小指なんぞでは敵わない
人間跡部×吸血鬼日吉
「跡部さん、跡部さん...っ!」
だから嫌だったんだ。人間と関わるなんて。
意識が飛び始めているのか、抱きしめている体はどんどんその重みを増している。簡素な白シャツは瞬く間に血で染まり、いつも俺の事をまっすぐと見つめてくるアイスブルーの瞳は陰りを帯び始めていた。
「銀製ですらない銃弾何発くらったって、傷は塞がりますし痛みだって無いに等しいんだ、なのになんで...っ!!」
言いたいことなんて山ほどあった。
別にアンタが俺を庇って鉛玉を食らう必要なんてどこにも無かったんだ。
跡部さんはただの人間で、俺と一緒に居なかったら狙われる必要もなかったんだ。
だから俺に近付くなとあれほど言ったのに。
そのどれもが言葉にならなくて、固く引き結んだ唇から押し殺した息が漏れた。
「ばーか、好きなやつに怪我なんてさせたくねぇんだよ」
こんな時なのに、なんでアンタはそんな綺麗に笑うんだ。
頬に伸ばされた手のひらが辛そうに震えるから、思わずぎゅっと握り返した。跡部さん、跡部さん。俺はいつから、こんなにも貴方に惹かれるようになったんでしょうか。
周りには俺らを襲撃したヤツらが点々と転がっている。手加減なんてしなかった、出来なかった。石でできた床は今なお血溜まりが広がっていて、俺が喋るのをやめてしまえば空間を支配するのは荒っぽい跡部さんの息遣いだけだ。
きっともう長くは持たない。助けられるのはこの世で多分、──俺一人しかいない。
「跡部さん、俺の事好きですか」
「...なんだ、急に」
「いいから、返事を」
俺の剣幕に押されたのか、少し目を見開いた後、しっかりとした意思を感じさせる瞳で俺の事を見返す跡部さん。
「ああ、愛してる」
十分です。小さすぎて声にもならなかった俺の思いはひっそりと空気に溶けた。
煩わしい肩のケープを外して丸めて置いて、出来るだけ揺らさないように跡部さんの体をそっと横たえた。
真紅のネクタイ、黒のベストを順々に脱ぎ捨てて、ボタンが弾け飛ぶのも気にせず乱暴に白シャツの前を開ける。
ガバリと肩までを露出させて、そっと跡部さんへと近付く。
「噛んで、俺の血を、飲んでください」
「!けど、そうしたら」
「ええ、貴方は俺と同じ吸血鬼になります。傷は治りますが、不老不死の体になった貴方はもう元の街には戻れなくなります」
だから、俺と永遠を生きる覚悟があるのなら、血を、飲んでください。
少し躊躇いを見せた後、体を起き上がらせた跡部さんが俺の肩へと指を這わせた。跡部さんの熱っぽい吐息がかかって思わず体が震える。
耳にかかっている髪をかきあげる仕草が艶めいていて、こんな時なのに心臓がドクンとはねた。ブツリと皮膚が裂かれる感触がして、ドクドクと脈打った俺の血が吸われていく。
みるみるうちに跡部さんの傷は塞がり、擦り傷まみれだった顔もすっかり綺麗な状態に元通りだ。
吸血鬼化した人間特有の、キラキラと光を放つ白のオーラが跡部さんの体を縁どった。ゆっくりと息を吐きながら目を開いた跡部さんの瞳は相変わらず綺麗なアイスブルーだったけれど、その虹彩に血のような赤が混ざったのが分かった。
数回瞬きを繰り返した後に、パチンと指を鳴らす。すると、血で汚れた服があっという間に俺の普段着と全く同じものに変化する。
吸血鬼は想像の力で己自身を如何様にも変貌させることが出来て、ついでに自分の服装も変化させ放題である。
その事は本能で悟ったのだろうか。
何にせよ、相変わらずの順応の速さに舌を巻く。
手のひらを閉じたり開いたり、立ち上がって歩き回ったりと、自分の体の調子を確かめる姿はどこかストイックなアスリートを思わせた。
その様子を見ながら、俺も立ち上がってパチンと指を鳴らし、新品の服装に着替える。
──けしてカッコいいな、と思って真似した訳では無い。決して。
確認が終わったのだろうか、いつの間にか建物の隅っこまで歩いていっていた跡部さんが凄まじい速さでこちらに駆け寄ってくる。
って、あれ、ちょっと待って、減速する気ないのかあの人。え、あ、ちょっと!
「痛いっ!」
いや、別に痛覚はそれほど機能していないからあまり痛くはなかったのだけど。特に減速もしないまま抱きつかれて、そのまま後ろにあった柱に背中を打ちつけた衝撃に思わず口から飛び出てしまった。
さて、衝動のままに抱きついてきたらしい跡部さんが、そのまま一言も話さずに俺の胸に顔を埋めたまま、ただただ背中に回してきた腕に力を込めるので、とりあえずされるがままになってみた。
「───」
「え、あ、なんですか?」
紡がれた声は小さくて、少しだけ意識が他所に飛んでいた俺には上手く聞き取れなかった。
「これでやっと、俺もお前が守れる」
噛み締めるように呟かれた言葉に、胸が詰まった。道に迷った跡部さんがたまたま俺の館へと迷い込んで懐くようになってしまってから、ヴァンパイアハンターだけでなく、街の住民からも領主の息子を誑かしたと襲われるようになったのは事実だ。そのことを、ずっと、考えていてくれたのだろうか。
ツンとこみ上げてくるものがあって、それを誤魔化すように俺も跡部さんを抱きしめ返した。人外の身になって、愛されている実感が湧くなんて思いもしなかった。こんなに俺を愛してくれて、そして俺が愛せる人と出会えたことは奇跡だと思う。 湿っぽいのは柄じゃないからと、ブンブンと頭を振った。
もぞりと埋まっていた胸から頭を離して、跡部さんがこちらを見つめる。
──今までずっと誤魔化していたのだが、ブーツまでお揃いにされてしまったために、露骨に身長差が伺えてしまって悔しい。
こちらを見つめてくる瞳は柔らかく弧を描いて、慈愛に満ちたかのような眼差しにこちらがむず痒くなる。
「帰ろう、若。俺たちの家に」
差し出された手のひらを迷いなく受け入れた。指と指が絡んで、お互いの体温が全部伝わりあって溶け合っていく。
「ええ、帰りましょう、...景吾さん」
深い森の奥にそびえる吸血鬼の館で、貴方と永遠の時を過ごそうか。血で結ばれた縁は、運命の赤い糸よりも強固だろう。