キューピッドさんが呪詛と判明してから20分後、一氏くんがずっとこの調子です。黙々と紙を切りながら、不意に思い出したように遠い目をして呟いて、そしてまた切り始めて、を繰り返す様子に思わず苦笑する。それを見る四天の後輩くん達が「また金色先輩にフラれたんちゃう?」とか言って別段気にもしないから尚更ね、苦笑いだよね。小春ちゃんにフラれるといつもこんななの一氏くん。
さて、どういった経緯で一氏くんがこんな状態になったのかと言うと、呪術者に形代を持たせて呪詛返しを軽減させよう、という話に関係している。呪詛を成立させた、キューピッドさんを作った人が一番呪詛返しの影響を受ける事に変わりはないのだけど、キューピッドさんという呪具を使った、つまり『呪術をした人』も呪詛返しの影響を少なからず受けるらしい。それが事故に遭うなんて形で呪詛が返れば、命を落とさないとしても呪詛だと知らずにやったにしては望まない対価になるからと、一氏くんが氷帝学園全生徒分の形代を作ると言ってくれたのだ。
「ひと試合終えた後やし暫く出番もないやろ。作成者のと違て簡易的なのでええしな。先作っとくけど、氷帝てなんぼおるん?」
と安請け合いしたのが運の尽き。
「1652人ですね」
とサラリと発した真顔の日吉くんに、コントのように真顔に棒立ちで後ろに倒れた一氏くんは四天宝寺の鏡だと思う。
と、まぁそんな訳で形代作りなうな訳で。
「一氏くん、渡されてたのは切り終わったよ」
「おー…ほんならコレ代わってもろてええか。俺、名前書き始めへんと日が暮れてまう」
「うん、分かった」
遠い目のまま紙を手渡す一氏くんから受け取って、代わりに人の形に切った紙を渡して眉を下げる。
「ごめんね」
「あん?」
「私が、我が儘言ったから」
肩を落として俯けば、少ししてから思い切り頭を掴まれる。ってコレ前にも、
「痛、いたたた、痛い痛いっ!!」
「自分のためちゃうわ!俺かて後味悪いしそもそも呪詛なんぞ手ぇ出す奴が悪いんや!」
「痛っ、そ、そうだけいたたたっ!」
「それに『ごめん』より『頑張れ』のが今はやる気出るわ」
パッと手を離してそう言う一氏くんの顔を恐る恐る見上げれば、彼はムスッと口をへの字に曲げていた。『頑張れ』って、どう見ても頑張ってくれてる一氏くんに言うのは躊躇われるんだけど。ぼんやり眺めて、そして何故かマネージャーをやると決まって望月くんにテニスのルールを教えて貰っている時に突然始まった『マネージャーが試合の時に選手にしてあげる事。その11。by渡邊オサム』を思い出してしまった。
『男は単純や。特にウチの連中は女子に慣れとらん。せやから試合前に、九十九が考える一番良い笑顔で「頑張って!」これで負け知らずの百人力やでぇ』
いやいやいや、相手は一氏くんだぞ無理だって九十九壱加。一氏くん相手じゃなくたって私じゃ難易度高い技なのに私はやるつもりなのか。ジーっと見つめてくる一氏くんから俯いて顔を逸らし、直ぐに顔を上げるとニパッと笑う。
「一氏くん、頑張って!」
よし、両手でガッツポーズ(?)付きで超良い笑顔で可愛く言えたぞ(※当社比)。一氏くん相手にどこまで有効なのかは分かんないけど私は頑張った、うん。なんて考えていたら、一氏くんの反応があまりにも無いのでそっと様子を伺うと、彼は目を丸くしていた。あれ?もしかして私やり過ぎた?今時こんな応援する子いない??えっと、とまごついていたら突然一氏くんが自分の頬を両手でパンッと叩いた。
「っわ、」
「ぃよっしゃぁ!!」
あ、効果あったぽい。
気合い充分といった様子で腕を振りながら去っていく一氏くんの後ろ姿をぽかんと見送れば、背後から見慣れた顔が現れた。
「メッチャ嬉しそうやなぁユウジ」
「小春おらん時は壱加に応援してもろたらえぇんちゃう」
「小石川くん。と、謙也」
何となく珍しい組み合わせ、なんて見ていたら、謙也とのダブルス今終わったん、と小石川くんが笑った。なるほど、練習試合だもんね。
「で、ユウジは一体何の気合い入れとったん?」
「え」
「試合は終わっとるし、暫くする事無いはずなんやけど」
氷帝全校生徒1652人引く(分かってるだけで)6人、計1646人分の代わり身の形代作るからです。
グッと押し黙った私に2人が不思議そうに首を傾げた。困った。コレ、一氏くんの事だから説明出来ないし、私言い訳とか思いつかないんだって。
「九十九さん?」
「こっ!これは!!な、ナイショなんだけど!」
「「うん?」」
「―――…一氏くん、氷帝の人達にサプライズで『1人モノマネリサイタル』を企画してるの」
真面目な顔で口元に手を添えて小声でそう言えば、2人は同時に納得、と手を叩いた。あああゴメン一氏くん、仕事増やしました。
―――…
「それでどうして俺まで紙を切る事になってるんだ九十九ちゃん」
「え?だって日野くんどうせ暇でしょ?」
「おっと扱いが急に雑だな。あと何で人型に切るんだ?」
「おい壱加、全校生徒の名簿、石田と一氏に渡してきたぜ」
「ありがと亮、名前書くのは2人にしか出来ないって言われちゃったもんなぁ…」
「シカトはないんじゃないか九十九ちゃん」
あの後、結局準レギュラーの部室に紙を持ち込んで裁断してます。だってコートの方だとまたツッコまれそうだし。ついでにまだ部室に転がってた日野くんに紙とハサミを渡して「一緒に切って?」とニコッと笑ってお願いしたら「OKハニー」と2つ返事で何も聞かずに切り始めてくれた。とても助かるけどそれでいいの日野くん。連れないな、なんて言いつつ、切り終わった手のところが繋がった状態の人型をビローっと広げる彼を見て息を吐いた。良い人なのにほんと残念なイケメンだ。あと器用だね。
「それ俺が代わるから日吉んとこ行ってこい。キューピッドの出処見つけねぇとイタチゴッコだしな」
「ちょっと待て。宍戸と、男と2人きりとか勘弁してくれ。せめて理名を呼べ、理名」
亮が私に手を差し出すと、凄い速さで日野くんがその手を掴んで真顔で迫る。それに対して亮が思い切り眉間にシワを寄せた。
「呼べるか馬鹿。あいつ仕事頼まれまくって手なんか空かねぇよ」
それにこれ、理名ちゃんに関係あるし。なんて苦笑しながら亮にハサミを渡せば、日野くんが僅かに目を伏せた。
「だから言ってる」
「え?」
「何があったか知らないが引き受けすぎなんだ。イライラしてるの誤魔化すように何でも1人でやり過ぎなんだよ。この俺が珍しく手伝うと言ったら、平気だって笑って触らせもしない」
淡々と話しているけど、日野くんが心配しているのが伝わって息を呑む。そう言えば、私がマネージャーの仕事してないってのもあるけど、理名ちゃんの姿見てない。一氏くんも銀さんも、元々マネージャーはいないし敵状視察とでも言っておくから、って言ってくれたけど本当に大丈夫かな。理名ちゃんの手伝いした方がいいんじゃ。ちらりと亮を見れば、私の視線に気付いてパチンとデコピンしてきた。
「いっ…!」
「ウチのマネージャーの事はウチでどうにかする。お前は自分のとこの仕事やってりゃいいんだよ」
くそぅ、お兄ちゃんぶりやがって。ぐしゃぐしゃと私の頭を撫でる亮に頬を膨らませてぶーたれてると激ダサ、と亮が笑う。後ろで、俺はシカトか、なんて日野くんがツッコんできたけど聞こえないフリをして、私は行ってくる、と部室を出た。
「此処にいたんですか」
「あ、日吉くん」
扉を閉めて、とりあえずコートの方に向かおうと足を向ければ、日吉くんが遠くから此方に駆け寄ってくるのが見えて立ち止まる。
「日野さんに教えていただいた人には全員聞いてきました」
「おおう、仕事早いね」
「数も多くなかったので。ですが、噂の出処を知っている人はいませんでしたね」
そう零す彼に、そっか、と肩を落とす。そもそも呪術者、まぁ容疑者がテニス部の人とは限らないし、跡部親衛隊の子の方は確率は高くて説得だって難しいだろうしね。凄い剣幕だったし。それにこのマンモス校でたった1つの、しかも超メジャー怪談話の出処とか見つかるかどうか。深い溜め息を吐けば、日吉くんが歩き出す。
「それと、キューピッドさんをやった事があるかどうかも確認しています」
「え、何で?」
「やっていなければ、形代を作る必要はないですから。宍戸さんにもその事を話して、一氏さんと石田さんには男子テニス部を除いた全校生徒の名簿を渡してあります」
それから一応教員の分も渡しておきました、と目を伏せる日吉くんをあんぐりと口を開けて見つめる。日吉くん凄い。先の事まで考えてる。そうだよね、テニス部だけで200人超えなんだから2人の負担は少しでも減らしたいもんね。そんなの全然気が回らなかったや。さっきまでのメモ帳の代わりに、手に持っていたA4サイズのバインダーを見てから日吉くんが口を開く。
「やっていない、とハッキリ聞いていなかったので忍足さんにも確認したら、あの人はやっていましたね」
「そうなんだ」
「レギュラーは1人を除いて確認してあるので、先ず他の部員達に端から聞いていきましょう」
コートの方へと歩き出す彼の後を追いながら、しみじみと日吉くんを見上げる。無駄がないというか手際が良いというか。しかしほんとに日吉くんがいて良かった。歩き回ってて思ったけど、コレ1人じゃどうにもなんなかったもん。人多いし、絶対日野くんレベルのインパクトある人じゃなきゃ、もう1回同じ事聞いちゃいそう。あと、凄く今更なんだけど、知らない男の人にこういうオカルトの事聞くの、小学校の時を思い出しちゃいそうだなって気付いたから、ほんとに助かる。助けなきゃ!って気持ちのがいっぱいになって考え無しに行動出来るようになったのは(悔しいけど)謙也と白石のお陰なんだろうけど。
「よぉ日吉!」
歩いていたら不意に声がして其方を見れば、氷帝ジャージの集団がいてその内の1人が手を挙げていた。日吉くんも答えるように片手を挙げたので、同級生なのかな、と思いつつ頭を下げる。
「お前、何で対戦相手のマネージャーといんだよー」
「そうだそうだ!代われっての!あ、ちわーっす!」
「あ、えと、こんにちはっ」
会話の流れで突然挨拶されて慌ててお辞儀する。それに合わせて他の人達も軽く私に挨拶すると、再び日吉くんが話の中心になる。やいのやいの言っている彼等に、うるさい、なんて言いつつ笑う日吉くんを見ながら皆の会話を聞いていて、意外、なんて思ってしまった。いや、失礼なんだろうけど、他の部員と仲が良いんだなぁなんて思って。何となくつっけんどんなイメージだったから実はちょっとだけ友達いないのかなって不安だったんだよね。でも皆、日吉くんに対して嫌悪感とか嫌な感じ無く話してるし、彼普通に良い人だもんね。
「なぁ、お前達に聞きたい事があるんだが」
「日吉が質問とか珍しー」
「何だ言え言え!聞いてやるよ!」
「今流行ってるキューピッドさんって、やった事あるか?」
涼しい顔して問い掛ける日吉くんに、全員が目を見合わせた。
―――さぁ、氷帝男テニ200人、かかってこい!なんて、私は拳を握り締めた。
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