確信犯の策謀



バカみたいだと思う。それこそ、みたいという言葉がそろそろ適さなくなるほどに。


『若』

俺の名前を呼ぶ声が甘い。それこそ胸焼けしてしまいそうなほどに。じっくりと煮詰めて出来上がった砂糖菓子のように。


『ばーか』

向けられる笑顔が甘い。あまりにも相好を崩すから、そこから溶けてしまいそうなほどに。三日月を描く瞳も、キリリとしていた眉毛が弛んでいくのも、その全てに抑える気などなさそうな感情が乗っかってひたすらに面映い。


『ほら、来いよ』

そうやって、いつだって甘やかされる。両手を広げて抱擁を促して、俺が足を進めなければ代わりに随分と大股で近寄られて背中に腕が回る。鼻先に香る薔薇の匂いにもすっかり慣れて、自分よりもいくらか高い体温にも安堵感を覚えるようになった。


けど、それなのに。
決定的な言葉は何一つ言わないから怖気づく。それ以上の思いを体全体で表現していて、それを有り余るほどに受け取っているのは確かなのに。


ねえ、跡部さん。
ん?なんだ?


他愛もない呼びかけかもしれないのに、律儀に手元の作業を止めて、きっちりと俺の顔を見る。
ほらやっぱり。またこの表情だ。俺の話を静かに待ちながら、何が嬉しいのかわからないけど少しつり上がった口角。
もれなく桜でも舞いそうな華やかな空気を背負いながら、話を促すように首を傾げた。


心の中でそっと呼びかける。

ねえ、跡部さん。俺は知ってるんですよ。あなたは結構卑怯な人だ。
こんなに大事なこと、絶対に自分では言わなくて、俺にわざわざ言わせようとするし、焦れて焦れて、人より少しせっかちな俺が話を切り出すのを待ってるだなんて。


大きく息を吸って、吐いて。少し伸びてしまった爪の感覚があるほどに強く握りこぶしを形作った。


「跡部さんって俺のこと、好きなんですか」


疑問ではない、これは確認だ。
一歩先へ踏み出してもいいかという確認。
目を大きく開いて大袈裟に瞬きを一つ。
それからなんの断りもなく、柔らかなそれで俺の唇を奪っていくのだから、やっぱりこの人はとんでもなく卑怯な人なのだ。