「ただいま小春ちゃん、1つ聞いていい?」
「何でも聞いてぇなぁ」
「何で金ちゃんが氷帝の人に肩車されてて、小春ちゃんが女装してその腕を組んでるの?」
「夫婦ゴッコ」
「壱加ちゃん此処ゴッツ高いでー!千歳のがもーっと高いけどカバジも凄い高いん!!」
「…………ウス」
「あぁ、うん。もうツッコまない」
帰ってくる度にネタに尽きないな此処。カバジさん(?)も諦めてるっぽいし、氷帝生だけざわざわしてるけど四天生は笑ってるもんね。キャッなんてカバジさんにくっつく小春ちゃんとキャッキャ楽しそうな金ちゃんに、隣の白石が頭抱えてため息を吐いた。コイツ、部活の時は振り回される側なんだな、なんて見つめていたら包帯を解いて3人へと近付いていく。
「きーんちゃーん…あれほどやめや言うたのに何しとん…?」
「ヒィィ!毒手は嫌やっ!もう降りるから堪忍やぁ!!」
「小春も、やりすぎるとユウジが拗ねるやろ。樺地くんも困っとるから早う離れぇや」
「あらん、残念。おもろかったんに、なー樺地くん」
「小春?」
「蔵りん顔怖いで」
そう言いつつそっと離れる小春ちゃんと慌てて樺地、くん?から降りる金ちゃんに苦笑する。引き際って大事だよね。ふと樺地くんと目が合って頭を下げれば軽くお辞儀された。あんまり喋らない人なのかな。
「ホント堪忍やで樺地くん!」
「大丈夫…です」
「ウチの連中やと、いつもジローか理名担いどるもんな樺地」
樺地くんの後ろから侑士くんが顔を覗かせながら彼の背中を叩く。それに対して樺地くんはウスと小さく頷いた。口癖なのかな、ウス。ぼんやり見上げていると侑士くんに名前を呼ばれて、視線を彼に移す。
「何やおもろい事は分かったん?」
オモロイ事、って何の話だ。首を傾げれば、キューピッドさんの紙探しとったやん、と侑士くんが笑った。別に面白い事探してた訳じゃ…あぁそうでした、私、怪談好きって事になってるんだったね。もう今すぐにでもその誤解を解きたい。なんて思いつつ首を横に振った。分かった事はあるけど、侑士くんが思ってるのとは違うだろうしね。
「ほな、もう飽きたん?」
「ううん、遊びすぎちゃったし、そろそろお仕事ちゃんとしようかなって」
「へぇ、自分偉いんやなぁ。理名も見習ってほしいわ。アイツ、直ぐ練習交ざるし跡部と言い合いしたり、マネージャーとしてハチャメチャやでホンマ」
わぁ、日吉くんと同じような事言ってる。ケラケラ笑う侑士くんに苦笑いすれば、でも、とさっきとは違う、少し悲しそうな、心配するような顔で続ける。
「今日は、やり過ぎやけどな」
「え、」
「っせぇな!全部やるっつってんだろ!!」
私が口を開くのと同時にどこからか怒声が響き渡る。反射的に振り返れば、少し向こうのコートの脇で肩を揺らして俯く理名ちゃんと目を見開く跡部くんが立っていた。怒鳴り声は、声からして理名ちゃんだろう。というか、背中に憑いてるモノが、さっきより酷くなってる。息を飲めば、その場はしんと静まっていて。
「悪かった。今のは言い過ぎた」
皆が見つめる中、口火を切ったのは跡部くんで、理名ちゃんの肩を一つ叩いてからいつも通りといったようにその場を去っていく。それをキッカケに少しざわつき始める周りに、理名ちゃんも跡部くんとは逆の方に歩き出した。何か言ってるように見えたけど、此処からじゃ遠くて聞こえない。
「ああ、やっぱり爆発してもうた」
「やっぱり?」
「ねーちゃん具合悪いん?ゴッツイライラしとるやん」
侑士くんがぽつりと零すのに白石が聞き返して、金ちゃんが心配そうに樺地くんと侑士くんのジャージを掴む。私と小春ちゃんも2人を見つめれば、2人共困ったように眉を下げた。
「虫の居所が、ようないみたいなん。ウチの連中でもあんなん滅多に見いひんから、そちらさんはビックリしたやろ」
ニコリと笑う侑士くんの横で樺地くんが頭を下げる。亮やジローくんの時も思ったけど、よく理名ちゃんの事見てるんだな。私はアレが視えてるから何となく分かるけど、普通ならきっと「何だよアイツ」って彼女を責めててもおかしくないのに。
「九十九ー」
服の裾をぎゅっと握り締めて軽く目を伏せると、無気力な声で呼ばれて振り返る。そこには笑いながら渡邊先生がゆったりと歩いてきていた。オサムちゃん、と小春ちゃんが呟くとヘラリと笑いながら私の正面までやってくる。
「探しモンも大事かもしれんけど、渡瀬さんの手伝いもしたってな?」
頭をポン、と一つ叩いてから視線を理名ちゃんが歩いて行った方へ移す。私も連られてそっちを見てから小さく頷いた。渡邊先生、何でもお見通しな気がする。ほなよろしゅう、とニッコリ笑う先生に一つ返事をしてから駆け出した。跡部くんと何があったとかは分からないけど、氷帝の皆を見てればいつもの理名ちゃんじゃないって言うのは分かるから。
でも、何処に行ったんだろう。此処広いから行った事ない場所だと絶対見つけられないし、何より私が迷子になる。キョロキョロと見回しながら理名ちゃんの姿を探す。侑士くんか樺地くんに一緒に来てもらえば良かった。ポケットに手を入れて、中に入ってるケータイを…一氏くんから貰ったお守りを握り締める。
とりあえず、部室の方に向かってみよう。そう、角を曲がった先にしゃがみ込む人が見えて足を止めた。よく見ればそれが探してた人物だと分かってほっと息を吐く。
「理名ちゃ、」
声を掛けようとして、息を飲む。彼女の背後に、大量の手が、憑いていた。
(今さっきまで、あんなの、なかった…!)
そういえば、姿を見た瞬間はコートで視た幽霊達がいなかった。じゃあ、あの大量の手が全部さっきの幽霊?それとも別のやつ?怖い。怖い、けど。唇をキュッと一つに結んで理名ちゃんの元へと走る。出来るか分からないけど、亮がやれるなら。
バンッ
勢い良く振りかぶって理名ちゃんの背中に平手打ちする。どっか行け、そう思いながら。叩いた所の手が消えたのを見て、もう一度叩く。少しづつ消えていった手は、何度目かの平手で全部無くなっていた。良かった、私にも出来た。大きく息を吐き出してから顔を上げれば、目を丸くして私を見つめる理名ちゃんと目が合った。
「………あああああ、あのっ、背中が汚っ、汚れててっ!その、つい白石や謙也とかと同じノリで、あっ謙也って言うのは侑士くんの従兄弟で浪速のスピードスターや!とかアホな事騒いでる奴でね!」
ってアホは私だぁぁ!!!何そんな要らない情報まで話してるの!えーとうんと、とオロオロしていると理名ちゃんが小さく笑った。
「……イトコだからかね?」
「え、謙也と侑士くん?」
「宍戸くんも、たまにやるんだよね。ソレ」
再び膝を抱えて呟く理名ちゃんにピタリと固まる。そんな私に気付かずに理名ちゃんは目を閉じて話し続ける。
「何となくダルいなとか調子悪いと背中叩いてくんだよね。今じゃ無言だったりするけど、最初は壱加ちゃんみたいに、汚れてたから、とか言ってた」
懐かしいなぁ、なんて笑う理名ちゃんに少しだけ安心する。大丈夫、そう。顔色はやっぱり良くないけど。ごめんね、と謝りながら思い切り叩いてしまった背中をさすると彼女はチラリと私を見た。
「何か、元気出た。ごめんね壱加ちゃん」
へらりと笑う理名ちゃんに、咄嗟に出かけた言葉を飲み込んだ。「無理しないでね」なんて言ったら、きっと無理する人だと思ったから。
よいしょ、と立ち上がる彼女を見上げて私も立ち上がる。不意に何か思い出したのか声を上げてから私に向き直るので首を傾げる。
「そういえば、どうかしたの?」
「あ、うん。仕事、何か手伝うよ!」
そうグッと握り拳を作って言えば、理名ちゃんが一瞬目を見開いてから少しだけ悲しそうに顔を歪めて、ごめん、と零した。…やっぱりさっきのコートでのがあるから、気を使われてるって思うよね。あんまり気に病まないで欲しいんだけどな。本当に私、仕事全然してなかったし。手にしていたビデオカメラを持ち直して歩き出す理名ちゃんの後を慌てて追う。
「私スコアブックまとめないといけなくて、ただそっちのとウチの連中のジャグが無くなったみたいなんだけどお願いしてもいい…?」
「もちろん!アレ作るの楽しかった!」
「さっきよりちょっと多めに作らないとかな。今日は随分と減りが早いから…手伝わないのにほんとごめん」
「……ねぇ理名ちゃん」
「ん?」
「『ごめん』じゃなくて『ありがとう』でいいよ」
足を止めて驚いた顔で振り返る理名ちゃんを真っ直ぐ見つめる。私は、そう言ってもらえて嬉しかったから。少しあって、俯いた彼女が、ありがとう、と零した。その声は僅かだけど震えていた。
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