キューピッドさん11



「私が死ぬって、どういう事?」


受け取ろうと差し出した手をケータイごと掴まれて、私は動く事が出来ずにただ、呆然と立ち尽くす。真っ直ぐと見つめてくる理名ちゃんの目は怖いくらい冷たくて、思わず唾を飲む。


「そのまんまの意味や」


彼女の疑問に答えたのは一氏くんで、その言葉に理名ちゃんはゆっくりと視線を一氏くんに移した。つられて振り返れば、真剣な表情の一氏くんが私達を見つめていて、横でぽつりと理名ちゃんが、そのまま、と呟くのが聞こえた。


「『呪詛』要は呪いやな。放っておけば自分死ぬぞ」
「一氏くんっ…!」
「呪詛返しすんのにどうせ渡瀬に説明せなアカンのや、今言うても変わらんやろ」


淡々とそう告げる一氏くんにぐっと押し黙る。それは分かってるけど、急に自分が死ぬなんて言われてもひどい冗談だし、まして私達とは今日知り合ったばかりなんだから怒ってもおかしくない。ちらりと理名ちゃんの様子を見れば、ぼんやりと地面を見つめてから深い溜め息と共に頭を抱えてしゃがみ込んだ。


「……そっか」


聞こえてきたのは短い返事で、それでも『理解した』と私達に伝わるような、どこか諦めたような声に私もしゃがみ込む。


「信じるんか?」
「まぁ、妙にイライラするし、体調良くならないし、何か、その方が、しっくりくる」


ハハッと乾いた笑いを漏らす彼女に唇をキツく結ぶ。呪いなんて非科学的な事をすんなり受け入れられるくらい、今もきっと辛いんだと思うと、胸が痛い。


「……あ、あー、まぁ、せやけど、呪詛返ししたら死なんで済むし、その、安心せぇや」


バツの悪そうに言葉を紡ぐ一氏くんに、俯いていた理名ちゃんが少しだけ顔を上げる。きょとんと目を丸くしている彼女に、一氏くんは居た堪れなくなったのか目を逸らして頭をガシガシと掻いた。やっぱり、一氏くんは優しいし私よりよっぽどお人好しだと思う。ジャグを作りにって言うのもきっと半分ホントで、半分は理名ちゃんの様子を見に来たんだろうな。そして今も、理名ちゃんを安心させようとしてる。


「別に、このままでいいよ」


によによと一氏くんを見ていたら後ろ聞こえてきた言葉に、え、と声が漏れる。


「呪い、返さなくていい。もうこのままで、いいよ」
「っ、そしたら、理名ちゃん死んじゃうんだよ!?」
「でも、確か呪い返しって倍返しになるんでしょ?相手は死なせてもいいの?」
「それは、そうならない様にちゃんとね、」
「それに、『死ね』って思われるくらい私を恨んでる奴が実際いて、私に死んでほしいと思ってる奴がいるとこでこの先も生きろとか、もうしんどい」


もう諦めた、そんな声で吐き捨てられたのは理名ちゃんの苦しさ全部が込められているようで、きっとそれは今のしんどさだけじゃなくて、昔あった虐めとかそういうの全部引っ括めての事で。その辛さを全部分かるとは決して言えないけれど、虐められる事の苦しさは、知っているから。何も言えず黙り込む私の後ろで、それはそれは深い溜め息が聞こえた。あ、嫌な予感。


「俺かて、呪詛返しなんてめんどい事したないわ!!」


一氏くんが、キレた。
えええ、ちょっと待って無理させたの私だから理名ちゃんにキレるのちょっと待って…!


「しかも呪った奴も死なんようにとか、誰がやったか分からんから全校生徒分の形代作ったんや、1652人やぞ!?1652人!!!」


なんて想いも虚しく一氏くんは止まりそうにありません。助けて小春ちゃん。


「俺はなぁ!関東にテニスしに来たんやぞ、ぁあ!?!?」
「だ……っれもやってくれなんて頼んでねぇだろうが!そんな言うならほっといてテニスしてりゃいいだろ!!」
「何やとぉ!?」


あぁ理名ちゃんもキレた。勢い良く立ち上がって一氏くんの胸倉を掴む理名ちゃんに、一氏くんも掴み返して睨みつける。待って、ほんと、今此処に小春ちゃんとか白石とか銀さん辺りが欲しい。2人共めっちゃ怖い。普通に殴り合いとかしそうなんだけど。早く止めなきゃ、と思いつつも2人の間で行き場のない手を伸ばして途方に暮れる。


「大体お前テニスしてないじゃん!漫才かダンス踊ってただけだろ!?」
「ダンスやない!輪舞曲や!!それに試合は笑かしたモン勝ちなんやぞ!!」
「イ〇モネアかよ!テニスしろよ!!」


だって何か論点ズレてきてる気がする。これはどう止めるのが正解なの。あと理名ちゃんお笑い番組よく見てるね?


「つーか全校生徒とか言うけど、私の呪い返すのに私の分まで形代?だか作ったの?馬鹿なの?」
「んやとゴラァ!大阪人に馬鹿は禁句やぞオラァ!!」
「じゃあアホ?スカタン?あぁ、スカポンタン??」
「タイム〇カンか!」
「ドロンジョ様好きなんだよ!」
「古いな自分!!」


分かった、実は仲良しだ2人共。
ポンと手を叩いて納得している私を余所に2人はやいのやいのとまだ言い合いをしていて、今のうちに小春ちゃん探してこようかなんて考える。でも離れた瞬間に殴り合いに発展してても困るよね。


「とにかく!私がもういいって言ってんだからほっとけよ!」
「アホ!俺はな、芥川に頼まれたからやっとんねん!」
「………………ジロ、ちゃんに……?」


一氏くんの言葉にピタリと理名ちゃんの動きが止まり、明らかに動揺した様子で零した問い掛けに、一氏くんがふんと鼻息荒く頷けば、何で、と呟く。


「自分と、もっと笑っていたいんやと。そう笑っとったぞ」
「笑って、いたい……」


ゆるゆると一氏くんの胸元から手を離して俯いた彼女は、少ししてからぽつりぽつりと口を開く。


「賢一がさ、珍しく仕事手伝ってくれて。早坂くんと成瀬くんはタオルの準備とビデオ設定とかしてくれてて、謝ったら『こんくらい俺らもやれますよ!』って笑ってて、吐きそうでしんどくてもう帰ろうかって思ってた時、藤平くんが水くれて『手伝うよ、もっと頼ってよ』って、言ってくれたんだ。…自分の試合終わったばっかなのに、ほんと優しくてさ。頑張ろって思ったの。こんな優しい人達が全力でテニス出来るように、皆のために頑張ろって……っ、」


そこで言葉は途切れて、堪えるように強く拳を握り締める。


「周りが死ねっちゅーからそれでいいとかそんなん聞きたないねん。『お前』はどうなんや。ホンマは、どうしたい」


淡々とそう問い掛ける一氏くんに、私は理名ちゃんの顔を覗き込んでから少し口元を緩ませる。


「っ、ジロ、ちゃんと、もっ…と、……皆ともっと、っ笑って、たい…っ!」


グズグズに顔を歪ませて泣きながらそう言う理名ちゃんの背中を優しく撫でて、キツく握られた彼女の手を優しく掴めば、まるで縋るように理名ちゃんが私の手を握り返してきて、一氏くんはまるで彼女の泣き顔を見ないように空を仰いで、「最初からそう言えや、強情」と呟いた。

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