2018.10.14
未来設定
prrr...
心地よいまどろみの中にいた俺を起こしたのは、普段の目覚ましの音より、いくらかけたたましさの抑えられたコール音だった。
覚醒しきらない頭で、音のする方へと手を伸ばす。もしかしたら会社からの緊急の連絡かもしれない。今日は休日だが、なにかトラブルがあって出勤してくれ、だとか。
そんな可能性に考えが至り、いくばくか緊張しながらも画面をスライドさせ電話に出た。
「若!俺様だ!」
「...オレオレ詐欺なら間に合ってます」
「オレオレ詐欺じゃねえよ!跡部景吾だ」
「...余計間に合ってます」
「ったく、相変わらずの減らず口だぜ」
電話口から聞こえたのは、課長からのお呼び出しコールなんぞではなく、中学時代からなんやかんやと縁が続いている跡部さんの声だった。
近年はやたらいい声の詐欺師が増えてきたのかと思ったが、どうやらそういう訳ではないらしい。
「それで?何の用ですか?」
「...ああ!そうだったな!」
「ちょっと忘れてんじゃないッスか...」
「今日は久しぶりにゆっくり出来そうでな、お前を誘う電話をしているわけだ」
「ああ、はあ...」
なんだって俺に白羽の矢が当然のように立っているのか聞きたいところではあるが、まあ返事の方向性も大体予想できるのでいいとしよう。
というか、思い返せば先週の日曜に跡部さんと会っていた気がする。先々週に至っては跡部邸に泊まり込んで、未確認飛行物体の捕捉に明け暮れた記憶が今更蘇ってくる。
それだけ会っているのだからお断りします、そんな選択肢を俺が選んでも一般的に考えて不思議ではないはずだ。
しかし、俺がしたことは布団から抜け出して、プライベート用の鞄を引っ張り出すことだった。
そうつまり、結局のところ、俺はなんだかんだ跡部さんと過ごす時間が嫌いじゃないのである。むしろ、楽しんでいたりまでする。
「どこ行きたいんですか」
「映画を一緒に見た後、夕飯になだれ込むコースでどうだ」
好きな監督の新作が上映されたんだが、それが見たくてな。なんて電話口で語り始めてしまった跡部さんの言葉を半ば聞き流しながら、壁にかけてある時計に目をやれば、11:48と時刻を教えてくれた。昨日は残業が長引いて、日付を跨いだのちに帰宅したことを考慮すれば、意外と十分に睡眠時間を得ていたようだ。
そんなことに思いを馳せながら、器用にスマホを耳と肩とで挟み、クローゼットを開け服を取り出す。
「跡部さん、お昼ご飯食べましたか?」
「?いや、まだだな」
「今から別々に食べるのも面倒ですし、お昼から一緒でどうでしょう」
「!ああ、いいぜ」
「それではいつもの駅前集合で。そうですね、30分もあればいけると思います」
「分かった。...なあ、若」
「はい?」
「デートみたいだな」
本当にこの人は無駄に良い声なのが腹立つ。ゾワリとしかけた腕をさすりながら、不機嫌さを微塵も隠さない声で返事をする。
「...うるさいです、切りますよ」
「チッ、冗談の通じないやつだ」
全く悪びれていない跡部さんの声が媒体の向こう側から聞こえてきて、いつまで経っても跡部さんに振り回されていると感じた。
宣言通りに電話を切ろうとして、少しだけ、自分の中のいたずら心が顔を覗かせた。やられっぱなし、ってのは面白くないものだ。
「デート、楽しみですよ、...景吾さん」
電話口の向こうで大きく息をのんだ音が聞こえた。どうやら仕返しは上手くいったようで、意気揚々と電話を切り体をうーん、と唸りながら伸ばしていく。
「あー、準備するかあ」
多分、今の自分はかなり機嫌がいいのだろう。題名の思い出せないドラマの主題歌を口ずさみながら、そうだ、まずは顔でも洗いに行かねば、と目標を立てる。
なんて言ったって、今日は“デート”なのだから。クローゼットから取り出した服が、この前遊びに行ったときに買ってもらったヤツなのは本当にたまたまである。
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さて、家を出よう、という時になって、先ほど自分が跡部さんになんと言って電話を切ったのか思い出して、どんな顔して会えばいいのかと随分と悩まされたのは、まあ、自業自得なのだが。