「それ6度目ですよ九十九さん」
だって日吉くんがめんどくさそうに答えるから心配なんだもん。頬を膨らませてジトリと見つめれば、やはりめんどくさそうに私を見てから、大丈夫ですよ、と息を吐いた。
頑張ったけど、ジローくんに頭ポンポンされたらそりゃもう滝のように涙が止まらなくてね、こうして日吉くんに確認してもらってる訳なんだけど、日吉くん冷たすぎない?私、流石に泣き腫らした顔で他校の人に会いたくないよ。
「キャビネットの事を忍足さんに話したのがクラスの女子と藤平さんだと言うので、一度藤平さんに話を聞いてみましょう」
「うん分かった。……ねぇ日吉くん」
「誰もさっきまで号泣してたとは分からないのですから大丈夫ですよ」
ちくしょう、そんなんだとモテないぞ。スタスタと行ってしまう日吉くんの背中を恨めしげに見つめながら後を追いかける。まぁ、何だかんだ私が泣き止むまで待っててくれたり優しいんだけどね。でも心配だから後でトイレって言って鏡見てこよう。今言うと、却下されるか物凄い渋い顔されそうだから後で。
「おーい日吉ー!」
不意に声がして振り返れば、ブンブンと手を振りながら此方に駆けてくる人がいて私達は立ち止まる。
「早坂、どうかしたのか?」
体ごと向き直り首を傾げる日吉くんに、早坂くんが息を僅かに切らせつつ、あのな、とジャージのポケットを漁る。ちなみに早坂くんは日吉くんと合流した時に話し掛けてきた2年生集団の1人だ。一番明るくて八重歯が幼くて可愛いわんこ系である。閑話休題。
「日吉、キューピッドさんの事調べてただろ?あの後さ、知ってそうな奴に話し聞いてみたんだよ」
「え?何で?」
「だって九十九さん、練習試合の3日間しかいないじゃないっすか。んで、日吉の事だから部員全員に話し聞くんだろうなーって思って。あ、ちなみにお前が後回しにしそうな2年から聞いたけど被ってても文句言うなよ!」
早坂くんいい子か。腰に手を当てて仁王立ちでドヤる早坂くんに出かけた言葉を飲み込むように口元を手で塞ぐ。私が3日間しかいないからってのが若干引っかかるけど敢えてツッコまない。ツッコんだら負けな気がする。悪いな、と珍しく(なんて私が言っていいのかも微妙だけど)眉を下げる日吉くんに、いいって、と笑いながらポケットから取り出した紙を広げる。
「栗原・安田・高岡・関・豊田に聞いてきたんだけど」
「どうだった?」
「ぜーんぜん。チョー知ったかぶり。栗原なんて、何でも聞けよ、なんてキューピッドさんのやり方とか嬉々として話してたから『キューピッドさんの噂の始まり知ってる?』って聞いたら急にダンマリだぜ」
「あぁ…アイツお調子者だからな」
「あとコレメッチャレア情報なんだけど!」
「えっ、もしかして始まりどころか紙作ってた人が分かったとか!?」
「流石にそこまで激レアじゃないっスけど惜しいですよ九十九さん」
惜しい、って事は紙に関する事なのかな。日吉くんと目を合わせてから再び早坂くんへと向き直る。そんな私達を見てニィっと笑ってから人差し指を顔の前で立てる。
「なんと―――ラウンジのキャビネットにキューピッドさんの紙が入ってるらしい!」
「「知ってる」」
「知ってんのかよ!!」
2人で同時に頷けば、メチャクチャ綺麗なツッコミを入れられた。四天宝寺入れるよ早坂くん。とっときだと思ったのになぁ、なんて頭を抱えてしゃがみ込む早坂くんに苦笑すれば、日吉くんが呆れたように目を閉じて息を吐いた。とっておき、って事はやっぱりあそこに入ってるの知ってる人少ないんだ。まぁあれだけ聞いて回って、侑士くんと青木くん以外「誰かに貰った」って言ってたもんね。入ってる場所は女子が知ってて、男子は貰ってるだけって感じなのかな。
「ちなみに忍足先輩から聞いたらしいってのも知ってる感じ?」
「私達も侑士くんから聞いたから」
「うわっ俺役立たず!すみません!!」
「ううん、栗原くんとか話聞けてなかったから助かるよ、ありがとう早坂くん」
「…九十九さんモテません?」
「うんどうしてそうなった」
「え、何となくっス!」
「九十九さん、コイツほっといて行きましょう」
氷帝はタラシ多いの?真顔になる私の肩を叩いて先を促す日吉くんに、早坂くんがブーブー文句を言っていたがナンパな人の相手は日野くんでお腹いっぱいなので日吉くんの言う通り去ることにする。ありがとう、ともう一度お礼を言えば、文句言いつつも送り出してくれた早坂くんに心の中で謝りつつ、日吉くんからバインダーを借りて名簿を見る。
「6割くらいは聞けた、かな」
「そうですね。氷帝レギュラーも巻き込めたら今日応援に来てる女生徒にも聞けるんですが」
「私が思うに、成功しそうなのは跡部くんと侑士くんと滝くんだけなんだけど」
「あと鳳と向日さんもいけますよ恐らく。まぁ向日さんは怪談話が苦手なので手伝ってくれないと思いますが」
苦手な人いるんだ、仲良くなりたい。自己紹介の時のレギュラーさんの顔を思い出しながらペラペラと名簿を見ていく。日吉くんの書き込みに目を通しつつ歩いていくと、後ろから肩を叩かれて振り返る。
「俺も、交ぜてぇな」
「帰れ白石」
「せめて『ぶりっ子きもい』とかツッコんでぇや」
振り返れば、両手を頬に添えてハートが付きそうなトーンできゃるんとする白石がいて、全力で速攻拒絶すれば、やれやれと肩を竦めた。あ、クソやっぱ腹立つ。眉間を寄せて睨み付けていれば、白石が不意に真面目な顔で見つめ返してくるのでドキッとする。うぅ、イケメンだなちくしょう。
「マネージャーの仕事もせん、敵場視察でもない、けど引き受けた仕事を自分がサボるとは思ってへん。何か理由があるんやったら部長の俺にくらい話してくれへん?頼りにならへんのは分かっとるけど、今は九十九もうちの部員で仲間や。これでも心配なんやで?」
困ったように笑う白石にギュウっと胸が締め付けられる。ホントずるい。私の事信じてくれるのも、心配だって本気で言ってくるとこも。いつも巻き込んできたり私に丸投げしたり迷惑掛けてる元凶のくせに、こういう時だけ優しいんだ。1年の時からずっと。ぐっと黙り込んだ私に小さく息吐いてから白石は日吉くんに視線を送る。視線に気付いた日吉くんが、私をチラリと見てから私の手にあるバインダーを奪って白石に差し出した。
「ちょ、日吉くんっ」
「それを見て、理解出来ないようでしたら一度引いて頂いても宜しいですか?あまり時間がないので」
何て無茶苦茶な。無表情でバインダーを差し出す日吉くんに、目の前の白石は目を丸くしてから、無茶言うなぁ、と苦笑しながら受け取ってパラパラと見始める。その様子をただ眺めていれば、暫くして口元に手を当ててからぽつりと独り言のように話し出す。
「何かの出処を、探っとる。それと何やおまじないだか遊びだかをやってるかも聞いとるんやな。これに四天の奴らの名前は無い、っちゅー事は氷帝学園だけで起こっとる事。それに九十九が巻き込まれてる事からして心霊関係……いや、おまじないやとしたら呪い辺りに関する事やな」
バインダーを閉じて、どうや?と日吉くんに手渡す白石に私達は唖然とする。ほんと、こいつの洞察力凄い。深い溜め息と共に、その通りです、と日吉くんが呟くとへらりと白石が笑った。
「にしても、九十九が自ら手伝うって事はレギュラーの誰かなん?」
「……理名ちゃん、なの。もう時間も、あんまり、無くて」
「……堪忍な、引き止めて」
ぽん、と肩を一つ叩いて眉を下げる白石に無言で首を横に振る。きっと今私は泣きそうな顔をしてるんだと思う。そういう時は、いつも優しいから。
「あ、白石くん、マネージャーさん見つかったんだ」
聞き覚えのない明るい声がして顔を上げれば、アシンメトリーでメッシュの入った人の良さそうな笑顔の人が此方に駆け足でやって来ていた。氷帝のレギュラーさん、ではないよね。見覚えないし。彼と白石を交互に見ていたら日吉くんが藤平さん、とその人を呼んだ。藤平、って確かキャビネットに紙がある事を侑士くんに教えた人、だよね。じっと彼を見ていれば視線に気付いた彼がにぱっと笑った。
「藤平智幸です。白石くんがマネージャーさん探してたから手伝ってたんだ」
「あ、なんかフラフラしててすみません」
「ううん、迷子になってたら大変だなって思っただけだから。女の子が1人、ってのも危ないし」
あ、この人良い人だ。ガシッとその手を掴んで深々とお礼を言えば、隣の白石に苦笑された。解せぬ。
「藤平さん、丁度良かった。少しお聞きしたいんですが」
「ん?日吉が質問なんて珍しいな」
「キューピッドさんって、やった事ありますか?」
「まぁ、今流行ってるしそりゃあるけど…あっもしかして日吉まだやってないの?だったらラウンジのキャビネットに用紙が入ってるぜ」
「あ、うん!侑士くんから聞いたよ!」
「それで藤平さんから聞いたと伺ったので話を聞きたくて」
私の言葉に日吉くんが続ければ、納得といった顔をした後に少しあってから不思議そうに首を傾げる。
「何で、他校のマネージャーさんまでキューピッドさんの事聞いてるの?」
まぁ、そう思いますよね。ピタリと固まる私に、キョトンとする藤平くんが、マネージャーさん?と私を呼ぶ。さっきジローくんに言われた『呪術者が嘘をつく』ってのがあるから迂闊な事言えないし。嘘とか直ぐ浮かばないんだって。なんて思っていたら、白石が私の肩を叩く。
「コイツ、人にあんま言わへんけどオカルト好きなん。ほんで日吉くんにキューピッドさんの事聞いて、こういったおまじないは一体何処から始まるのか、もっと知りたい!って日吉くんを連れ回しとったみたいで。日吉くんも堪忍な」
「…いえ、俺もこう言った話は好きなので。それに俺の方が九十九さんを振り回しましたから」
へらりと笑う白石に少し合ってから日吉くんが返す。だからオカルト好き定着させたくないんだけど。でも日吉くんも庇ってくれたし他に良い言い訳もないか。テヘ、と眉を下げて笑えば藤平くんが、そうなんだ、と笑った。うん、やっぱり良い人だな。
「それで、藤平さんがキャビネットの事なんで知ったんですか?」
「うーん、教室で女子が話してたのが聞こえてきたんだよな。何となく耳に入ったって言うか」
「あ、じゃあ、誰が話してたとかは分かんないんだ」
「…ごめん、無駄足踏ませちゃったな」
肩を落とす藤平くんにブンブンと首を振る。良い人だ、良い人!
「あ、でも休みの日に紙が入ってるんだ。部活で毎週来るから確認してみたからコレ本当」
「え、何でまたそんな事」
「だって誰が入れてんのかな、とか気になっちゃって」
まだ入れてるとこ見たことないけど、と笑う藤平くんに苦笑する。好奇心旺盛だなぁ、私なら近付かないよそんな所。日吉くんがバインダーに書き込んでるのをちらりと見てから小さく息を吐く。この感じだとやっぱり呪術者は女子なのかな。そしたら簡易的な形代しかないから大きな怪我はするやろ、って一氏くん言ってたし、女子の方も調べたいな。跡部くんに電話…いや先ずどう説明するの。跡部くんが聞いたら直ぐ分かりそうなのに。
「でも、大丈夫かな」
うんうんと頭を抱えていたら不意に藤平くんが呟く。顔を上げると、彼は空を仰いでいた。
「渡瀬、随分体調悪そうだったから。なのにいつも以上に仕事やってて」
「あぁ、やっぱ顔色悪かったん、見間違いやないんか」
そう言う白石に藤平くんが困ったように笑った。そっか、私が手伝わないで調べ物してるから、その分まで仕事してるのかも。唇をキュッと結んで俯くと、背中を軽く叩かれて、見れば前を見る日吉くんと眉を下げて微笑む白石が私の背中を「大丈夫」と言うように支えてくれて。……ほんと、2人共優しい。
「ココ最近、本当に元気なかったけどマネージャーさんと話してる時楽しそうだったから、もう少し渡瀬と話してあげてくれないか?余計な、お世話なんだけど」
照れたように頬をかく藤平くんに私は大きく頷いた。こんなに理名ちゃんの心配してる人がいるんだ。絶対、見つけて止めさせなきゃ。拳を握り締めて前を向く。
「ほな、一旦皆のとこ戻ろか」
そう言って先を行く白石の後を追って、私達はコートに向かった。
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