01



マフィアパロ。
跡部はかなり後まで出てこない



薄暗い、得体のしれない木箱ばかりが場所をとるここは、横浜の離れに位置するとある倉庫だ。ボスからの密偵を受けて潜入し、迅速にその職務を全うしようとした矢先のこと。はてさて、どこから漏れたのか。巧妙に気配を隠そうとしているがいかんせん数が多いのだろう。こちらに向けられる敵意にやれやれ、と深く息を吐いた。おおよそ倉庫の外で見張りを任せた下っ端が捕まって口を割ったに違いない。だから自分一人で良いといったのだ、助力どころかかえってお荷物じゃないか。後でボスに思う存分この件でこすってやろう。

そこまで及んだ思考は、背後で感じた空気の揺らめきに邪魔されて、その続きを模索することは中断させられた。間一髪、あわやというところで首だけを横にのけぞらせ、最悪の事態はなんとか避けられたようだ。太もものホルスターから使い慣れた拳銃を引き抜いて、先ほど弾丸が迫ってきた場所に正確に打ち返す。弾の打ち込み箇所から腕の位置を推測して、そして心臓には当たらないように。低く呻く男の声が倉庫に響いて、ニヤリと口元を歪めた。

今この倉庫にいる敵は全部で10人。気配を感じ取るのは得意な方だ。情報が確かなら、肉体派の一人を除いたすべてが狙撃の名手のはずだ。まあ、そのうちの一人は今しがたの攻撃で倒れたが。倒れ伏した男のところにあと二人、左右にもそれぞれ二人、あとは全員後ろ側で纏まっている。ずいぶんと要領の悪い配置だと思わざるを得ない。狙撃手のメリットといえば気配を分散させ多方面から打ち込むことで戦局を攪乱させることだ。遠くから獲物を狙うことに慣れた狙撃手はターゲットのすぐ近くで気配を殺すのが苦手だ。つまりこの状況は相当な悪手のはず。相手側の参謀は一体何を考えているのやら。そこまで考えて、ボスのお節介のような忠告が、ふと脳裏に浮かんだ。

『自分の目線で考えるな、相手の思考をトレースしろ』


相手の、思考――。
悪手としか思えない配置。
意味の分からない敵方のパワーバランス。
それらの手が唯一、有意性があるものとして考えられる戦略パターンとはなにか。俺がその答えに気付くのと、相手が動きだすのでは、若干後者のほうが早かった。

もう一丁ホルスターから拳銃を取り出し四方の木箱に乱射して、ジェンガ的連鎖反応で上手いこと四人の敵の頭上に重たい木箱を降り注がせることには成功したものの、相手もさすがはプロ。背後から正確に右手のひらと左手の拳銃をぶち抜かれ、一瞬その場でたじろいた隙を見逃されるわけもなく、このグループ唯一の肉体派の男に後ろから羽交い絞めにされて引き倒され、したたかに頭を打ち付ける結果となった。

「ぐあ…っ!」
「へっ、観念しな…、洗いざらい喋ってもらうぜ」

どうやら相当に大柄な男のようだ。体重をかけられる度に骨がミシリと軋む音がする。打ちぬかれた手のひらも痛くないわけではない。だらだらと止まらない血液が革製の手袋をぴったりと素肌に張り付かせるから非常に不愉快だ。

潜入して挙句捕まった間抜けなスパイの顔を一目見ようとでもいうのか。わらわらと物陰から残りの敵が出てきた。全員ピストル持ちだ。それにしてもサブマシンガンの一人もいないとは、舐められたものだと歯噛みする。

「…さっさとてめえのボスの情報吐かねえとそのまま潰されんぞ」

そんな言葉、脅しになるとでも思っているのだろうか。
ククク、と喉奥で音を立てて嘲り笑う。

「多対一じゃないと取り押さえられないのに、随分と大きく出ましたねえ」

ぐい、と首を持ち上げて男に向かって唾を吐きかける。血の混じった唾なんて、お世辞にもスマートだとは言えなかったけれど、相手を挑発するには十分だったようだ。

「この…!」と怒りを滲ませた怒号を軽く受け流せば、あっという間に男はキレた。ああ、なんて扱いやすい。周りのやつらが必死に止めているのが分かる。だって俺はこいつらにとって唯一の敵方の情報源だ。倉庫の外で見張ってたやつなんて、俺の顔と狙撃手であることぐらいしか情報を引き抜けなかったはずだ。うちのボスがそんな尻尾を出すような真似、するわけないからな。

口論はヒートアップし、とうとう殴り合いの喧嘩に発展してしまった。仲間割れだなんて、なんとも愚かだ。いい加減にしろ、と俺の背中に乗っていたやつがその圧倒的力の差で喧嘩を収めようと、俺から少しばかり自分の体を浮かせた。


ああ、そうだ。この時を待っていたのだ。


うっすらと男との間に出来た空間を利用して素早く身体を回しながらスーツの右袖の中に隠し持っていたナイフを取り出し首めがけて素早く走らせた。血は大量に出るから驚くだろうが、実際は致命傷にはならないだろう。のけぞった男の腹を足裏でけりこみながら右手を床について起き上がり、素早く相手から距離をとる。足蹴にされた男は頭から木箱の山に突っ込んでいったから、今のコンボであの男が意識を飛ばしたのは確実だろう。少しばかり右手の痛みに顔をしかめたが、まあ問題ない。動くのなら、今はそれで良い。

俺の拳銃自体はやつらの向こう側に転がっている。そのことを奴らも分かっているのだろう、さあ逃げ場はないぞ、とばかりににやけ面をしながらこちらへの包囲網を狭めてきた。さて、相手を見誤っているのはどちらか、思う存分、分からせてやろうか。

地面を蹴って駆け出し、一番手近なやつの右手首をつかみ肘を狙って手刀を落としそのまま地面へと引き倒した。左手でありがたく手元の拳銃を回収してから奴の両足に鉛玉をぶち込んだ。次の相手には顔に拳銃ごと裏拳を食らわせてその衝撃のまま後ろにいたやつごと倉庫の奥へと吹っ飛ばした。回転をかけた上で吹っ飛ばしたから、しばらくは意識も戻るまい。さて、残るはあと一人。と、目線をやれば、なるほど、先ほど自分が唾を吐いて煽った相手だった。

その瞳はゆらゆらと怒りに燃えているものの、その構え自体にけして隙はなく、見所のあるやつだったのか、と評価を新たにした。

「てめえ、狙撃手じゃねえのかよ!!」
「いや、狙撃手だが」
「はあ!?そんな奴が接近戦に強いわきゃねえだろうが!!」
「そういう思い込みがこの結末を招いたことにも気付けねえのか?」

眉をひそめてそう問えば、先ほどまでの隙のない構えはどこへやら、ただただ拳を振りかざし闇雲に向かってくるだけの木偶の坊になり果てた。その攻撃の全てをなんなくとかわしつつ、ふと、足元の粉々に砕け散った木箱の中身に意識をとられた。思わず手癖で、なんの力加減もせず全力で相手の腕をひねりあげてしまった。骨の軋む音と、相手の声にならない叫び声の圧を受けてようやく意識がこちらに戻ってきた。

「おい、この箱の中身はなんだ」
「はあ!?知らねえよ!!」
「…ドラッグじゃないのか」
「―――」

無言には無言を。黙って力を入れ、ギリギリとさらに腕をしめあげた。

「――ッ!!分かった!!言う、言うよ!!!それはドラッグっぽいだけでタダの白い粉だ!!プラシーボ効果でバカ高く売る用のな!!!なあ、これで十分だろ!!!」
「ああ、十分だ」

ぱっ、と手を離せば、何の抵抗もなく、どしゃりと男が床に落ちていった。はあ、全く。今回はうちの参謀が一杯食わされた、というわけか。ふと目線を下に向ければ、まだあがく気なのか、近くに落ちていた拳銃に必死に手を伸ばす男。その諦めの悪さだけは評価してやろう。拳銃を足で蹴っ飛ばし、男と目線があうように、そしてスラックスが地面につかないようにしゃがんで、男と目を合わせた。その瞳には挑むような力強さも、燃え盛る怒りの炎も見えず、ただただ脅えが広がるだけだった。そのことに一抹の寂しさを感じつつも、仕事だから、と割り切ればそこからの手順に迷いなどない。

「殺すのは趣味じゃないからな」

だから、今回は両の腕の脱臼だけで済ませておくさ。
二度と、俺らに歯向かえない程度のトラウマは植え付けてやっただろう。