亮に連れられてやってきた人物に深々頭を下げれば、その人は私と日吉くんの姿を見て戸惑いを見せる。ぽつりと、何この状況、と呟いた彼は心底不思議そうに亮と日吉くんに問い掛けるように視線を送る。僅かに眉を寄せる亮と静かに目を伏せた日吉くんに、更に戸惑いの色を濃くして彼は私へと向き直った。
証拠という証拠は、無い。けれど確証はある。だったら、理名ちゃんの為にも彼には認めて貰わなくちゃいけないんだ。一つ呼吸をして、口を開く。
「此処に来てもらったのは、私と日吉くんが調べてたキューピッドさんについて、話が合ったからなの」
ポケットから四つ折りにしていたキューピッドさんの用紙を彼に開いて見せる。
「通常、狐狗狸様だと社が描かれている場所にあるのは模様じゃなくてある特定の人の名前だったの」
「それが理名だった。こいつは、狐狗狸さんを使った呪いの道具だったって事だ」
私の言葉に亮が吐き捨てる様に続ける。目の前のその人は先程までと変わらず困ったように眉を下げたまま、静かに話を聞いていた。
「コレを作った人物は一人の力ではなく、氷帝学園の生徒を巻き込んでこの呪いを確実なものにしようとした。狐狗狸様って、大体やるのは女子が多いし理名ちゃんを良く思ってない人が女子に多いってその人は知ってたから。ラウンジのキャビネットに用紙を入れて、教室で噂を流すだけで勝手に広まっていくし、もしかしたら自分からやってみようなんて言い始めたのかもしれない。とにかく、作った人物……呪術者はキューピッドさんを広めるのに成功した」
「テニス部に話を聞いていて先ず不思議に思ったのは、誰一人として【キャビネットに用紙を入れた人物を見た事が無かった事】。良く考えれば分かりそうな事なのに思い付かなかったなんて、心の底では身内に犯人はいないと思いたかったのかもしれないですね」
「皆は犯人を見ていなかった訳じゃないの。皆と同じようにキューピッドさんの紙を取りに来るフリを、してただけ。何してたのか聞かれても『キューピッドさんの紙を取りに来た』とか…………『誰が入れてるのか気になっちゃって見に来た』とか、答えてた。そうだよね―――藤平くん」
真っ直ぐに見つめて、名前を呼べば彼はあからさまに困惑した様子でようやく口を開く。
「ま、待ってよ、それだけで俺急にその……呪い?の犯人にされてんの?キューピッドさんの紙を見に来たり取りに来た奴なんて他にもいるだろ?」
「それだけじゃないの」
―――そう、それだけじゃない。
証拠としては弱いかもしれない。だけど、他の人達とは違う事が、藤平くんとの会話には合った。彼であってほしくないと思うけど、私の第六感が、彼が呪術者だと言ってる。
「私達はキューピッドさんについて聞いて回ってた。キューピッドさんをやった事、キューピッドさんが一体何処から始まるのか、藤平くんにもそう聞いたでしょ?」
「あ、あぁ。だから俺、」
「その会話の中で、当たり前の事のように……まるで『キューピッドさんが関係してるのを知ってた』かのように理名ちゃんの体調の事を話したのは、藤平くんだけなの」
彼の弁解を遮ってハッキリと告げれば、藤平くんは目を見開いて私を見つめていた。そこに先程までの困った様子は無く、少ししてから僅かに目を細めて小さく息を吐いた。その目は信じられないほど冷たくて、背筋がゾクリとする。彼の優しい笑顔は全部嘘だったのだろうかと思うくらいの、冷たくて憎悪が見える目。思わず一歩後ずされば、亮が私の前に出てきて藤平くんを睨み付ける。
「……先に裏切ったのは渡瀬の方だ」
「え」
ぽつりと吐き捨てるように零した藤平くんが、私達を見て鼻で笑った。
「あんな奴、死んじまえばいいんだよ……っ!」
「ッ、テメェ!!」
「っ……!」
「やめて亮!!」
殴り掛かろうと藤平くんの胸倉を掴んだ亮に、咄嗟に叫ぶとピタリと振りかぶった拳が止まる。やだ、亮が私の声ちゃんと聞いてくれた嬉しい。なんて思っていたらピタリと静止していた亮がそのままの状態で此方を振り返る。
「気絶した」
「だよね!私の言う事聞いてくれた訳じゃないよねそんなオチだと思ってたよ!!」
「藤平さん、鳳のスカッドサーブでも気絶した事ありますもんね」
ちょっとだけヒロインぽいな私!なんて淡い夢だったんだ。
―――…
「ん、う……?」
「やっと起きたか」
「ヒッ!」
「何もしねぇよ…………まだ」
亮の顔を見るや飛び起きた藤平くんに、不穏な事を言いながら亮は呆れたように大きく息を吐いて肘をつく。そんなやり取りを正面で見ていた私と日吉くんはゆっくりと二人に近付く。
「藤平くん、理名ちゃんが裏切ったってどういう事?」
「…………」
「……おい、ジロー呼んできたっていいんだぞ」
舌打ち混じりに亮が言えば藤平くんの肩が大きく揺れる。ジローくんって亮より怖くないと思うんだけど。それともキレると怖いタイプなのかな。やだ想像つかない。目を泳がせていた藤平くんが少しして、渡瀬は違うと思ってたのに、と呟いた。違う、って何の事だろう。首を傾げた私に、日吉くんも小さく首を横に振るだけで思い当たる理由が無いらしい。亮は何も言わずにただ藤平くんの言葉を待っていて、そのプレッシャーに負けたのかぽつりぽつりと彼が話し出す。
「初めて会った頃は、跡部の事殴った女ってだけで凄い親近感湧いたんだよ。レギュラーや準レギュラーに媚を売るような女子と違って、馬鹿みたいに人数いる俺らの事考えてくれてた。嫌がらせが酷くて、手助けしたら俺達も虐められるんじゃないかって何もしない奴らとか、悪ノリして嫌がらせしてくる奴らにも、テニスが出来るようにって色々考えててさ」
だから皆、渡瀬の事手伝うようになったんだ、と力無く笑う藤平くんに私達は静かに話を聞く。理名ちゃんは、今回の合宿でレギュラーじゃない人達もテニスが出来るから手伝っているんだ、って言ってた。だから、藤平くんの話す理名ちゃんもきっとそういう気持ちからマネージャーの仕事をやっていたんだろうな、なんていうのが分かるからこそ、私には『裏切った』の意味が分からなくて。彼を見れば、眉を寄せ歯を食いしばっていて、でも渡瀬は変わっちまった、と一気に低くなった声色に思わず息を呑む。
「元々人に頼る方じゃ無かったけどさ、二年の終わりくらいから、手伝うって言ったら大丈夫って笑うんだ。レギュラー達にやらせるから気にしないでくれ、って。そう言って、跡部や……宍戸達の方に行くんだよ」
そう言って亮を睨み付ける彼に、亮が目を見開く。その様子が藤平くんの溜まっていたモノを吐き出すキッカケになったらしく、堰を切ったように彼が立ち上がり声を荒げる。
「確かに、虐めだって結局今のレギュラー達が解決したって話だし、俺達はなんもお前らに適わないかもしれないけどさ!それでも渡瀬は!渡瀬は、違うって、思ってたんだよ……!」
「……だから、アイツが裏切ったって?」
「っ、そうだよ!渡瀬だって結局レギュラーや準レギュラー達といる方がいいんだろ!?俺みたいなレギュラーにすらなれない奴とは一緒に居たくないから、俺達をっ、……俺を遠ざけようとするんだよ!!」
悲痛な叫びが辺りに響く。
違う。きっとそれは藤平くんの勘違いだ。今日会ったばかりの私でもそれだけはハッキリと言える。だって、私が話してた理名ちゃんは、
「『レギュラーや準レギュラーはただでさえ他の部員より練習が優遇されてるのに、ジャグ作りやタオル畳みくらいの雑用で落ちちまう実力ならレギュラーなんかやめちまえ』」
「…………は?」
「理名が去年、ケータイ見ながらミーティング受けてた先輩にタオル押し付けて、そこらの部員にやらせろよってキレられた時に言った台詞な」
深く息を吐きながら亮が空を仰ぐ。その顔はその時の事を思い出しているのか、呆れたように笑っていた。というか理名ちゃん、先輩相手になんて暴言を吐いてるんだ。いや、うんまぁ、ニッコリ笑顔か物凄く眉間寄せてるかの二択ではあるけど想像付く。きょとんと目を丸くしている藤平くんへと向き直り、アイツ今でも言ってるんだよそれ、と亮がもう一度息を吐いた。
「『マネージャー私しかいないのにこんな人数分やれるわけないだろ、練習時間じゃない時くらい自分の分はやれよ』が、口癖ですもんねあの人」
「レギュラー準レギュラーだけな。まぁ、他の部員がコート使える時間少ないのは確かだし、今じゃ文句言う奴いねぇけど」
「……それ、じゃあ……」
藤平くんの瞳が揺れる。亮も日吉くんも、真っ直ぐと彼の目を見つめて、そんな二人に彼は座り込んでそんな訳ないと頭を振る。私が話しても信じて貰えないかもしれないけど、それでも私が話してた理名ちゃんは藤平くん達の事をちゃんと考えてたから。藤平くんの横に座り込んで、彼の目を見て口を開く。
「理名ちゃんね、吐きそうでしんどくてもう帰ろうかって思った時に藤平くんが声掛けてくれたから、頑張ろって思ったって言ってたよ。自分の試合終わったばっかなのに手伝うって言ってくれた、って。だから、こんなに優しくしてくれる人達が全力でテニス出来るように、皆のために頑張ろうって思ったって、言ってたよ」
「っ、…………俺、俺ほんと、っごめん……ごめん、渡瀬っ……」
ぼろぼろと泣き出して俯いた藤平くんの背中をゆっくりと撫でてから顔を上げれば、亮が呆れた顔で激ダサ、と呟いてから彼の頭を思い切りぐしゃぐしゃにして、日吉くんは何も言わずにタオルを差し出した。
取り敢えず、一氏くんに連絡をしないとだ。
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