不謹慎
読了後の不快感に関しては一切の責任を取りかねます。ひどい話です。タイトル通りです。
黒ずくめの服に身を包んだ人達は皆一様に鬱々とした顔をしていた。
涙のあとを必死に隠したのだろうやつれた顔の人や、現在進行形で嗚咽をあげている人もいる。
黒の中にチラホラと見える、色鮮やかな服装はここの近所の中学や高校の制服だ。
道場にはよく小さな子達が古武術を習いに来ている、と言っていたから、きっとその縁の子達なのだろう。
受付に足を運べば、どうやら俺の事は話が通じているらしくて、特に名前を記すこともなく通された。ギシリと鳴る木造の床がいやに耳に届いた。
部屋に入ると名前を呼ばれた。
振り向けば優しげな顔つきの青年がそこには立っていた。
天パらしい黒髪が、今日はいつもより落ち着いている。いつも笑顔だから気が付かないが、目つきの鋭さは弟に似ていると思う。それ以外は正反対と言えるくらい似ていなかった。
お兄さんから細かな説明を受けたのち、関係者席に座ることを謝った。気にしなくていい、と言ってくれはしたが、果たしてどこまでが本心かなんてわかったものでは無い。
*
式はつつがなく進行した。自分の焼香の番が来て席を立ち上がり、真っ白な直方体の箱の前に向かう。
箱に中身は入っていない。入れられるものなんて、すこしも残りはしなかったから。
額に押し当てる動作を繰り返して、写真に向かって手を合わせる。いい笑顔をしていた。手には全国大会の優勝旗が握られていて、切り取りきれなかった写真の隅っこに暗めの金髪が写りこんでいた。
明日には焼かれてしまう箱を見つめて、踵を返した。中身のないものに興味はない。そんなところにアイツはいない。
*
帰る間際に女性に声をかけられた。栗色の長い髪を耳の下で結っていて、落ち着いた上品な女性だった。泣き腫らした目を見て、胸が痛んだ。目元は母親似だったのだと思った。
「貴方に、どうしても話しておかなければいけないと思いまして」
かしこまった口調で話す彼女に敬意を表して、体ごときちんと向き直った。
「息子からの必死の告白を、私達は受け止めることが出来ませんでした。あの子の思いを、否定することしか出来ませんでした。」
ポツリポツリと、懺悔のように語られる内容に耳を傾ける。
「あの子は黙ってそれを聞いていました。今なら分かります。きっと罵られる覚悟なんてとうにして、私達に話したのですね。けどあの時の私達は、決定的な何かを言わないとこの子には響かないのではないのかと思って、さらに言葉を重ねてしまいました。」
ぐっ、と押し黙った後に、何かを決意した面持ちで彼女は口を開いた。
「...貴方への、悪口を言った途端、あの子は怒りました。『俺の事はなんて言ってもいい、ただ跡部さんまで悪く言うようなら俺は許せない』...あんなにも声を荒らげる息子は、初めて見ました。」
思わず息を飲んだ。
そんな顛末があったなんて聞いていなかった。
「私達はあの子に許されなかったのです。そのまま口論になり、家を飛び出して行った先で、あの子は...。」
家を飛び出したアイツを誰も追いかけなかった。そこが分岐点だったのだ。
緊急搬送の知らせを受けて家族が駆けつけた先で、彼らは遺族として扱われたのだ。
「最後に、顔を見ることも叶いませんでした...!どんなに後悔してももう遅い、私達があの子にしてあげられた最後のことが頭ごなしに叱りつけることだったなんて、悔やんでも悔やみきれないのに...!」
絞り出すように紡がれる言葉は悲痛だった。遺体の損傷が激しく、見せられる状態ではないと体を覆う白のベールがめくられることは無かったのだ。
轢いた運転手も亡くなったと聞かされれば、出来ることと言えば自らを責めることだけである。
それはきっと、十二分に分かっているのだろう。なんとか呼吸を落ち着けたらしい彼女が顔をあげれば、そこにはしっかりとした意志の強さが見えて、やはりアイツは母親似なのだと思った。
「お引き留めして申し訳ありませんでした。また時期が来ましたら再度連絡を──」
「いえ、もうこちらに来ることはしません。」
キッパリと意思を告げると、寂しげに目を伏せられた。
「そう、ですか。では、これで会うのは最後でしょうね」
「...かもしれません」
「跡部さん」
「はい」
「私たちを許さないでください」
食いしばった歯から漏れるような息が、かろうじて『はい』の二文字を紡ぐ。
軽く会釈をして、背を向けた。
門を通って大通りまで少し歩けば、あっという間に日常へと引き戻される。適当にタクシーを捕まえて乗り込み、住所を告げた。
もう二度と来ないであろうこの町に、最後に一瞥もくれてやることなく、固く結んでいたネクタイを解いた。
***
「最近の財閥の御曹司は死体捏造もするんですか」
「風評被害にも程があるだろう」
リビングで喪服から着替えていると、背後からなんとも不躾な質問が降り掛かってきた。なんとも紛らわしいことこの上ない。
「俺がしたのは病院への根回しと目撃者の捏造、警察へのお願いくらいだ」
お前の家がテレビを見ない家庭でよかった、さすがに局に圧をかけるのは骨が折れる。
そう続ければ、なんとも失礼なことに後ろから返ってきたのは特大のため息のみだ。
「そこまでする必要はあったんですかねえ」
白シャツに黒スラックスというありきたりな服に着替え終わり、後ろを振り向けば、思ったよりも近くに来ていて内心ビックリする。
サラサラの茶色の髪、長めの前髪から覗く琥珀色の瞳は美しく澄んでいて、背筋はピンと伸びている。かすり傷一つない綺麗な肌なのに、襟元から少しだけ見える赤の所有印がひどく扇情的だ。
手持ち無沙汰だからと何も言わずに抱き締めれば、またも小さくため息をついてから背中に腕を回してきた。
俺の恋人の、可愛くない可愛いところである。
「これで心置きなく向こうに飛び立てるだろう、大事なことだぜ」
「まあ、そうですね」
小さく笑い声をあげるこの愛おしい存在を決して手放すまいと、抱きしめた背中の向こうで握りこぶしを作る。
愛しい、愛しい、俺の大切な恋人。
お前が居てくれればそれだけでいいのに。
「景吾さんの愛が重いなんて、今更な話でしたね」
よく分かっているじゃないか。
お前以外に執着するものなんてない。例えばそれがお前の家族だとしても、俺らの邪魔をするのなら、それは外野であり、敵であり、排除すべきものである。
「若、愛してる」
あの時、家を飛び出してきた若と偶然出会ったのは、今思えば運命だったのだ。
あっという間に今回の運びを考えた俺に苦笑しつつも合意してくれた若は、きっと俺が考えている以上に心にくるものがあったに違いない。
そんな不安なんて消し飛ぶようにより強く抱き締めた。俺様の重っ苦しい愛が少しでも若に伝わればいいと思いながら。