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Emptyの別時空


『十六時 氷帝学園中等部テニスコートまで』

恋人からそんなメッセージを受け取って、一体何の用件だろうかと首をかしげながら、 久方ぶりに跡部は氷帝学園を訪れていた。学園は閑散としていて、校内に入る手続きをしながら事務員に聞けば修学旅行で全学年が出払っているとのことだった。そういえば通りの街路樹が色付き始めていたと思いを馳せた。

腕時計を確認すれば待ち合わせの十分前。ちょうどいい時間だ。テニスコートに向かえば待ち人は既に来ていて、ベンチに腰掛けぽやんと宙を見ていた。
若、と名前を呼べ ば直ぐに視線がこちらに向き、柔らかく微笑まれる。出会ってからざっくり十年程が経ったが、随分丸くなったものだ。

「いきなり呼び出してどうした、しかも随分と懐かしい舞台じゃねーの」

跡部の言葉に日吉は返答せず、その表情に緊張の色を走らせた。深く息を吐いて、吸って、もう一度吐いて。
跡部に向き直った日吉の顔には、もう迷いはなかった。

「俺はここで貴方のテニスに魅せられて、越えたいと思ってずっと追いかけていました。 いつの間にかテニスを通してだけでなく、一人の人間として貴方を追いかけるようにな りました。思えば景吾さんが高等部を卒業する時に告白してくれた場所もここでしたね。

…ここはいつも俺達の始まりの場所です。だから今日、また、貴方と始めたいんです。
――跡部、景吾さん。俺と、これからも、ずっと一緒にいてくれませんか。」

顔を伏せながら両手で差し出された小さな箱は上質なスエード生地で出来ていた。
インサイトを使わなくたって、中身は手に取るように分かる。色んな思いに胸が詰まって 言葉に出来ないままわだかまるものだから、衝動のままに強く抱き締めた。

「先越されちまった、俺にもカッコつけさせろよ」
「告白のお返しですよ」

口調こそつっけんどんなものの、紡がれる声は互いに甘やかだった。
そして、そんな二人っきりの空間は突如、誰かの大声によって破られることになる。

「二人とも〜!おめでと〜!」

声がした方に顔を向ければふんわりとした金髪が目に入る。しかし、その場に居たの は彼だけではなかった。その後ろからゾロゾロと出てきたのは見間違えようもない、いつかの代の氷帝レギュラー陣達で、日吉の頭はキャパオーバー寸前である。

「日吉!昨日の二年飲みで息巻いてたプロボーズを見守りに来たよ!」
「〜っ! だからってそんな大所帯で来るな!そして色々バラすな!」

日吉がツッコミに勤しむ横で、跡部はジローから耳打ちをされていた。満足げに笑う 跡部に小さくガッツポーズをしたジローは元の位置に舞い戻り進行の音頭を取り始める。

「はいじゃあ、二人とも並んで並んで!」

随分と急かされるのでワタワタしながらもジローの前に二人が並べば、それを元二年生組と元三年生組に別れて挟み込む形となった。
ジローの目配せで、まずは鳳が口を開く。樺地、宍戸、向日と続いて締めは忍足だ。

「健やかなるときも、病めるときも」
「富めるときも、貧しいときも」
「これを愛し、 これを敬い」
「これを慰め、これを助け」
「その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

二人の始まりの場所であるテニスコートが今だけは、神聖なチャペルとなったのだ。
そっと宍戸がカンペを渡して、書かれていた文を二人で読み上げる。

「死がふたりを分かつまで、愛し慈しみ貞節を守ることをここに誓います。」

跡部が日吉にそっとアイコンタクトをすれば、意図は正しく伝わったようだ。両手に抱き続けていた立方体をパカリと開ければ、そこには澄んだアクアマリンがはめ込まれ た美しいシルバーリングが収められていた。そっと取り出して互いの指に嵌め込む。サ イズはピッタリで、なんだかずっと前から身に着けていたかのような心地だった。

「では誓いのキスを!! 〜って、いってえ!跡部!叩くことないC〜!」
「あん? 若のキス顔をそんなホイホイ晒すわけないだろうが」

良い意味で張りつめていた緊張感はそんな一連の会話でプッリと途切れ、跡部の奢りで二次会を開くことが勝手に決まった。全く、と呆れた声を出した跡部が、その実満更でもない笑みを浮かべていたことを、すぐ隣の日吉だけが見逃すことなく捉えていた。

場所を移す支度途中でクイッと袖を掴まれて振り向けば、日吉が真っ直ぐにこちらを 見つめてくるから流石の跡部も動揺した。
「愛してますからね、景吾さんのこと」
その言葉は全くの想定外で、思いはそのまま表情に直結した。あまりにも正直な反応 に思わず日吉が皮肉ったように笑う。
「景吾さん顔真っ赤じゃないですか、意外とウブなんですか?」
「そういうてめえも真っ赤だろうが!...ったく、愛してる、なんて、今まで言ったこ とねぇだろ!」

真っ赤になりながらも減らず口を叩き合うふたりを、まるで親のような顔で見守る六人もまた、幸せそうに笑みを零していた。