まぁつまり何が言いたいかというと、私は夕方6時頃以降の学校にはいつも以上に追い掛けられるから居ないようにしている。
それなのにどうして私は、現時刻、午後7時16分に教室から下駄箱に向かうために廊下を歩いているのだろうか。
「えぇぇ、やだぁ絶対いるじゃんこの先いるじゃんなんでこんな暗いわけぇ?」
ちなみに独り言である。だって喋ってないと泣きそう。
とりあえず職員室で担任に、6時までに終わらないじゃん嘘吐き!とキレようと思ったらあのハゲ先に帰ってるし、拍子抜けしてたら明日提出のまだやってないプリントを教室に忘れたのを思い出して、謙也ばりのスピードで取りに行く事になるし。
プリントを手に教室を出た瞬間、真っ暗な廊下に思わず静止し、静かにケータイで時間を確認したのは数分前の話である。しかし何でもう皆居ないの、帰るの早いよ。
溜め息を漏らして階段を下ろうと曲がったところで突然目の前に黒い陰が現れた。
「ぎゃぁあああ!!」
「出たぁぁぁぁあ!!」
互いに叫び声を上げ、私は目をつぶって御札を突き付ける。私の叫び声は前者だ。
……ん?
「ってなんや、壱加やんけ!脅かすなや!」
「それはコッチの台詞だアホ謙也!」
現れたのはアホなクラスメートの謙也だった。なんだよもう、叫び損じゃないか。
「なんやー?謙也の知り合いなんー?」
「知り合いなわけないで金太郎、この人に女子の知り合いなんておるわけないわ」
「おいこら財前っ!それはどういう意味や!!」
「そのまんまの意味っすわ」
「せやな!ワイ、謙也が女の子と喋っとるとこ見たことなかったわ!」
「金ちゃん……」
謙也の後ろからひょこりと顔を覗かせた赤髪の少年と、同じく後ろからゆっくりと階段を上ってきた黒髪のイケメンくんが、ガッツリと謙也のハートを砕いてる。何、謙也ってどこでも弄られへたれなの?いっそ可哀想。
哀れみの目で謙也を見ていたら、ふと赤髪の子と目が合う。すると彼はにぱっと笑った。
「ボク、遠山金太郎言います。よろしゅう」
「あ、丁寧にどうも。コレのクラスメートの九十九壱加です」
コレ、と親指で謙也を指差せば、コレってなんやコレって!と非難の声が上がる。けどシカト。敢えてシカト。
金太郎くん(彼が名前で良いって言うので)と握手を交わして、黒髪の子に視線を送ると、財前光、と面倒そうに返された。なんだ、こっちは態度悪いな。
「ちゅーか、こんな時間に何しとんのや」
「あぁ、担任に頼まれ事されて。3人は部活?」
「まあなー」
「謙也さんの忘れ物取り行くん付き合わされとるんです」
「自分も取り行ったやろ!って、壱加も教室行くん?」
「違うよ、今から帰……る…………」
「?なんやねん」
今の私の立ち位置は、謙也の横、いや、斜め後ろ?辺りで金太郎くんと財前くんの前である。まぁ、金太郎くんと握手交わしたりしてたので謙也の方は見ていなかった。
つまり、謙也に声を掛けられた私は振り返る訳だが、振り返った事を死ぬほど後悔した。
「っ、」
「財前までなんやねん!後ろに何か、」
私の後ろで財前くんが息を呑んだらしく、怪訝そうな顔をして至極自然な動作で振り返った謙也が綺麗に静止した。それはもう見事にぴくりとも動かない。
────私から見て、謙也の僅かに左斜め前、謙也にとっては正面に黒髪ロングの、年は多分同じくらいの女性が立っていた。
ちなみに此処は廊下の突き当たりに位置し、階段は謙也の右手側、金太郎くんと財前くんがいる側である。まぁつまり、彼女は突然突き当たりから現れた訳で、
「「出たぁぁぁあ!!!」」
謙也と私が泣きそうな声で叫んだのと同時に、私達4人は走り出した。
「なんなん、なんなんアレ!?」
「幽霊だろ分かれよ謙也!!」
「アホ!分かっとるわ!せやなくて何で追い掛けてくるんアイツ!!」
「ほんまモンの幽霊さんやぁ!」
「もうちょい先輩ら危機感もてません?うっさいっすわ」
「自分は落ち着き過ぎや!!」
「ってか、みん、…はやっ……!」
全力疾走で廊下を走る私は既に呼吸困難になりかけている。何なの、テニス部入ると体力化け物になれるの。
気がつけば財前くんに腕を引かれているので、何とか足がもつれそうになりながらも彼らに着いていけているが、もう体力の限界がきている。早いとか言わないで。
「壱加ちゃん、もう走れへんのん?」
「も、無理……っ」
息絶え絶えにそう答えた瞬間、体が宙に浮いた。そして担がれた。
「え、」
「だったらワイが壱加ちゃんの代わりに走ったるでぇ!」
「ちょ、金太郎くんっ私重いから!無理だって!」
「壱加ちゃんなんて軽い軽いっ!ぜんっぜん重くなんてないでー!」
そう言いながら、先程と変わらぬスピードで走る金太郎くん。やだ、キュンときた。将来有望だわ、良い男になるよ!ちょっとそこの一番に逃げた忍足謙也くんは見習おうか。
まぁ、だがしかし金太郎くん。
『………っ』
「担ぐ向き、逆が良かったなー!!」
絶賛幽霊ちゃんと顔合わせ中である。
幽霊ちゃん、暗くてよく分からないが生前は可愛かったんだろうなぁ。なんでそんな陸上部顔負けの良い走りなの。可愛いんだから可愛らしく走ろうよ怖いよ泣くぞ。
怖すぎて泣きそうなので金太郎くんの上でゴソゴソと鞄を漁る。何かあればいいんだけど。ちなみに謙也に突きつけた御札は最後の切り札なので却下だ。
「あ、」
「なんや!何かあったんか!」
「チャラララッ、ごーまーしーおー」
「ご飯にかけると美味しいで、ってアホぉお!」
「いや、塩って効くって言うじゃん?」
そう言いながら封を開けて、胡麻塩を風に乗せて幽霊ちゃんへと振りかける。胡麻塩は宙を舞い彼女の顔面に見事ヒットした。
『痛、痛いっ、っ……』
「「あ、効いてる」」
『………っ!』
「あ、怒らせた」
「壱加のどアホぉお!!」
やっぱり胡麻塩じゃダメだったか。しかし痛がる姿が可愛かったな、とか言ってる場合じゃないですね、マジで怒ってるやばいぞ皆死んだらごめん!
「それよりも壱加ちゃん何者なん!?あくりょーたいじとか出来るんか!?」
「いや、そんな技は持ってないかなー」
「あぁ、技言うたら、」
「何や財前!」
「謙也さん、スピードスター」
「出来るかポ○モンちゃうわ!!」
「なんやー謙也使えへんのー?役立たへんわー」
「つっかえねーな謙也」
「ほんま謙也さん使えへんわー」
「え、なんなん?出来ひん俺が悪いんか?なぁ」
半泣きの謙也弄りはこの辺にして、そろそろ本気でどうにかしないと家まで着いてくるかもしれない。え、やだそんなん謙也じゃないけど泣くぞ。
ううん、と私が唸ると突然体が外に大きく振られる。成る程、金太郎くん予告無しに曲がりやがったな?内臓ちょっと飛び出そうなんだけど。私がぐえっと蛙を潰したような声を上げると同時に、壁に思い切り衝突する音がした。
私は見た。謙也が壁に激突している姿を。
「ぎゃっはっはっ!謙也だせぇ!!」
「うっさいわ壱加!ど突く、ぞ……」
『っ……、』
倒れている謙也の前には幽霊ちゃん。しかし直ぐに襲いかかる訳ではなく、少し戸惑ってからゆっくりと謙也へと手を伸ばした。
「ぎゃあぁぁあ!こっち近付くなやアホぉお!」
『っ…!!』
謙也が半泣きで叫びながら御守りを突きつけると、幽霊ちゃんはショックを受けたのかピタリと動きを止めた後、少し離れたところで体育座りでシクシク泣き出した。
「………は?」
「あーあ、泣かせたー」
「謙也泣かせたー」
「謙也さん最低すわ」
「何でやねんっ!ちゅーか何で泣いとんのやっちゅー話や」
確かに。
そう思って幽霊ちゃんを見るが、彼女は未だにシクシク泣いている。ちょいちょい可愛いなあの子。しかしこれは泣いてる訳、もとい追いかけてきた訳を聞かないと帰れない感じでしょうかね。
……すっごい嫌だけど、女壱加、腹を括ろうか。
「ちょっくら聞いてくるわ」
「ホンマに!?壱加ちゃんかっこえー!」
「ホンマっすわ。誰かさんとは大違いや」
「壱加ー!死ぬなよー!」
…………………。
「あ、帰ってくるで!」
「ど、どうやった?」
「うん、謙也」
「うん?」
「ケー番とメアド教えて」
「何でやねん!嫌や!」
「ええっすよ」
「ってこらぁ!財前んんん!!」
サラサラといつの間にか紙を取り出し、ケータイを片手にメモしていく財前くん。彼は良いキャラをしていると思う。なんて考えている間に書き終わったのかメモを差し出される。横で騒ぐ謙也をやっぱりシカトして財前くんにありがと、と伝えて幽霊ちゃんの元へと戻る。
「はい、謙也のケー番にメアド」
『っ!』
ぱあっと嬉しそうな表情で顔を上げると、メモを受け取る。半分に折り畳まれたメモをそっと開くと、少し照れたような笑顔を浮かべて彼女は消えていった。
────
「良かったですね謙也さん、女子と電話にメール出来るやないっすか」
「どアホ、する前に相手成仏してもうたわ」
ずっと思ってたんだけど、この二人は漫才コンビなんだろうか。ちょっと離れたところから2人のコントを眺めていると、財前くんが床に置かれてた私の鞄を拾い上げ、此方へと持ってきてくれた。そういや置いていったな、と私も彼の方へと近付き、鞄を受け取るために手を伸ばす。
「ありがと財前くん」
「名前でええっすよ」
「え、」
「壱加さん、って呼ぶんで」
はい、と私の手に鞄を掛け、じっと私の反応を待っている。あれ?もしかして私、彼の中でちょっとは仲良くしてもいい人だと思ってもらえたのか?
「……うん、分かった。ありがとね光くん」
そう言うと光くんはクールに微笑んだ。
その後ろで幽霊ちゃんがいたところを見つめながら、何で生きてないんや自分…とか呟いてる忍足謙也くんはちょっと見習おうか。
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