それは直ぐだったのかもしれないし、時間が経ってたのかもしれない。亮の言葉で我に返ってブンブンと頷けば、一氏くんが何も言わずに理名ちゃんが歩いて行った方を指差す。大分遠ざかってしまった彼女の背中をジッと見つめれば、やはり大量の霊がいて隣の亮を掴んだ。
「あん中に、黒い蛇みたいなんおるやろ」
「へ、び…?」
一氏くんの言葉に、すんごい怖いけど目を凝らして見れば、理名ちゃんの身体にうっすらと黒いナニカが確かに視えた。亮も視えたのか、アレがなんだよ、と彼女の方を目を細めて見ながら呟く。
「アレは呪詛≠竅v
「「呪詛?」」
2人で首を傾げれば、せや、と一氏くんが私が持ってたカゴを持っていく。私のより亮が3つ持ってるからそっち持ってあげてよ、じゃなくて。呪詛って呪いの事だよね?呪いってあんな風に目に視えるものなの?
「徐々に力を溜めとるんやろな。妬みやなんや言うのも増長して大分デカなっとる。その証拠に宍戸が祓いきれんくなっとるんやろ。それは渡瀬やなくて呪詛がアイツらを呼んどるからや」
「ちょっと待てよ。じゃあ憑いてる奴等が理名を取り殺すってんなら祓えばいいんじゃねぇか?」
「阿呆、取り殺すんは呪詛の方や」
「え、それって」
「一氏はん」
どういう事、なんて聞くところで遮られて、視線を送れば神妙な面持ちの銀さんが立っていた。銀さんはちらりと私と亮の方を見てからもう一度一氏くんの名前を呼ぶ。
「人祓いはええ、2人にはもう話しとる」
「せやけど、」
「マネージャーの呪詛の事やろ」
銀さんを横目に見上げて呟く一氏くんに、少し合ってから銀さんが頷いた。と言う事は銀さんも気付いたんだ。私本当に察知能力低いな、なんて肩を落としていたら銀さんが感嘆の声を洩らす。
「ワシも呪詛を視るんは初めてやさかい、ホンマ一氏はんは流石やな」
「昔視たんに似てただけや。ここまで進行しとるのは初めて視たけどな」
前にも、視たことあるんだ。一氏くん、大分濃い14年くらい過ごしてない?私も幽霊や狛犬様や色々襲われてきたけど、そんなに詳しくないよ。あ、でも呪いなんてのは初めてかな。そもそも死ぬような呪いなら私今此処にいないもんね。松本さんのはある意味呪いだったけど嫌がらせ程度だし。
「呪詛っちゅーんはそのものに意味があって、霊を引き寄せたりしとんのはオマケみたいなもんや。まぁ、あんだけ大量に怨み妬みに霊も引っ付けてたら呪詛より先に精神持ってかれて死ぬかもな」
「……え、理名ちゃんやばくない?」
「せやからそう言っとるやろ」
真顔で3人を見れば、一氏くんに心底呆れられた。だって死ぬとか急に言われたって実感ないよ。現に理名ちゃん、さっきまで普通に話しててそんな様子全然無かったもん。ちらりと亮を見れば、微かに目を伏せて小さく舌打ちをするので思わず声を漏らす。
「宍戸はん、思い当たる事があるんやな」
銀さんの問い掛けに、亮は荒っぽく頭を掻いた。
「アイツ、1年の時に跡部といざこざあって、それが原因で2年の時まで虐められてたんだよ」
「あぁ、うん。跡部ファンクラブの子達怖かったもん」
「虐めは今はマシになってるはずなんだけどな。ひと月くらい前からあの頃と同じくらいやつれてきてて、それと同時にアレも祓いきれなくなってた。別の可能性考えれば良かったぜ、クソ」
忌々しげに毒吐く亮を見て、何となくだけど雰囲気が柔らかくなったのって理名ちゃんがキッカケなのかな、なんて思う。だって昔は自分が絡まれなきゃ他人なんか知らない、って私の事置いてってたのに。…何だかんだ気にしてくれてる所は、昔も今も変わらないけど。
「それで、理名の呪詛はどうやったら解けるんだよ。わざわざ話したって事は何か方法があんだろ?」
深く息吐いてから顔を上げて一氏くんを見つめる亮に、私と銀さんも彼を見る。亮を見つめていた一氏くんは、地面に視線を落として目を伏せる。
「呪詛自体はプロがやったもんやない、素人が偶然成功しただけやろ。それなら銀さんもおるから、俺でも呪詛返しは出来るな」
「じ、じゃあ理名ちゃん助かるんだね!」
「代わりに呪った奴が死んでもええんやったらな」
一氏くんが吐き捨てた言葉は酷くその場に響いた。
代わりに死ぬって、なんで。
目を見開く私と相反して、亮と銀さんの表情が僅かに陰ったのが見えて、なんで、と声が漏れた。
「『人を呪わば穴二つ』。死ねばいいと願い実行するにはそれ相応のリスクを負うものや。殺すつもりで行って、それを返されれば、当然何倍にも膨れて跳ね返ってくる。渡瀬はんにかかった呪詛を返せば、呪術者は無事ではすまへんやろな」
目を閉じて語る銀さんの横で未だ目を伏せたままの一氏くんに、顔を歪めて目を逸らした亮の様子で、きっと本当に呪詛を返せば呪った人は死んでしまうんだろうなと思った。そして3人が表情を曇らせる理由も、分かった。例えそれが一方的な恨みだったとしても呪った相手が死んでもいいとか、だからって理名ちゃんを放っておくとか、そういう『誰かの生死』を簡単に決めれないんだ。……幽霊が視えるから余計に。上手く言葉に出来なくて、何度か口を開いては閉じて、結局私も口を結んで俯いた。
「別にEーよ」
不意に凛と声がして、俯いていた私達は声の方を見る。丁度私達から死角になる階段の後ろからくせっ毛の男の子が出てきて、此方をジッと見つめていた。彼、さっき爆睡してた人だ。私の隣で亮が、ジロー、と呟いた。侑士くんが言ってた迷子のジローくんって彼なのか。そしてさっきの声は彼なのかな、なんて思うと同時くらいに一氏くんが大きく息を吐いた。
「自分、意味分かっとんのか」
「このままじゃ理名が死んじゃうんでしょ?呪詛返ししないと助からないって。だったら早く呪いを解いてよ」
「ジロー、お前その意味分かって、」
「理名は」
亮の言葉を遮るように少しだけ声を荒らげるジローくんに一瞬静まり返る。ジローくんは私達を真っ直ぐ見つめたまま、ゆっくりと口を開く。
「理名は、ずっと泣いてたCー」
「泣い、てた…?」
「嫌がらせが今よりずっと酷かった時、いつも1人で泣いてた。消えちゃいたいって。家族の事が大好きで尊敬してるから、こんな事されてる自分が惨めで、みっともなくて、言えなくて、『自分なんかいなくなればいいのに』って」
語るその表情は少し寂しそうで、彼が話す理名ちゃんはさっきまでの彼女からは想像が付かなくて、思わず涙が込み上げてきた。私も、そうだったから。クラスに馴染めないなんて、友達が出来ないなんて父さんや母さんに話す事なんて出来なかった。心配かけないように無理矢理笑って、憂鬱な気持ちで学校に行って。あんな苦しい思いを、私に笑いかけてくれた理名ちゃんがしてたなんてちっとも分からなかったから。今だってあんなに霊を憑けてしんどいはずなのに、少なくとも四天の皆には気付かせないように振る舞えるくらい、嘘を吐くのに慣れてしまったんだろうなんて思ってしまったから。込み上げた涙を飲み込むように唇をキツく噛み締めれば、ジローくんが続ける。
「いっぱい苦しんだのに、まだ理名の事苦しめる奴が…『死ねばいい』なんて思う奴がいるなら、そんな奴死んだっていい。宍戸達は俺に言われて呪いを解いただけで、別にそいつの死を背負う事はないから。全部、俺が背負うから」
真っ直ぐなその目に息を呑む。彼は分かっているんだ。どうして私達が躊躇っていたのかもあの会話で理解して、それでも理名ちゃんのために迷いなく自分が全部背負うって決めたんだ。例えそれが『他人の死』だったとしても。
少し合ってから、銀さんが一歩ジローくんに近付いて、芥川はん、と呟く。
「言葉には魂が宿る。せやから『死んだっていい』なんて口にしたらあかん。そうしたら渡瀬はんを呪った相手と何も変わらん。その咎が自分に返ってくるだけや。そうなったら、一番悲しむのは渡瀬はんとちゃうか?」
諭すように話す銀さんに、ジローくんはきょとんと見上げてから、うんと、と空を仰ぐ。
「じゃあ、理名を助けて。俺、もっと理名と笑っていたいんだ」
ジローくんの言葉に目を丸くした私達に、彼はへへっと笑う。
「……そこまで言うならしゃーないわ」
呆れたように肩をすくめた一氏くんが呟けば、ジローくんと亮が無言で頭を下げた。銀さんも少しだけ微笑んで、でも私は複雑な気持ちで皆を見つめる。呪った相手だって、自分が死ぬなんて思ってないだろうし、もしかしたら本当に理名ちゃんが死ぬとは思ってないかもしれない。…誰も死なないですむ方法はないのかな、なんて考えてしまう。
「おいお人好し。1つだけ呪った奴が死なん方法あるぞ」
俯いた私に一氏くんの声が降ってきて、そっと顔を上げれば彼が私を見つめていた。お人好し、って私の事?それより、今「死なない方法がある」って言ってたよね。
「さっき、死んじゃう、って」
「このまま返したらな。でも、呪術者を見つけてそいつに身代わりの人形…形代を持たせれば、多少体調崩しても死にはせんやろ」
「……ほんとに?」
「只でさえ人が多い氷帝で、ホンマに氷帝の奴がやったんかも分からんこの状況で見つけられるんやったらな」
「見つけるよ。私、探してみせる。だってジローくんがその人の死を背負う必要なんてないもん」
一氏くんにグッと距離を詰めれば、一瞬目を丸くしてからそっぽを向いて、お人好し、と零した。お人好しは私より一氏くんの方だと思うんだ。面倒臭いって分かってても、助けられる方法を教えてくれたから。ありがとう、と小さくお礼を言えば、不意に亮のため息が聞こえて振り返る。
「つってもどうやって探す気だよ。理名を呪った事あるか、なんて10人に聞けば5、6人は呪ったって言うと思うぜ」
「待って、理名ちゃん跡部くんに何したの」
「「顔面グーパン(!!)」」
「うわぁ…」
真顔の亮とキラキラのジローくんの言葉に、遠い目で2人を見つめる。理名ちゃんならやりそう。何か想像ついた。只でさえ跡部くんの近くに居られるマネージャーがそんな事したなんて、親衛隊的には許せないもんね。
「言っとくけど、マネージャーやらされてんのはその後だからな」
「え?」
「何で自分殴った女にマネージャーやらせとんねん」
「『テメェが一番屈辱的なのはこの俺様の下で働く事だろ、アーン?』って言ってたCー!」
「「うわ、うわぁ……」」
今度は一氏くんとハモって思わず顔を引き攣らせる。何かもう、うん、跡部様だよほんと。そりゃあんな犬猿の仲にもなるよ。でも、他の女子からしたら「上手く取り入りやがって!」ってなるんだろうな。そうなると、砂丘でダイヤ探せってくらい難易度高いんじゃないのコレ。
「これはワシの見解なんやけどな」
頭を抱えて悶えていると、ずっと黙っていた銀さんが口を開く。
「1人の人間の呪詛にしては別のモンが憑きすぎとる。さっき会うた時に何人か祓ってきたが、彼女を好いとるのがいたくらいや」
「……なるほど、不特定多数の人間を利用してんのか」
「え?黒魔術みたいに?」
「違ぇよ。『不幸の手紙』とか『呪いのチェーンメール』とかあんだろ?じいさん曰く、そう言うのは人の『コイツは不幸になっても構わない』なんていう妬みや恨みが蓄積して増大されるんだと。格ゲーのコンボと一緒で数が多ければ多いほど威力は増すんだよ」
「いつも思うけど亮の説明、分かりやすくて私好き」
グッと親指を立てればジローくんもコクコクと頷いていて、当の本人はそうか?なんて首を傾げている。あれ?でも不幸の手紙とか特定の誰か、ってより送らなかった人が不幸になるよってやつじゃなかったっけ。
「手紙もメールも、その羅列の中に呪いたい相手を示す何かが入っとれば呪具として成立するさかい、後は宍戸はんの言ってはるように些細な妬みやらが何十、何百にも膨れて1つの力になり、やがてその相手を呪い殺すんや」
私の疑問に答えるように銀さんが語る言葉に感嘆の声を漏らす。一氏くんもだけど銀さんも詳しいなぁ。あと、亮が詳しいのも意外。私と一緒でこういうの関わりたがらないから、よく2人で跡継ぎとして育てようとするじいちゃんから逃げ回ってたのに。ジッと亮を見ていたら、パンッと手を打つ良い音が響いて全員で其方を見ると、両手を合わせた一氏くんが私達を見て、小さく息吐いた。
「ほんならそっちの可能性で探ってみるか。時間もそう無いしな」
「そ、うだね」
「今、氷帝で流行っとるもんあるか?」
「キューピッドさんですね」
「ぎゃあぁぁああ!!!」
突然後ろから知らない声がして、叫びながら目の前の一氏くんと銀さんに飛びつけば、あぁすみません、と先程の声と激ダサ…と呆れる亮の声がしてゆっくり振り返る。其処には茶髪のパッツンヘアーの男の人が軽く頭を下げていて、一体いつからいたんだろうと顔を引き攣らせる。だって気配なかったよ。あとコケシ様に似てげふん。
「日吉、お前いつからいたんだよ」
「『アレは“呪詛”や』からですかね」
「ほぼ最初からやんそれ…」
「日吉、ずっと俺と一緒だったCー!」
「樺地の代わりに芥川さんを探しに来たら皆さんが勝手に話していたんですよ」
ため息混じりに呟く…日吉、くん?と距離を取りつつ一氏くんと銀さんのジャージの裾を掴む。亮とジローくんは知ってる人みたいだけど、さっきのレギュラーさんの中には居なかったよね。おずおずと様子を伺う私を気にせず、それより、と日吉くんが続ける。
「今氷帝で流行っているその手の類いのものは、キューピッドさんですね」
「『狐狗狸様』か」
「はい。コックリさん、花子さん、エンジェル様、権現様…それら全て狐狗狸様の別名で、キューピッドさんもその一つ…でしたよね」
日吉くんめっちゃ詳しいね。別名とかそんないっぱい知らないよ。というか今でもやる人いるんだ狐狗狸様。その辺の浮遊霊呼んじゃう事が殆どなのに。
「俺はやった事ありませんが、聞いた話だと通常のコックリさんで使われるものとは違う模様が描かれているようです」
「……その模様が、理名を示すものならビンゴだな」
亮の言葉に一氏くんと銀さんが小さく頷く。そっか、狐狗狸様も元は降霊術だし、質問の内容は大体自分本意のものだから、沢山集まれば呪いにだってなるかもしれないのか。そうと決まれば早くしないと!パン、と一つ自分の頬を叩く。
「キューピッドさん、調べてみる!」
握り拳でそう宣言すれば、少し合ってから亮と一氏くんに、張り切りすぎ、と呆れられてしまった。解せぬ。
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