正装でお願いします



合宿所はお祝いムードに包まれていた。
主語は分からないが、とにかくめでたい期間らしく、いたるところに豪奢な飾りつけが施され、湧き上がる噴水やら巨大なホールケーキやらが鎮座するアニバーサリーホールにて合宿参加者は夕飯をいただくことになった。
時折噴き上げる花火のような仕掛けが会場全体を明るく照らしていたが、日吉だけはその中にいて少しだけ憂鬱そうな顔を見せていた。

「日吉〜、折角のパーティーなんだからもっと食えよ〜」

皿に盛り付けられた料理に時折思い出したように口を付けていると、耳元で切原の大きな声が響く。肩を竦めて振り向けば、頬袋をいっぱいにして肉を頬張りながら幸せそうな笑みを浮かべていて、楽しそうでなによりだと思った。

「あれやろ、氷帝の生徒さんなんて、この程度のパーティーは日常茶飯事なんやろ?」

同じ立食テーブルを囲んだ財前が少し皮肉気な言い回しをすれば、切原が納得したように大仰に頷いた。そこまで嫌みな学校じゃねえよ、と切り返せば財前だけは口元をニヒルに歪ませる。分かってて振ったな、こいつ。

「なあ、なんで跡部さんはいないんだ?こういうの、一番得意そうじゃねぇか?」

不思議そうに首を傾げた海堂の言葉は、まさに今日吉がブルーな気分に陥っていることの要因であり、返事をすることもなく眉根を寄せた。


今回、なにやら各校の部長たちには専用のドレスコードが用意されているようで、学校カラーのシャツにベストを着込み、グレーの燕尾服をひらりとはためかせている。青学、不動峰、山吹、立海、比嘉、四天宝寺の部長たちがそろい踏みしている中で、氷帝の部長、跡部景吾の姿だけが見えない。


「ちょっと外に出てくる」

脇に置いてあるグラスを飲み干して、そう告げてホールの外に出た。会場内は人の熱気で熱いほどだったが、外は時折吹き付ける風が冷たいくらいだ。

「…なんで来ないんだあの人」

ぼそりと呟いて、その声のあまりの意気消沈っぷりに自分で笑いが零れた。
跡部さんとはどういう顛末か、恋人なんて関係性に収まっている。
テニスの合宿に来ているのだから、もちろんそんなことなんてお構いなしに自身のスキルアップに専念するべきだ。
けれど、こういう時ぐらいは会いたいと思ってしまうのだ。
本格的に風が吹いてきた。体がぶるりと震えて、このまま外にいると風邪をひきそうだ。すっかり体温の奪われた手をズボンのポケットにしまいこんで、中へ戻ろうとした。

その時。キキ―ッ、と音が鳴った。振り向けば見覚えのある胴長の黒の車が敷地に停められていた。目が離せなくて、そのまま凝視する。
運転席が開いて、そこから出てきた人が後部座席の扉へと手をかける。長い足を邪魔くさそうに外へと降ろして、立ち上がったその人は見間違える余地もない。

「跡部さん…」

氷帝カラーのアイスブルーのシャツ。白ネクタイにストライプのベストを着て、グレーの燕尾服をはためかせている。右側の髪が丁重にセットされていて、おでこにふわりと一房だけが流れていった。

「若」

俺を見て、嬉しそうに駆け寄る跡部さんに、なにか言ってやろうとしたのだ。遅いだとか、いつまで待たせる気ですかとか、もう来てくれないかと思っただとか。
けどその全部が喉奥に突っかかって、うまく言葉にはなってくれなくて。
駆け寄って、少しだけ高い位置にある跡部さんの体を抱きしめた。

「会いたかったです、跡部さん」

顔なんてあげられない。耳元まできっと赤くなっている。隙間なんて一ミリも作ってやらない。強く抱きしめて、今ここに、確かにあなたがいることを確認する。

「待たせたな、…俺も、会いたかったぜ」

耳元でささやかれた言葉に、知ってました、なんて可愛くない言葉で返せば、本当に楽しそうな声色で笑い声があがった。