ、って。視線の先を追えば、其処にはさっき私が見上げていた女の子達と白石がいて、思わず彼をガン見した。この人、白石の事「アレ」扱いした。やばいカッコイイ。
「ウチの部長なんよぉ。このままやと練習始まってまうん」
アレ発言を小春ちゃんがスルーして、どないしよーなんて言っていて、小春ちゃんもスルースキルハンパねぇ、なんて拳を握る。それに対して彼は、ジッと白石達を見つめてから面倒臭そうに立ち上がる。
「ねえ!」
数歩近付いてから息を吸い込んでその人が発した声は、その場にいた全員が振り返るほど綺麗に響いた。
「四天宝寺の部長さん?」
「お、おん」
頷く白石に小さく息を吐いて、彼は女の子達の中へと進んでいく。それを見て女の子達が顔をしかめる。
「ねぇ、今私達が彼と話して、」
「跡部が」
女の子の言葉を遮ってそう強調すると、ざわついていたのが嘘みたいにピタリと静かになる。それを横目に見てから再び白石に視線を移すと、呼んでる、と付け足すように呟いた。少しあってから呆然としていた白石が我に返ったのか女の子達に、堪忍、と頭を下げれば渋々といった様子で彼女達は彼と私達の横を通り過ぎて去っていく。去り際にめっちゃ彼を睨み付けてるけど。怖い怖い怖い。
「鶴の一声!って、感じやねぇ…」
しばらくして小春ちゃんがぽつりと呟けば、彼は此方を振り返り呆れ顔で肩を竦めた。
「此処に来てる女の子達、跡部が、って言えば大抵言う事聞くよ」
「跡部くんってマホトーンかなんかなの」
「沈黙、はさっきだけちゃうん?」
私の言葉に、彼の後ろから白石が苦笑しながらツッコミ付きでやってきた。お前ド〇クエ詳しいよなほんと。なんて見ていたら彼は、じゃあ、と踵を返す。
「あ、ホンマにありがとぉ!」
「…別に、2人が困ってたから貴方のためじゃないんで」
そう、ヒラヒラ手を振って去っていく後ろ姿を3人で見送る。
「あ、名前聞いてない」
「レギュラーやないわね。顔はタイプやないけど…ちょっとキュンってしたわ」
ストライクゾーン広なっちゃった、なんてハートを飛ばしてる小春ちゃんに白石と苦笑する。マネージャーさんなら、知ってるかな。そしたら聞いてみよう、ちゃんとお礼言いたいし。彼の去った方を見つめながら、私達は部室の方へと歩き出した。
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