03



それから三日後。あの倉庫を所有していたファミリーはさっそく取り潰され、うちの抱えた案件はとりあえず収束を見た。だがしかし、問題が一つ。

「神奈川の案件をこっちに寄越すなんておかしいと思ったんや…、本来あっちの管轄やろ?うちは特区だけで手一杯なんやし!」
「まさか侑士が騙されるなんてなあ、こりゃあしばらくネタに使っていけそうだぜ!」
「岳人の中には俺を慰めるという選択肢がないんか?」
「じゃあ俺の好物の納豆やるよ」
「ありがた迷惑やわ…、ほんまにいらんでそれ」

今回の騒動の発端は、といえば、神奈川に本拠地を構えるリッカイファミリーからの要請であった。なんでも自分たちでは手が出せないファミリーがいるから、代わりにノしてきてはくれないかと、わざわざドンである幸村さんからの直接の頼みだったので、どうにも断れずに引き受けたのだった。

「にしてもあんな子分生み出しちゃうなんて、あそこもまだまだだC〜」
「…ウス」

さて、事件が解決したと思えば、なんとも衝撃的な事実が露呈したのであった。なにかといえば。今回のことは、なんでもリッカイファミリーから独立した傘下のファミリーの仕業だったのだ。こちらもリッカイも、犯罪事に手を出すのを良しとしないタイプのファミリーである。つまり今回のあのファミリーの暴走はリッカイにとって目に余る行為だったわけだ。

だがしかし、本家が直々につぶしにかかるのもアレかな、ってことでこちらにお鉢が回ってきたらしい。アレってなんだ、アレって。こちらは完璧に巻き込まれ事故である。

「にしても日吉はよく手のひらの怪我だけですんだよね!運が良かったよ!」
「それに部下の奴も結局無事だったんだろ?ますます大手柄だぜ、若!」

そう、あの下っ端も無事だったのだ。なんでも捕まった段階で隠し持っていた仮死状態に陥る丸薬を飲み込んだらしく、倉庫探索の頃に目覚めて無事に保護されたのだ。その結果、なぜか俺の直属の部下になったのかはよく分からないが。だがしかし、けして口を割らなかったその姿勢は、まあ、評価しても良いのではないかと思う。

一度俺に集まった話題も、一通り時間が経てば思い思いの話へと切り替わる。いつまでもこうやって大広間にいるのもなんだ、と思い、椅子を引いてこの場を後にしようと立ち上がれば、そっと肩が叩かれる。振り返れば樺地がいて、ただ一言「跡部さんが…呼んでます」との短い伝言をもらった。頷いて、スーツの襟を正しながら、今度こそ大広間をあとにした。

屋敷の奥地、毛足の長い赤い絨毯を踏みしめながら、待ち人のいる部屋へと向かう。獅子を象ったドアベルをコンコンと打ち鳴らせば、"入れ"と声がした。何度来てもこの部屋特有の空気にはなれない気がする。積みあがった書類の向こう側に金茶の頭が見え隠れして、しばらく待つと万年筆を紙に走らせる音が止まった。

「日吉」
「はい」

書類をわきにどかし、現れたのは紛れもない、我がファミリーのボス、跡部景吾である。金茶の髪にアイスブルーの瞳、おおよそマフィアとは思えない容姿の華々しさは、血にまみれているよりも同じくらい真っ赤なバラを背負っている方が似合うだろう。

「この度のミッションご苦労だった。被害は最小限に、かつ目的を完遂してくれたこと、感謝する。…さて、日吉よ、なにか欲しい褒美はあるか?」

うちのファミリーでは何かしらのミッションを成し遂げると、それに比例してボスから褒美がもらえるシステムだ。単純だが、このシステムを採用してからミッションの達成率はぐんとあがった。人間そんなものである。さて、日吉自身も一応は報酬について考えたのだ。だがしかし、なにが欲しいかと問われれば答えに詰まるのだ。自分が欲しいものはただ一つ、今跡部が座っているまさにその席なんだから。

答えに窮していると、いつも書類で埋まっているボスの机の上に見慣れない書籍が見えた。

「なんですかソレ、……テニス?」
「ん?ああ、これか。…偶然試合を見かけたんだが、思いの外魅せられてな。どうせなら極めてみようと思ったわけだ」

テニス。スポーツ。なるほど、その分野もまた良いかもしれない。

「では、それにします」
「…は?」
「俺とテニスの勝負をしてください」
「…お前、テニスの経験は?」
「ゼロですよ」
「それでも俺様に勝負を挑むと?」
「物覚えはいい方だと自負しています」

挑発的な視線を向ければ、思いっきり口を開けて跡部さんは高笑いをした。クハハ、と体を折り曲げてまで笑うのはさすがに腹に据えかねる気もするが。

「いいだろう、俺様が直々に教えてやる」

そういって、自信満々に口角を吊り上げるさまはどこまでも自分の下剋上の精神を刺激してくる。戦闘の時とは一味違う、全身の血が沸騰するような高揚感がこの人を前にすると湧き上がるのだ。

「テニスでも下剋上か?」
「ええ、もちろん。引退の準備でも整えておいてくださいよ」
「全く、相変わらずな奴だぜ」

やれやれとでも言いたげに首を振りながら、部屋をあとにする跡部さんの後ろに続いた。いつか、この人を、越えてやる。願望なんかではない、これは決定事項だ。

「なあ、日吉」

思考の海に沈んでいると、唐突に跡部さんから声がかかる。はじかれたように顔を上げると、そこにはボスとして采配を振るときの怖すぎるほどのオーラは鳴りを潜めていて、ただの一人の男としてその場にいた。

「本当に俺の場所が欲しいなら、手っ取り早く寝首でもかけばいいんじゃねえのか」
「殺しは嫌いなんです」

それに、と。それ以上を続けようとした言葉は口から出るのを嫌がった。それに?と聞き返してくる跡部さんに、なんでもないです、と首を振ればどうやらそれ以上追求するつもりもないらしい。

(「それに、俺がトップになった姿を見せたいのは誰よりもあなたになんですよ」)

なんて、とてもじゃないが言えないことだ。最近、自分の中の気持ちが迷子になることが多い。誰よりも跡部さんを超えたいという気持ちはあるのに、俺を含めた誰にも越えられないでほしいなんて矛盾めいた気持ちを持つこともしばしばだ。これがどういう気持ちに繋がるのか、俺にはまだちゃんと把握できていないけれど、いつまでも俺の目線の先に跡部さんがいることは、どうしようもなく決定事項だ。