「おう、九十九此処におったんか」
扉の開く音と同時に名前を呼ばれて顔を上げれば一氏くんが立っていて、彼の名前を呼べば、おん、と小さく返事する。
「ジャグ少ななってきたから作りきたんやけど、もう作っとんのやな」
「あっ、ごめんね今持ってく!」
「それだけやと直ぐ無くなるやろ。手伝ったるからもっと作るで」
「え、でも」
「えぇから」
そう言って私の隣に座ってジャグを手に取る一氏くんに戸惑う。手伝う、って形代作ったりで疲れてるだろうに申し訳ないし。オロオロする私に、手ぇ動かせ手、とジャカジャカと慣れた手つきで次々とジャグを作っていく一氏くんに慌てて私も振り始める。早い、やっぱり慣れてる。でも負けない。うおおと唸りながら全力でシェイクしてたら理名ちゃんの笑い声がして顔を上げる。
「一氏くん、だっけ?ジャグ作りくらい甘えりゃいいのに真面目なんだね」
手元にあったジャグを一口飲んでから、いつもはいないんでしょマネージャー、と付け足す。って、あれ?あのジャグ、部室入って直ぐに理名ちゃんが作ってたやつ?え、自分用だったの。洗ってあるとはいえテニス部の人達が使ってるやつ…理名ちゃん気にしなそうだなそういうの。なんて思いながら理名ちゃんを見ていたら、隣から溜め息が聞こえてきて視線を移す。
「どアホ。だから手伝うんやろ」
「…何で」
「いつもやったら全くやらへん事をわざわざ俺達のためにやってくれとんのや。ここぞとばかりに全部放り任せたら、九十九の良心に付け入るみたいで俺が許せへんねん」
ジャグをカゴに放り込んでそう零す彼に、理名ちゃんが目を丸くしていて、私はというと頭を抱えて思い切り俯いた。ずるい、一氏くん不意打ちはダメだよ、どうしようすっごい嬉しい。全然、そんな事気にしないのに。大した事出来ないから大丈夫なのに。顔が、熱い。
「……壱加ちゃん、愛されてんねぇ」
「あっ!?ああああ愛ちゃうわ!!」
「そうだよ!一氏くんが愛してるのは小春ちゃんです!!」
「せや!小春ラァァブ!!」
理名ちゃんの言葉に勢い良く顔を上げて否定すれば、一氏くんがそれに乗っかって空に小春ちゃんへの愛を叫んだ。そんな私達がツボに入ったのか手を叩いてゲラゲラと彼女が笑う。くそう、理名ちゃん笑いのツボ浅すぎるよ。まだ火照る頬を手で仰いでいたら、バツが悪そうに彼女から目を逸らした一氏くんが頭を掻いていた。
「ちゅーか自分、さっきから何しとんのや」
ひとしきり笑い切った理名ちゃんにムスッとしたまま問い掛けると、あぁ、と声を上げる。
「丁度、一氏くんの試合まとめてんの今。凄かったねぇ」
「せやろ!?メッチャ練習したんやでぇ輪舞曲!!」
「テニスは?」
「壱加ちゃん早いなぁ」
間髪入れずにツッコめば理名ちゃんがしみじみと呟く。当の一氏くんはというと、1人自分の世界に入ってダンスの決めポーズをとっていた。あ、何だろう。一氏くんも四天の人間だったんだなって今更思った。いやだって、ここまでふざけて喋ってるとこ見るの多分初めてだし。自然と寄る眉間のシワを指で伸ばしていると理名ちゃんと目が合う。
「…どうか、した?」
「いや、壱加ちゃん、四天宝寺の練習丸っきり見た事無いのかなって」
「あ、ううん、あるよ!なんていうか……万国びっくりショーって感じ」
「自分、そんな風に俺らの事見てたんかい」
「一氏くんも早いなぁ」
真顔で答える私に、同じく真顔で間髪入れずにツッコむ一氏くん、そして先程同様理名ちゃんがしみじみと呟く。コントかな。テヘペロ、とふざけて返せば一氏くんに軽く小突かれる。ひどい。だって謙也は絶対加速装置付いてるし、金ちゃんとか実はサイ〇人だと思ってるし、銀さんはター〇ネーターだと思う。この間、人吹っ飛んでたもん。
「まぁ、ウチもそんなもんだよ」
ボールペンをノックしてノートに向き直る理名ちゃんが軽い口調で続ける。え、氷帝も万国びっくりショーなの?そんな中に亮もいるの?
「サーカス団員もビックリなアクロバットに、まるでラケットが武器に見える古武術テニスとか」
「氷帝テニス部は一体何と戦うつもりなの?」
思わず眉間にシワが寄ってしまったけど仕方が無いと思うの。その2人は早急にテニス部じゃない部活動にしようよ、きっと世界狙えるよ。私の隣で一氏くんは「九十九にツッコミのスピード負けした、だと…!?」とか頭抱えてるし、理名ちゃんは「あぁ、あと殺人サーブ!」とか手を叩いてるし。だから氷帝は何と戦うつもりなの。殺人サーブって何、クマが出てきて学級裁判とかしてないよね氷帝。ううん、と唸る私と一氏くんに、やはり理名ちゃんは楽しそうに笑った。さっきまでのを見た後だと笑ってくれるのは嬉しいけれども、笑いすぎだよ理名ちゃん。
「しっかし氷帝は個性強いやっちゃなー」
「ねぇ一氏くん、それ四天の人が言えることじゃない」
「そっちの個性、最高にハジけ飛んでると思うけど」
「そんな褒めても何も出さへんで!」
「「褒めてない褒めてない」」
あ、理名ちゃんとハモった。理名ちゃんもツッコミ属性だ、良かった味方がいた。
楽しそうに話しながらテーブルに向かう彼女の表情が穏やかで、思わず口元を緩める。時間が無い事に変わりは無いけど、それでもさっきまでの理名ちゃんは本当に辛そうだったから。不意に一氏くんが立ち上がり、ジャグを振りながら理名ちゃんが書き込んでいるノートを覗き込む。
「甘えりゃえぇ、って言いながら自分は1人で全部やるんやな」
嫌味とかじゃなく純粋に疑問に思った事を口にしました、といった感じで軽く零す一氏くんに、理名ちゃんがピタリと手を止める。多分それ、地雷だと思うの。日野くんが、引き受けすぎって言ってたもん。いつもの理名ちゃんとは違うって言ってたもん。オロオロと2人を見れば、理名ちゃんが小さく笑う。
「ウチってさ、部員多いでしょ?」
「おん」
「コートは基本レギュラー、次に準レギュラーで他の部員……特に1、2年ってコートが使える、ボールに触れる機会が少ないんだよね」
そう言ってノートを閉じて表紙を撫でる。その横顔はどこか嬉しそうで、何となく嫌々マネージャーをしてる訳じゃないんだろうななんて思う。
「だから、今回みたいな練習試合は、レギュラーや準レギュラー以外の皆にとって貴重な時間だから、いつも以上にその大事な時間を奪いたくないんだよ」
「……凄いね、理名ちゃん」
「凄くないよー!いつもは直ぐ助けてって騒ぐし、練習に交ざって跡部に怒鳴られるし、マネージャー失格とか言われてるから!」
「それでも皆、渡瀬の事慕っとるやろ。自分も、充分愛されとるやん」
ケラケラ笑う理名ちゃんに一氏くんが肘で軽く小突けば、少ししてから、愛されてたらいいなぁ、とはにかんだ。何だかんだ言いながらレギュラーの人達や日吉くんが理名ちゃんに好意的なのは、こういう所を分かってるからなんだろうな。あ、ちょっと泣きそう。くっと目頭を押さえれば、突然頭を叩かれて顔を上げる。
「大分作れたからそろそろ行くで」
呆れたように肩を落としてそう言う一氏くんに慌てて立ち上がる。そうだった、少なくなってたんだもんね。カゴを1つ持って理名ちゃんの方へと振り返れば彼女がひらひらと手を振る。
「私、もうちょいやる事あるから2人共行ってていいよ」
「あ、うん分かった!何かあったら手伝うからね!」
グッと拳を握れば、ありがとうと理名ちゃんが笑った。
いつの間にか入口へと移動している一氏くんを少し小走りで追いかけて部屋を後にする。よいしょとカゴを持ち直して先を行く一氏くんに追いつこうと歩くスピードを上げれば、不意に彼のスピードが落ちる。不思議に思いつつもようやく追い付いて、一息吐きながら顔を見上げれば、一氏くんは苦虫を噛み潰したように顔を歪ませていた。
「時間が……今日中に、いや…今日も持つか……」
「え?」
「蛇、視えたか?」
ぶつぶつ呟いていたかと思えば不意に問いかけられ戸惑う。蛇って、あの黒いヤツだよね。……あれ?そう言えば意識してなかったからかもしれないけど、視てない気がする。無言で首を横に振れば、小さく舌打ちが返ってきた。
「俺も視えへんかった。ちゅー事は渡瀬の身体の中を蝕み始めたんや。体内に入り一体化して、中から全部喰らい尽くすためにな」
落ち着かせるように深く息を吐くその様子に、マズい状況なんだとカゴを持つ手に力が入る。一氏くんのこんな顔見るの、初めてだ。
「―――このままやと、今日渡瀬は死ぬ」
彼が零した言葉は妙にその場に響いて、次の瞬間、後ろで小さな悲鳴とドサッと倒れる音がして、反射的に私と一氏くんが振り返る。そこには転んだのか、膝を折って手をついた理名ちゃんがいて。
「理名ちゃ、」
「ビッ…クリしたー、転ぶとか足元どんだけおぼつかないんだ自分…。あっ壱加ちゃん、これ壱加ちゃんのケータイ?」
駆け寄るより先に自力で立ち上がり、膝をはたいてから思い出したようにケータイを差し出す。お守りが揺れるそれは確かに私のケータイで、慌てて理名ちゃんの元へと走る。
「私の!ごめん理名ちゃん、ありがとう!」
「いいえ!落としてないから安心して!あ、あとさ―――私が死ぬって、どういう事?」
へらりと笑いながらケータイを手渡してくれた彼女が続けて発した言葉はぞっとするくらい低い声で、大きく目を見開いた私を見つめる目は怖いくらい冷たかった。
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