氷帝のマネージャー



あの後、小春ちゃん(と白石)のお陰で無事に帰ってこれたので、望月くん(四天テニス部の2年生)にテニスのルールを簡単に教えてもらったり、渡邊先生と水島くん(四天テニス部の3年生)にビデオカメラの使い方を教えてもらったりして、現在は皆が支度してるのを最初に案内された部室で眺めてるなうです。


「コートまで案内する、着いてこい」


扉を開けた第一声がコレって跡部節やばいね。なんて思いつつ、隣の渡邊先生が「ほな行こかー」なんて返してるから、先生がその程度気にしない大人なのか何も考えてないのかどっちだろう、なんて失礼な事を考える。外に出て、レギュラー以外の皆とも合流してぞろぞろと跡部くんの後を追うと、先の方で丸眼鏡の男の人が手を上げていて小さく首を傾げる。


「侑士!」
「え、あの人謙也の知り合い?」
「従兄弟やねん!」
「「うわ、似てな」」
「自分らひどない!?」


いやだってあっちめちゃくちゃ静かそう。ハモった光くんの方は見れば流石光くん、同じ事を思ったのか彼も私を見て小さく頷いた。当の謙也は既にその従兄弟さんの所にいて私達も合流する。


「何や、マネージャーおるなんて言うてへんかったやん」
「ちゃうねん!コイツ俺のクラスメートで今回急遽マネージャーしてくれる事なったん!」
「あ、九十九壱加です」
「あぁ、お嬢ちゃんがよぅ謙也が話しとる壱加ちゃんか。忍足侑士や、宜しゅう」


この人ほんとに中学生かな。お嬢ちゃんって中学生がこんな色っぽく言うものなの?あとイケメンですね。氷帝のテニス部はキラキラ系イケメン多いね。差し出された手を取りつつ頭を下げる。その様子を眺めてた跡部くんが、行くぞ、と再び歩き始めたので忍足くん…なんかやだな、侑士くんの手を離して歩き出す。


「樺地が、ジローしか見つからん言うとったで」
「チッ…あの馬鹿何処にいやがる」


侑士くんが跡部くんの隣まで行きそう言えば、眉間を寄せて吐き捨てる様に呟いた。迷子探し隊でもあんのかな氷帝。そんでまだ見つかってない人がいるって事だよね。うん、でも此処ホント恐ろしいくらい広いもん。学校全部使えば某アイドルがやってた警察100人VS5人の缶蹴りとか出来そうだもん。なんて周りを眺めていたら少し先にテニスコートが見えてきて目を丸くする。え、コレ公式試合やるやつじゃないの?だって観客席あるよ?四天と比べちゃ以下略。あとほんとに部員多いんだね。殆ど観客席の方いるもん。


「俺達レギュラーが使ってへんから今は準レギュラーが主に練習しとる。先にウチの監督とレギュラーに会うてからコートに下りる、っちゅー流れでええんやろ跡部」
「あぁ」


あ、じゃあまだコートには行かないんだ。なんてコートの方に目を向けて、あ、と声を上げる。


「小春ちゃん小春ちゃん」
「ん?どないしたん?」
「あそこ、あのダブルスで試合してるの、さっきの人じゃない?」


小春ちゃんの肩を叩いてコート指差すと、小春ちゃんもそっちを見てから、あら、と小さく声を上げる。真ん中のコートでボールを追い掛けるその人は、先程のけだるげな感じは無く、楽しそうに笑っていた。


「さっきのイケメンくんやないのぉ」
「小春、浮気か!」
「速いよ一氏くん」
「準レギュラーもやっぱ上手いなぁ。ほんで九十九さんが言うてるのどの人なん?」
「えっと、あの、長ジャー捲し上げてる人」


小石川くんにもう一度指差しで教えると、何故か全員が一斉にそっちを見る。四天ほんと仲良しだよね。跡部くん達を気にせず立ち止まって、皆でコートの試合を眺める。


「…ッハ!」
「わりっ頼む」
「おっけぃ!」


そう言ってボールに追い付くと、ガラ空きになった相手コートの右サイドに綺麗なストレートを打ち込んだ。


「「「おぉー」」」
「九十九はまだしも、小石川と謙也まで感心しなや」
「ばってん、良く相手の動きとコースば見とっとよ」


コンビを組んでる相手とハイタッチしている彼を見て、千歳くんが楽しそうに呟くのに白石も、まぁな、と頷く。へぇー、じゃああの人上手いんだ。なんて、サーブを打つ体制の彼を見る。


「っ理名!!」


突然、跡部くんが怒鳴るともう少しでボールを打つ、という所だった彼がビクリと肩を揺らし、宙に投げたボールは彼の横へと落ちた。そしてゆっくりと振り返り、「見つかっちまった」とでも言いたげに顔を歪めているので、そっと跡部くんの方を見れば、ブチ切れ寸前って感じで仁王立ちしていた。


「テメェ……こんな所で何してやがる!」
「テニス以外何すんだよ!!」
「「「「そらそうや」」」」


2人のやり取りに間髪入れずに、白石・謙也・小石川くん・一氏くんがツッコミを入れる。流石大阪、拾うの速いね。





―――…。


「コイツがウチのマネージャー、渡瀬理名だ」
「……」


私と小春ちゃん(と後ついでに白石)を助けてくれた人は、まさかのマネージャーさんで女の子でした。小柄で女顔だなーとは思ったけどさ、声はこういう少年もいるよねって感じだし、何より普通にテニスしてたからもう完全に男の人だと思ってたよね。


「女の子やなんて…小春ブロークンハート。ユウくん慰めてっ」
「小春ぅぅう!!」


横でよよよっと泣き崩れる小春ちゃんを抱き締める一氏くんに苦笑する。氷帝レギュラーさん達引いてるよ。初めて見たら普通驚くよねコレ。にしてもマネージャーさん…渡瀬さん?随分不機嫌だなぁ。完全に跡部くんや私達からそっぽを向いてムスッとしている彼女をチラリと見る。初めて会った時はそんな事なかったから、試合邪魔されたからなのかな。でも最初からいなかったから、もしかして練習試合に来るの嫌だった、とか?うーんと首を傾げると、白石が跡部くんと渡瀬さんに一歩近付く。


「さっきはホンマにありがとぉ。お陰で助かったわ」
「ぁあ?何だ白石を知ってんのか?」
「テメェ様のファンクラブの子達が『大阪のイケメンだキャー!』って囲んでたんだよ、道塞ぐわ他人突き飛ばしても謝りもしないわでウザかったんだよ、ちゃんと躾しといてくれませんかねぇ?」


あ、跡部くんが嫌いなだけですねこれ。眉間にシワを寄せてガン垂れてる渡瀬さん見てると、私の白石や謙也に対する態度とか可愛いものだと思うんだ。いつもの事なのか、睨み合うというかガン垂れ合う跡部くんと渡瀬さんを誰も止めないから氷帝凄いなぁなんて思う。1人なんて寝てるからね。爆睡だからね。


「マネージャー、いないって言ってなかったっけ?」


レギュラーさん達を見つめていたらぽつりと声がして、見れば渡瀬さんが私をジッと見ていた。マネージャー、って私の事だよね。


「この子、急遽マネージャーとして来てもろてん。仕事分からへんから色々教えたってなー?」


背筋を正した私の肩を抱いて、渡邊先生がよろしゅうと笑うのを、渡瀬さんが少し合ってから、分かりました、と頭を下げた。良かったね先生、此処来てから初めて先生扱いしてもらえたね。とか思いつつ九十九壱加です、と頭を下げる。


「宜しく壱加ちゃん」
「え、」
「あ、名前呼びダメでした?ごめんなさい」
「うっ、ううん!嬉しい、ですっ!」
「同い年じゃないんです?ほんと敬語とかいらないんで」
「3年なら同い年っ、私も敬語いらない、よ」
「じゃ同い年!理名でいいよ、宜しく!」


パッと笑って手を差し出されて、私も笑って手を取る。良かった、渡瀬さん改め理名ちゃん良い人そう。いや、私と小春ちゃん(と後ついでに白石)を助けてくれた時に良い人だと思ってたけど。


「じゃ、壱加ちゃんとジャグ作ってくる」
「急にノリノリやな理名」
「女の子いるなら超頑張れる、例え跡部がいても」


侑士くんが肩を竦めるのに真顔でガッツポーズする理名ちゃん。どんだけ跡部くん嫌いなのねぇ。跡部くんの眉間のシワ凄い事になってるよねぇ。跡部くんと理名ちゃんを交互に見ていたら、行こ、と手招きされたので、四天の皆に行ってくるという意味も込めて頭を下げてから彼女の後を追う。


「理名ちゃん、ジャグって何?」
「あぁ、ドリンクのこと!スポーツジャグって言うんだって」
「へぇー」
「私も意味までは知らないけど!」


答えられるのは教えるからいつでも聞いて、と笑う彼女にほっと息をつく。実はちょっとだけマネージャーさんが跡部ファンクラブの女の子達みたいだったらどうしようって思ってたんだよね。だって怖い。この道曲がってー、と道を何気なく教えながら歩く理名ちゃんの隣を、少し小走りで着いていく。辿りついたのは部室で、ミネラルウォーターで作るから、と大きいポットみたいなのと小さいボトルが大量に入ったカゴを持ってきた。小さいやつ、よくスポーツ選手が使ってるやつだ。そして水道水じゃないのか、金持ち凄い。作り方を教えてもらって、理名ちゃんは大きい方を、私は小さい方をシャカシャカ振って作り始める。バーテンみたい何これ楽しい。一つ作っては次のやつに手を伸ばせば理名ちゃんが笑った。


「そういや壱加ちゃん、マネージャーじゃないのに何で東京までお手伝いに?」
「テニス部が知り合いなんだけど、じいちゃんちに行くとこで白石…部長に捕まって」
「へー……あの部長さん彼氏?」
「絶対ヤダ」


間髪入れずに否定すれば、そんなに?なんて笑いながら大きいジャグを入口の方へ運んでいく。だってヤダよあんな天然タラシの顔だけ男。


「ていうか何で彼氏だと思ったの?」
「ん?いや、捕まったってだけでこんな事引き受けるから、仲良いなって思って」
「仲は……まぁ、良いと思うけど、でも私には千歳くんと言う王子様がいるから白石なんてお断り!」
「凄い言われよう!何、その千歳くんってそんなイケメンなの?」
「あっ、あの黒髪の、四天の中で一番背が高い人!」
「あぁ、あの下駄の人か」


次の大きいジャグにミネラルウォーターを流し込みながら空を仰ぐ理名ちゃんに大きく頷く。ハッ!というかこれはもしや恋バナと言うやつですか!?う、うわぁどうしよう初めてかも!しかも東京の子と出来るなんて!


「ち、ちなみに理名ちゃんは好きな人とか…」
「いないかなぁ」


瞬殺されました。
そもそも女扱いされないし!と笑う彼女に苦笑する。うん、まあ一緒にテニスしてたくらいだしね。私も男の人だと思ってたし。はい、と隣に置かれたカゴの中に作っていた小さいジャグを詰めていく。結構作ったけどコレ多すぎないかな。よっとカゴを持ち上げれば、隣で理名ちゃんが大きいジャグを3つ抱えて、それじゃ行こうか、と入口へと歩いていく。……絶対、私より重いと思うんだ。ちらりと自分の持つカゴと、机に置かれてるもう一つのカゴを見る。後で取りに来ようなんて勝手に思ってたけど、理名ちゃん一気に持ってくみたいだし持った方がいいよね。うん、よし。


「頑張れ私の筋肉」
「突然どうした。別に後で取り来ればいいからね?」


おっと口に出てた恥ずかしい。そして気を使わせてしまった。金ちゃんほどとは言わないけどもうちょっと力付けようかな、なんて思いつつカゴを持ち直す。


「私も全部持ってかないから気にしないでいいよ?作ってありゃアイツら勝手に持ってくし」


そう言って、入口に置かれてるさっきまで彼女が運んでいたジャグを顎で指して扉を開ける。ねぇ理名ちゃん、両手塞がってるの分かるけど足で開けるのはやめよ?言ってくれたら開けるから。しかも私より荷物多いのに扉開けて待っててくれるし、だから男の子だと思うんだよイケメンか。そんな事を思いつつお礼を言って扉を出て、コートへと歩き出す。


「理名」
「宍戸くん」


聞き慣れた声がして振り返れば亮が立っていて、私より先に反応した理名ちゃんが立ち止まる。


「それ貸せ」
「え、いいよ。私より壱加ちゃんの持ってあげてよ」
「違ぇよ、樺地が今日のオーダーの件とスコア表、あとビデオ録画頼みてぇんだと」
「頼み事多くね?あの馬鹿、何でも樺地に頼み過ぎなんだよ」


やれやれ、と亮にジャグを3つ渡すと、一言私に謝ってから元来た道を戻っていく。思い出したように、樺地も部室向かってる!と亮が叫べば、ヒラヒラと手を振った。


「……お前、あんまりアイツ見ない方が…、いや、近付かない方がいいぜ」
「え?」


不意に亮が理名ちゃんを見送りながら呟くのに目を丸くする。近付くな、って何で。


「理名ちゃん良い人なのに何でそんなこヒィィ!!」
「だから見んなっつったんだよ…激ダサだな」


文句を言いながら理名ちゃんに視線を向ければ、彼女の背中に大量の幽霊が憑いていて思わず亮にしがみつく。何アレ全然気付かなかった、ていうか何であんなに女の霊ばっか憑いてるの。


「あ゛ーやっぱり増えてんな」
「やっぱり?」
「跡部のファンクラブに喧嘩売ったんだろ。にしたってここ最近多すぎだけどな」


呆れる亮から彼女へと視線を移す。って事はアレ、霊ってよりは生き霊なのか。でも間違いなきゃ幽霊もいるんだよね。男の人いるもん。


「アイツに向けられる妬みや憎悪に集まった霊だよ」


私の疑問に答えながら、亮が自身の手の平を見つめる。


「気が付いた時に祓ったり、ひと月くらいは寄せ付けないようにもしてたんだけど、最近祓い切れねぇんだよな」
「当たり前やろ」


ため息混じりの呟きに突然返事がきて2人で振り返る。其処にいたのは一氏くんで、彼は私達じゃなくて理名ちゃんの方を見ていた。苦虫でも潰したように顔をしかめる一氏くんに、何だか嫌な予感がして、一氏くん、と名前を呼ぶ。


「アイツ、このままやと死ぬぞ」


ゆっくりと視線を此方に向けて一氏くんが吐いた言葉は、酷くその場に響いた。

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