血濡れ男(仮)の言葉に私とジローくんは目を丸くする。日吉くんは先程と変わらぬ表情のまま彼を見つめ続けていた。
「……コイツ、何か言いましたか?」
「え!?めっちゃ今喋ったよ!?」
『ハッハッハ、少年はやはり聞こえてないんだねぇ』
「マジ!?日吉聞こえないの!?じゃあ俺と日吉足したら九十九さんになれんじゃね!?」
「私にはなれないよ!?」
何故だ、日吉くんがいるはずなのに圧倒的ツッコミ不足。ううんと頭を抱える私を余所にジローくんが、理名の呪い解いてだって、と日吉くんに説明していて自由過ぎて頭が痛い。あれ?そう考えると四天宝寺って平和じゃない?ツッコミ絶対いるもん。なんて現実逃避を始めた頃に血濡れ男(仮)に肩を叩かれる。慣れてきたとはいえ怖いのでお触りはご遠慮願いたいです。
『皆、あの子に憑きたくて憑いているんじゃない。只、あの呪いの執着が強すぎて引き寄せられてるだけなんだ』
「呪いの、執着……?」
首を傾げる私に、静かに血濡れ男(仮)は頷く。呪いの負の力に集まってる訳ではない、って事なんだろうか。
『呪いを行った者は彼女に執着している。それは狐狗狸様の力で徐々に力を増し、いつからか私達のような浮遊霊を引き寄せては捕らえるようになった』
「……呪いが、ユーレイを食べてるって事?」
さっきまで笑っていたジローくんがピタリと停止してから、真っ直ぐと血濡れ男(仮)を見つめる。正しくは血濡れ男(仮)のいる方を、だけれど。血濡れ男(仮)はジローくんが視えていないのを理解しているからか私の時とは違って、あぁそうだ、と声にして頷いた。呪いが霊を食べる、ってどうしてそんな事が起こっているんだろう。だって呪いの力自体がそもそもキューピッドさんで強くなっているのに、その辺の浮遊霊を取り込んでいく理由なんて無いはずだ。
「恐らく蠱毒、ですね」
「え?蠱毒?」
「蛇や百足、カエルなどを同じ容器で飼育し互いに共喰いさせ、勝ち残ったものを神霊として祀るものを蠱毒と言います。その毒を採取して飲食物に混ぜれば人に害を加えたり、大事にすれば福を呼び、呪いたい相手に送れば何も知らないその相手を破滅に追いやる事が出来ると言われる呪術の一つです」
「うんっとー、日吉はユーレイ同士で共喰いしてるって考えだよって事でオッケー?」
「はい。呪いが幽霊を食べている、つまり理名さんが蠱毒を育てる容器、呪詛や浮遊霊が蠱毒に使われる百虫、のようになっているんだと思います」
「ちょ、ちょっと待って。じゃあ呪術者はその、蠱毒を理名ちゃんの身体で作る為にキューピッドさんを作ったって事?」
「いえ、キューピッドさんの目的は理名さんの死でしょう。けれど幽霊が呪詛によって理名さんに集まり、呪詛は力をつけるために彼等を取り込み始めた……と考えれば、素人が行った呪詛が人一人を呪い殺すまでのものになったのも説明出来る気がするので」
つまり、偶然上手くいった呪詛が、偶然蠱毒としての機能を持ってしまい、理名ちゃんを殺してしまうまで大きな力になってしまった、って事……?
「捕えられた幽霊は、もう完全に亡くなってしまったんですか?」
『……ああ、そうだね。亡くなった、のだろうね。二度も……』
「幽霊が、亡くなるって……それじゃあ、輪廻に戻ることも、出来ないんじゃ」
「霊は意識としての存在です、それすら消えるという事は二度と生を得る事、存在する事は出来ないと考えられています。お二人のその様子だと、霊は完全に呪詛に取り込まれ存在していないようですね」
深く息を吐く彼に血濡れ男(仮)は目を伏せ、私とジローくんは見つめ合ってから小さく日吉くんに頷いた。一氏くんが今日理名ちゃんが死ぬ、なんて突然言い出したのも、私達が走り回ってる間にも呪詛が浮遊霊を喰らい続けて力を強めていたからだとしたら。今この瞬間にも力を付けているのだとしたら。ぞくりと、背中を冷や汗が伝う。キューピッドさんとしての呪いの力だけでなく浮遊霊の力まで付けたモノを、本当に返す事なんて出来るんだろうか。
『あの呪いを作ったのは男だ。彼女に向ける感情に、私が彼女に抱く恋慕と同じものを感じるからね』
「え?アオさん理名の事好きなの!?」
「ジローくんこの人の事そう呼んでたの!?」
「声が青っぽいんだもん!ちなみに九十九さんは!?」
「血濡れ男(仮)」
「その呼び方は酷いですね」
いやだって血濡れなんだもん。私間違ってない。けど呼びづらいから私もアオさんって呼ぼう。アオさんはそんな私達を見てケラケラ笑いながら、恋慕なんて言うと恥ずかしいね、なんてはにかんでいた。というか恋慕って。
「アオさんいつから理名の事好きなんだCー」
「私も聞きたい。それ、生前から?」
「アタッ〇ナンバー〇ンが世代なら生前は無いと思いますよ」
『世代だねぇ』
「って事はユーレイになってから理名の事好きなんだ!!」
「また物好きですね」
日吉くん、アオさんの声聞こえてないはずなんだけど良い具合に会話が成立してるの凄いと思う。しかし、理名ちゃんも別に視える人って訳じゃないのに一体何が合って何で好きになったんだろう。首を傾げていたら、アオさんがぽつりぽつりと語り出した。
『あれは、まだ寒い時期の事だったよ。最初は誰でもいいから自分の存在を知って貰いたくてね、色んな人の枕元に立っていたんだ。彼女の所に行ったのも偶然でね。彼女は僅かに霊感が合ったようで、直ぐに私の気配に気付き此方を視た。けれど霊障に逆らう程の力は無く、金縛りにあっているのか此方を視たまま動けずにいたんだ。上手く声も発せない、身体も動かない。恐ろしかったのだろう、彼女は少しづつ近付く私に目を見開いたまま必死に口元を動かそうとしていた……』
止めてください、語りが普通に上手すぎるせいで滅茶苦茶怖いんですが。泣きそうになりながら同じく話を聞いてるであろうジローくんのジャージを握り締めている私を、物凄く冷めた目で日吉くんが見てる気がするけどシカトさせていただく。ちくしょう、怖い話好きな君が私の代わりに聞いてくれよ頼むから。
『私の気持ちは高ぶった。そう、もっと私の存在を怖がってくれ。ゾクゾクと背中を走る言われもない高揚感にゆっくり彼女に近寄る私に、上手く動かないその口を動かし、彼女はこう叫んだ―――』
ごくりと私とジローくんが息を飲めば、アオさんは一息置いてからゆっくりと口を開く。
『―――「足元、ゴキブリ……っ!」……と』
「…………は?」
『見ればカサカサとあの黒い悪魔が足元を歩いており、私は絶叫を上げてその場から消えた。後から冷静になり、私はとても感動した!彼女は、金縛りで身体が動かないというのに!怖くて仕方なかったろうに!持てる力を振り絞って発した言葉は罵声でも畏怖でもなく、私の身を案じた言葉だったのだよ!!こんな優しい少女になんて事を私はしたのだろうと後悔すらした!!』
私を黒い悪魔から助けてくれた天使!なんて叫ぶアオさんを呆然と見つめていたら、日吉くんが「で、なんだったんですか?」と問い掛けてきて、ジローくんが「理名がゴキブリから助けてくれたんだってー」と緩く答えていて自由過ぎて本当に頭が痛くなってきました、まる。
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