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渡された木箱は見た目に反してそれほど重くはなかった。鞄に入れることすら何故だか億劫で、両手で抱えたまま人の少ない平日の電車を乗り継いで帰宅した。
玄関を閉めて鍵束を靴箱の上に置いた。換気のために窓を開け、リビングの机に木箱を置いて、カバンは寝室のベッドの上に放り投げた。
何故だか木箱には真摯に向き合わないと行けない気がした。これはただの直感だったが、ネクタイを少し弛めただけであとは真っ黒なスーツを着たまま椅子をひいた。
木箱にはスエード生地の立方体と、白い小さな封筒が入っていた。震える手で、封筒を取り出して両面を確認する。
差出人は書かれておらず、表面に『跡部景吾 様』と角張った丁寧な字で書かれていた。
わざわざ封蝋がされてあって、自室の棚の引き出しからペーパーナイフを探し当てて、ポンっという軽快な音と共に封を外した。
封筒の中には手紙が二枚入っていて、表面の宛名と同じ字体で綴られていた。
────拝啓、跡部景吾 様
去年の誕生日に頂いた万年筆を、折角ですので使わせてもらってます。気を抜くと滲んでしまいそうになるので、まだまだ練習が必要そうです。
指輪は滝さんの助けを借りながら一から作った一点物です。この世に二つとない貴重なものです。原価はそれほど高くありませんが、この一点で許してください。
宝石の色はやっばり水色に決めました。サンタマリア・アクアマリン、と言うやつらしいです。やはり俺達が出会った氷帝学園カラーで、というのはもちろんありますが、それもちょっとだけ建前です。本心は貴方の瞳の色の指輪にしたかったんです。離れてる間も指輪を見れば貴方を思い出せるから、なんて。
──万年筆は消せないんですよね、柄にもないことを言いました。
とにかくそんな感じでできた指輪です。サイズもピッタリのはず。
景吾さんから告白してもらえたのだから、お返しにプロボーズは俺からしたかったんです。
でも多分、いやほぼ絶対に、かな。緊張するので、言葉が出てこなくなってしまって、指輪の箱だけを貴方に押し付ける可能性も捨てきれなかったわけです。
だからこうして手紙を書いて、俺の思いが貴方に伝わるように、と。
そしてここまで読まれてしまっているということは、俺は貴方の前で格好つかなかったのでしょう。
慌てふためいた俺の姿を思い出して、紙面の向こうで貴方が笑っている予感がしてちょっとだけ憂鬱です。
左手の薬指が物寂しいので、なるたけ早く嵌めに来てくださいね。
その時までに、目を見て、愛してます、って言えるように練習しておきますから。
日吉若 より────
「笑えねぇよ...」
ポタリと落ちた涙が一滴、手紙にどんどんと染み込んでいって、慌ててスーツのポケットから出したハンカチで目を拭った。
スエード生地の箱をパカリと開ければ、お揃いの華奢なシルバーリングが連なっていて、左の方を手に取り指に嵌めれば、手紙の通りピッタリと収まった。
光を反射してキラキラと輝くアクアマリンは、一点の曇もなく静かに光を放っている。
「若のバカ野郎、まだ愛してるなんて言ってもらったことねぇぞ」
箱をバチンと閉じてジャケットのポケットに仕舞った。玄関の靴箱に置かれた鍵束の中に車の鍵もあることを確認して、鍵も閉めずにマンションを飛び出した。
待っているというのなら迎えに行こう。
前に好きだと言っていた、あの海に行こうか。この指輪みたいな、澄んだブルーが綺麗だったよな。
だから若、もう少しだけ待っててくれ。
お前が望むなら、あの世の果てまで迎えに行くのだから。