キューピッドさん12



「そうですか、理名さんがそんな風に……」


私の話を静かに聞いていた日吉くんが零した言葉に無言で頷く。あの後、呪詛の事やジローくんだけじゃなくて亮や日吉くんも手伝ってくれてる事、誰も死なないで済むように調べてる事を理名ちゃんに話せば、全部聞いた後に、もう少し頑張ってくる、と泣き腫らした顔で笑った彼女はどこかスッキリしていて。ほっとする反面、早く呪術者を見つけなきゃと焦る気持ちが募る。


「焦っても、良い事は無いですよ」


私の心を読んだような日吉くんの言葉に顔を上げれば、真剣な表情で見つめられてドキッとする。改めて見ると日吉くんは本当に整った顔してるよね。モテそう。


「下らない事考える余裕はありそうなので、早くやってしまいましょうか」
「え!?日吉くん実は心が読める!?」
「モテそう、って声に出してましたよ」


やだ最近口がゆるい。慌てて口を両手で塞げば、さっさと日吉くんは歩き出してしまった。ひどいよ、光くんだってもうちょっとツッコんで……くれないな。うん。諦めて日吉くんの後を追いかければ、彼が私を見てから、そういえば、と切り出すので首を傾げる。


「ずっと疑問だったんですが九十九さんは霊視が出来るんですか?」
「あ、えと……うん。視える、よ」
「それはどれくらいですか」
「どれくらいって、普通の人と区別付かないくらいにハッキリと……?」
「……羨ましい」
「え?」
「何でもありません」


羨ましい、今羨ましいって言った!?私は視たくなんてないから是非代わって頂きたいんですけども!宍戸さんも霊視出来るみたいなのでやはり血筋ですかね、なんて淡々と続ける日吉くんをじとりと見る。そういえば、視えればいいみたいな事言ってたもんね。良い事なんてほんと、全然無いけど、好きな人には羨ましいものなのかな。


「除霊なんかも出来るんですか?」
「出来ません」
「即答ですね」


間髪入れずに返事をすれば日吉くんが呆れたように肩を竦めた。だって出来ないものは出来ないもん。じいちゃんの御札はもう無いし、浄めのお水も持ってない。あれ?私今襲われたらやばいんじゃ。ピタリと立ち止まって何かないかと慌ててカバンの中を漁る。日吉くんは特に何を言うでもなく一緒にカバンの中を覗き込んできた。女の子の持ち物をそうやって覗くものじゃないよ日吉くん。そこで、財布を避けた先に薄い顔が見えた。


「あ」
「コケシ……ですね」


そうだったコケシ様持ち歩いてた。良かった、装備一氏くんの御守りだけじゃなかった。カバンから出してほっと一息吐けば、日吉くんが不思議そうに見ていたので、はい、と手渡す。


「また風変わりな物を持っていますね」
「いや、コケシ様ほんと凄いから。シュパッと除霊出来るから」
「そうですか。ところで九十九さん」
「何?」
「前にいる黒いモノ≠ヘ九十九さんには『人に見えていますか?』」


コケシ様を裏返したりして見つめながら、いつも通り淡々とそう言う彼に思考が一度停止して、私は顔を強ばらせた。『私には人に見えてますか?』って、まるで『其処に幽霊がいませんか?』って聞いてるようなものじゃない。いやでも日吉くんは視えない人だし大丈夫大丈夫。乾いた笑いを漏らしながら前を向けば、血に塗れた男の人がこっちを見て立っていた。はい、フラグキッチリ回収しました。こんなフラグ折りたかった!数メートル先に立つ男は私と目が合うとニヤリと笑って此方に近付いてくる。


「っひ…とに視えるぅ!!」
「分かりました」


息を飲んでから全力で叫べば、日吉くんが一つ返事で私を背に隠してから男の方へと駆け出す。彼の行動に男も怯んだのか一瞬足が止まる。その一瞬で日吉くんは間合いを詰め、腰を低くした体勢で右手に握り締めたコケシ様を後ろに引いて、


「ハッ!」


容赦無くコケシ様の頭で男の顎を突いた。


「って、えぇぇぇぇ!?」
『グハ、カッ……ちょ、待グフッ……!』


私が叫ぼうが血濡れ男(仮)が何か言おうとしてようが、日吉くんは真顔のままコケシ様で怒涛のラッシュを続けている。とりあえず打撃音がエグい。ドドドドッてずっとコンボ繋げてる。


「何てこった、ついに日吉が目覚めた、そう『目覚めた』んだ!追い突きからのラッシュはもう誰にも止めらんねぇ……!!」
「うん、ジローくんはどうしてジョジョ立ち」
「え!?九十九さんジョジョ知ってんの!?俺この単行本36巻表紙の仗助のポーズ好きなんだよね!有名なのはジョナサンのこのポーズなんだけど、あっ!あとは承太郎の『やれやれだぜ』のポーズもスッゲー好き!!」
「全部ポーズ付きで説明ありがとう。でも全然分かんないかな」
「な、なんだってェェェェ!!」
「それもジョジョネタなんだね?」
「当たり!」


ダメだ、ジローくんテンション高い。チラリと見れば日吉くんは未だ見事なラッシュを繰り出していて、そろそろあの幽霊が可哀想に…………


「あぁぁぁ日吉くん、日吉くんストップ!コケシ様っ、コケシ様の首がもげちゃうぅぅぅう!!」





……────。

「という訳で、コケシ様は決して打撃用の武器では無いので優しく扱って下さい」
「壊れなくて良かったCー」
『死ぬかと、あ、成仏するかと思った……』
「先に説明して下さいよ」
「え?私が悪いの?」
『コケシという忍びの武器があるから仕方ないと言えば仕方ないさ』
「へーそうなんですか。何普通に会話に交ざってるんですか」


何とか日吉くんを止めた後、何故か血濡れ男(仮)はちゃっかり私達の輪の中に交ざってきてます。やだ怖いってば。そっと日吉くんとジローくんの後ろに隠れれば、二人が血濡れ男(仮)の方を見る。あ、そういえば気になってたんだけど。


「二人とも、この人の事視えてるの……?」


二人の間から血濡れ男(仮)を指差せば、ジローくんは空を仰いで日吉くんは何故かコケシ様を地面に置いてから眉間を寄せて血濡れ男(仮)の方を見つめる。あれ?嘘視えてない?って事は私日吉くんには話したとはいえ凄く痛い人じゃない?やだ泣く。地面に向かって打ちひしがれていれば、日吉くんが口を開く。


「コケシ様を持っている時だけ、薄黒いナニカが視えますね」
「え、コケシ様そんな機能が付いてるの?」
「知りませんよ」


ピシャリと返されて少しだけ泣きそうになる。冷たくされるのが好きな人種じゃないんだよ私。何だっけ、涙が出ちゃうだって女の子だもん?


「九十九さん声に出てるCー」
「おっとうっかり」


テヘ、と頭をコツンとやってみれば、日吉くんがコケシ様を拾いながらとても人を馬鹿にしたように顔を歪ませた。ねぇ私先輩なんだよ?懐かしいなぁと笑う血濡れ男(仮)にジローくんがえーちょっと古いCーなんて答えていて……うん?ナチュラルに会話してないかこの二人。


『少年、私が視えるのか?』
「んーん!視えない!」
「いやいやいや、じゃあ何で返事してるの」


私の問い掛けにジローくんは、えっとねー、とジャージのポケットをごそごそと漁り出して、おもむろに何かを取り出すと私達の前に差し出した。それは少しよれているが先程見たキューピッドさんの呪具の紙で、私と日吉くんと血濡れ男(仮)はお互いを見つめ合う。


「日野が持ってる奴いたぞってくれたんだけどさ、コレ渡されてからいつもより沢山声が聞こえるんだよねー」
「いつもより、って……」


それはつまり、『いつもは聞こえない声まで聴こえている』という訳で、用紙を手にしてから増えたって事は、強くなりすぎたそういうモノ───つまり霊的なモノに触れた事で元々ジローくんが持ってた霊感が強まった、って事?じいちゃんが、今まで視た事無くても霊的現象に巻き込まれてから視える様になった依頼人もいるって言ってたし。あ、じゃあ日吉くんも呪具やコケシ様に触れて霊感ついちゃったのかな?でもコケシ様持ってないと視えないんだっけ。と、それよりも。


「あの、ジローくん、あんまり幽霊の言葉に答えると『分かってくれる人』って悪霊とかにも目を付けられるから知らんぷりした方がいいよ?」
「え!そうなの!?なんかやな感じするのだけシカトしてたけどそれじゃダメなの!?」
「嫌な感じ、ですか?」
「そう!えっとね、九十九さんや日吉が赤なら、このおじさんは青でー、やな感じすんのはモヤモヤとか逆にハッキリしてる黒?って感じ!」
「まさかの例えが色」
「えー、だって他に例えらんないCー」


頬を膨らますジローくんに思わず苦笑する。音とか声を色に例えるって発想がまず無いからなぁ。でも私と違って判別出来るのは正直羨ましい。ホントに、羨ましい。私、見た目がエグいとかじゃないと生きてる人と区別つかないのに。


「つまり、この人は悪霊では無いんですね」
「うん!それはダイジョーブ!」


バッチシ、とジローくんが指で丸を作るのを見てから日吉くんは血濡れ男(仮)に向き直る。


「取り憑くわけでも無いのに、一体何の用ですか?」


真っ直ぐ射抜くような日吉くんの視線に血濡れ男(仮)は目を見開いてから、少しして僅かに目を伏せると口を開いた。


『あの少女の、呪いを解いて欲しいんだ……』

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