「鳥井?」
「あ、そいつサッカー部っス!」
「ちなみに誰からやろうってなったとか、キューピッドさんを広めた人とか分かる?」
「俺が紙入ってんの持ってきてー、やり方はコックリさんと一緒だって皆が言ってたんで、誰からとかはその、良く分かんないです」
「そうなんだ…ありがとう!」
へらりと笑ってお礼を言えば井谷くんと青木くんが頭を下げた。試合前の感じは挑発してるみたいだったけど、話せば普通に良い人ばっかだ。何か本当にテニス部に容疑者いないんじゃないかと思うくらいには。日吉くんが名簿にチェックを入れてから、引き止めて悪かったな、と一言告げてその場を去るので後を追う。
「今ので1年は全員聞けましたね」
「やっと1年生かぁぁ」
「2、3年も話は聞けてますから0からじゃないだけマシですよ」
涼しい顔をしながらパラパラ名簿を捲っていく日吉くんを横目に、私はもう一度溜め息を吐いた。全校生徒じゃないだけまだマシかもしれないけど、日吉くんはこの人数見慣れてるのかもしれないけど、正直私は終わりが見えないよ。それに何も手掛かりが掴めなかったら…とか考えると不安でしかないもん。
「恐らく、一番しんどいのは理名さんだと思いますしね」
「……そう、だよね」
ちらりと私を見てそう零す日吉くんに、目を伏せて頷く。あんなにいっぱい幽霊背負って、しんどくない訳ないよね。自分の両頬を思い切り手の平で叩いて前を向く。自分がやるって言って皆を巻き込んだんだから私が弱音吐いてどうする。
「よーし!次はどこ行くの日吉くん!」
「出来ればコートに戻って貰いたいがな、アーン?」
グッと意気込んで日吉くんに向き直れば背後から声がしてピタリと動きが止まる。今の特徴的な語尾に聞き覚えがあるけど、私の本能が振り返りたくないって言ってる。目の前の日吉くんも目を見開いて私の後ろを見ていて、尚更振り向いたらいけない気がするんだ。だって私、彼に口で勝てる気がしないからね?
「随分姿を見ねぇと思ったら、ウチの後輩連れ回していい気なモンだな九十九ちゃんよ」
あああ、やっぱり跡部くんだよ。ゆっくり振り返った視線の先に、顎を上げて目を細める跡部くんが立っていて、誤魔化すようにテヘっとぎこちなく笑えば、彼は僅かに眉間を寄せた。しまった逆効果。
「色々聞き回ってるようだが一体2人で何してやがる」
「……少々、調べ物を」
「それは今やらないといけない事か?」
「そうですね。出来れば、早急に」
真っ直ぐ見つめたまま日吉くんがキッパリ言い切れば、跡部くんの顔付きが少しだけ険しくなる。まぁ、練習試合そっちのけで準レギュラーがうろちょろしてるんだもん。部長としては見過ごせないよね。部室でゴロゴロしてた日野くんには何も言わないのかなとか思ってない。キュッと唇を結んで2人を見つめていると跡部くんが口を開いた。
「…一体、何を調べてる」
溜め息混じりに呟かれた言葉は、さっきまでの攻める感じではなくて思わず目を丸くする。日吉くんもそう感じたのか呆気に取られた表情をしていて、その後私の方に視線を向ける。急に、どうしたんだろう。2人でしばし見つめ合ってから再び跡部くんに向き直る。
「跡部さんは、キューピッドさんをご存知ですか?」
「今此処で流行っているまじないだろ。日本ではポピュラーな降霊術だと聞いた」
日本では、ってどういう事。疑問符を浮かべて跡部くんを見ていたら、イギリスとは様式が違う、とさも当たり前のように返された。え、跡部くんイギリスからの帰国子女なの?財閥御曹司凄い。
「それで、ソイツを今調べなきゃいけない理由はなんだ」
「えっと…話しても、多分信じられないと、思う」
「それは聞いてから俺様が決める事だろうが」
それはそうなんだけど。でも跡部くん幽霊とか丸っきり信じなそうなタイプだろうし。えーっとぉ、なんて眉を下げてモゴモゴとしていたら、跡部くんが鼻を鳴らした。
「と、言いたいところだが」
「え?」
「日吉まで理由を言わない所から察するに、常識的に聞いたところで理解し難い理由なんだろう?それは」
「―――…うん、きっと」
深く頷いてから、真っ直ぐに跡部くんを見据える。彼も私を見つめてから小さく笑った。
「ハッキリと相手の目を見て意志を曲げない、良い女じゃねーの」
「え、あ、ありが、とう……?」
首を傾げてそう言えば、ハッと鼻で笑ってから手にしていたファイルに何かを書き込んで、その紙を四つ折りにして私に差し出した。おずおずと受け取って中を開いてみれば、11桁の数字…電話番号が書かれていて、紙と跡部くんを交互に見る。
「俺様のピッチの番号だ。ワンコールでいいからかけておけ。何かあれば連絡する」
ワォ、世の女子が喉から手が出るほど欲しがりそう。コレ売ったらいくらになるんだろう…オークション方式なら額が跳ね上がるんじゃ。ではなくて。
「……聞かないんですか?」
私の代わりに日吉くんが問い掛ける。顔を上げれば、跡部くんがさっきまでの不敵な笑みじゃなくて、楽しそうに笑っていて。
「聞いても答える気がないくせに、何言ってやがる」
あ、俺様イケメンのあどけない無邪気な笑い方ヤバイ。ギャップ萌え。
―――…
「1年とレギュラーは全員聞けました。後はコートの方に居る2、3年に聞いていきましょう」
跡部くんのピッチにワン切りして、ポケットにケータイをしまうと日吉くんがバインダーを閉じて呟いた。あの後、事情を聞いてないのにも関わらず「1年は片付けに出て、2、3年は粗方コート周辺に集まってるだろ」とナイスアドバイスをくれたから、コートの方に戻るんだろうな。分かったという意味で首を縦に振れば日吉くんが歩き出す。電話番号が書かれた紙もポケットにしまい込んでから後を追い掛ける。それにしても跡部くん、俺様だけど気が利くしイケメンだし金持ちだし、何で理名ちゃんが顔面グーパンする程嫌いなのか不思議なんだけど。氷帝七不思議に入ると思うんだ。あ、でも昔の亮は跡部くん嫌いだろうな。「俺様がルールだ!」とか「後輩は先輩に従ってりゃいいんだよ」みたいなのウゼェって言ってた気がする。理名ちゃんもそれかなぁ。うーん、でも白石にも普通だからなぁ。
「理名ちゃんブス専なのかなぁ」
「理名は面食いだCー」
「うわぁ!あ、ジローくん!」
「九十九さん、結構サラリと酷いこと言いますね」
違うんだ日吉くん、心の声がポロリと漏れたんだ。口にするつもりは無かったし貶すつもりも無いんだよ。そして理名ちゃん面食いなのか。その割にはイケメンを前にして随分冷静だったけど、跡部くんや白石程度のイケメンじゃときめかないとかそういうのなの?恐らく頭の上に疑問符が飛んでいるであろう私を見て、ジローくんが九十九さんマジマジおもしれー!とケラケラ笑う。
「あれ?ていうかジローくんどうしたの?」
「そうだ、これあげるCー」
グッと右拳を突き出されたので不思議に思いつつ手を出せば、コロリと手の平の上を飴玉が2つ転がった。包装されたそれをぼんやりと見ていればジローくんがへらりと笑った。
「金色が『壱加ちゃんのとこ行くんやったら一緒に食べたってー』ってくれたんだー」
「わぁぁ小春ちゃん天使…!」
「はい日吉もー」
「ありがとうございます。それより、何かあったんですか?」
「んー?日吉と日野と一ノ瀬以外の準レギュラーと3年の水野・遠藤・三浦はキューピッドさんやってたよー」
ゆるい感じで指折り数えてそう話すジローくんが、呆然とする私達を見てメモメモっ!と急かすので慌てて日吉くんがバインダーを開く。ジローくんも聞いてくれてたんだ。何か、意外かも。心配で理名ちゃんの傍にいるものだと思ってた。ジッと見つめれば、逆に見つめられてドキッとする。
「あとねー、呪いであると分かっている、その上でキューピッドさんを広める奴が発信源が自分なんてバレるような事はしない。そいつもきっと『誰かに貰った』と言うだろう。―――って日野が!」
「ちょっと待ってジローくん、何で日野くん呪いの事知ってるの」
「え?形代切ってたから全校生徒分って大変だよなーって。そしたらこんな奴が必要な程ヒドイ状況なのかって。あと呪いとか言ってたし……あれ?もしかしてアウト?」
ヤベ、って顔するジローくんに私が頭抱えると、知らない事でも話合わせて聞き出すの上手いですからあの人、と日吉くんがぼやいた。なるほど、それであんなに色々詳しいのか。私と日吉くんが話すつもりが無いと分かっててジローくんから聞き出したのだとしたら、もう天才だよ天才。
「でも、日野さんの言う通りですね」
バインダーを閉じて日吉くんが零す。日野くんの言う通りって、
「呪術者が嘘をつく、って事…だよね」
「はい。これだけ聞いて回っても『キャビネットに用紙を入れた人物』の話すら出てこない。余程狡猾か、或いは余程地味で無ければキャビネットに入れた所を全く見られないなんて無理な話です」
「私より日吉くんのが酷くない?ねぇ酷くない?」
「犯人がボロを出すのを祈るしかないですね」
シカト?シカトなの?もうそんなに私達仲良しなのかな?仲良くなるのは嬉しいけど。なんて思いつつジローくんがくれた飴を見つめる。呪術者が嘘をつく可能性を、考えてなかった訳じゃないけど。それでも、もし今まで聞いた人の中に呪術者がいたなら、キューピッドさんについて私達が聞いて回ってるのを知った今、ボロなんて出てくるんだろうか。突然、ゾッと背筋が凍るような感覚が襲う。自分の考え無しの行動が取り返しの付かない事をしてしまったような気がして怖くなる。僅かに震える手の平を2人に気付かれないように握り締めれば、その手を急に上から握り締められて驚いてその手を見る。
「大丈夫だよ」
優しい声が降ってきて、それがジローくんの声だと知るのは、握り締める手がジローくんの手だと知るのは容易くて、目を丸くする私に手を握ったまま目を伏せるジローくんが微笑む。
「九十九さん頑張ってくれてるCー。だから絶対大丈夫」
ふっと顔を上げて、ね?と笑うジローくんに、私は唇を噛みしめて無言で頷いた。ずるいよ、そんなに優しいと私直ぐ泣くんだからね!
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