うせもの仮称
モブ視点
俺の友人はちょっと不思議だ。
数学なんて論理的なものが得意な割に、七不思議みたいな非科学的なものに興味があったりする。
目元まで覆い隠してしまいそうな重めの前髪がその隙間から覗く目つきの悪い瞳と相まって薄暗い印象を与えるのに、本人は男テニの次期部長と目されていたりする。
そのギャップが面白くてよくちょっかいを出しているのは、紛れもない事実なのだが。
次の授業は音楽で、移動教室だった。
日吉は音楽が苦手で、渋い顔をしながら俺の隣を歩いている。アルトリコーダーが吹けないからって死ぬわけじゃない、って話をすごく真面目にしながら特別教室棟につながる渡り廊下に足を踏み入れた。
反対側から見覚えのある人が近付いてきた。その堂々とした出で立ちと、華やかな容姿は見間違えようもない、生徒会長の跡部先輩だった。
「跡部部長」
日吉の声で、ああ、そういやテニス部部長もこの人だったなあ、と思う。文武両道。天はこの人には何物与えたんだろうか。
取り留めもない考えを巡らせていると、跡部先輩は俺たちの、正確には日吉の前で立ち止まった。
「次は音楽か?」
「そうです」
「お前苦手じゃなかったか?」
「そうですよ、始まる前から憂鬱です」
「あーん?俺様が手取り足取り教えてやろうか?」
「要りません」
「そうかよ」
ポンポンと小気味よいテンポで織り成す会話自体は仲の良い先輩後輩のようで微笑ましい。ただ、その、なんというか、二人の話す距離がやけに近かったり、会話の合間合間に髪を撫でる手つきが見ていて妙にザワザワとした。
「ま、精々頑張るこったな若。それに──も。」
突然呼ばれた自分の名字に思わず肩が跳ねた。
「ど、どうして俺の名前を...?」
「あーん?生徒会長が生徒の名前覚えてねぇわけないだろうが」
それに。と続けながら、視線を少しだけ俺から外して、撫でられた髪のハネを手ぐしで直している日吉に目を向ける跡部先輩。
「若の友人なら、尚更な」
にこりと浮かべられた笑顔も、言われた内容も、けして特異なものでは無いはずなのに、背筋に何やら冷たいものが走るのは止められなかった。
「はっ、そう、ですか」
「音楽室遠いので、さすがにもう行きますよ」
「ああ、それじゃあな」
後ろ手にヒラヒラと手を振りながらこの場を去っていく跡部先輩も、行くぞ、と荷物を持ち直しながら声をかける日吉の様子も、どちらもとても日常的だ。
とっとと歩き出した日吉に早足で廊下をかけて追いつく。
「なあ日吉、跡部先輩っていつもあんな感じなのか?」
「あんなってどんなだよ」
「いや、なんか、近くねえ?」
「あー、んー、帰国子女なんてそんなもんじゃないのか?」
日吉は少し潔癖の気がある。常にウェットティッシュを持ち歩いていて、人からの接触をあまり好まない。
前にサラサラの日吉の髪質が羨ましくて、触ってもいいかと尋ねたことがあった。
その時は心底が意味が分からないという顔で「え?」と聞き返されたので未遂に終わったのだが。
なあ日吉。跡部先輩には普通に触らせてたよな、帰国子女だからって理由でそんな割りきれるもんなんだろうか。
やっぱり、俺の友人はちょっと不思議だ。